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12.別れの夜に

12.別れの夜に


 春休みは短い。

 新学期を目前にした今夜は、いつも以上に、いや最初の頃に戻ったかのように、優実は無口だった。

 今日のスイーツはフルーツロールケーキ。まるで丸い宝石箱のようなお菓子だ。勿論味も申し分ない。なのに、彼女の表情は冴えない。

 俺は、彼女が使用人達の分のケーキを冷蔵庫にしまい終わるのを待って、口を開いた。

「どうした?何か悩みでもあるのか?」

 彼女は俯いてふるふると首を横に振った。

「じゃあ、体調が良くないのか?」

 やっぱり彼女は首をふるふると振っている。

 俺は立ち上がって、立ったまま首を振っていた彼女に近付いた。

「本当に、どうしたんだ?」

 彼女は潤んだような瞳で俺を見返した。

「……ごめん、なさい………。今夜が、最後、なんです………。」

「えっ?何?」

 俺は一瞬、何を言われたのか解らなかった。

「……明日、家に帰ります………。」

 俺は、恥ずかしいくらいに狼狽えた。

「じゃっ、じゃあもしかして……これが、最後の………。」

 彼女は小さく頷いた。

「……はい。最後の、スイーツです………。」

 だが、俺にとってはスイーツが最後になること以上に、優実と過ごす時間が無くなって、それどころか会うこともできなくなるかもしれない明日に、絶句した。彼女の囁きが追い打ちを掛ける。

「………これまでありがとうございました。」

 その声で、俺は堪えきれない激情に狂った。細い二の腕を掴んで力ずくで引き寄せ、胸に捕らえる。彼女の華奢な身体が小刻みに震えるのを止めるように、強く抱き締めた。甘い香りが俺を包み込む。

「………行くなって……、帰るなって言っても……無理、なのか………?」

 俺が急にこんなことをしたから、彼女は相当怯えている。解っていて、でも自分を止められない。小さくて細いこの身体を逃がしたくなかった。

「帰したくない、って思うのは………、俺の、わがままなのか………?」

 大きな瞳を輝かせて俺のスイーツを仕上げていく姿を見ていられるのも、上手く言葉を操れなくてキツくなりがちな可愛い声を聞いていられるも、ふんわりとした可愛い笑顔を見つめられるのも、細く小さな身体にこうして触れることができるのも、今夜が、これが、最後なのだ。

 この腕を離したくない。このまま閉じ込めてしまいたい。そう思えば思う程、彼女の震えが大きくなっていく。そして震えながらも、恐怖からなのか、抵抗できずにいる。そんな姿が益々愛おしくて、恋しくて、俺はやっと自分の本当の感情に気が付いた。別れになる、この夜に。


 優実がいなくなって、俺はぱったりスイーツを食べなくなった。スイーツを見るだけで切なくて苦しくて、何も喉を通らなくなる。夜になると、いつも二人で過ごしたささやかな時間を想って、一人でいることが無性に辛くなる。流れている筈の時間が重たい。そして思うのだ。今彼女は誰の為にスイーツを作っているのだろうか、と。



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