その8〜生死〜
「あーさーですよー」「んー…アーサー?」人名か何かですか?「アーサーじゃなくて、朝ですよー!」かけている布団をはぎとられる。「きゃーエッチー」いや、僕は何をやってるんだろうな…最近なんか性格がおかしいような気が…。「馬鹿な事言ってないで、起きるんですよー」ペシペシと頬をたたかれる。「痛い痛い!わかった、起きるって」別に痛くもないけど、わざとらしく大げさに言ってみた。起き上がって時計を確認、10時だ。まぁ起きるには適した時間だ。しっかし…「もう少し優しく起こせない?」毎日起こされるたびに、こづかれたりはたかれたりされるのは、正直勘弁してほしいもんだ。「十夜って結構、寝起きが悪いんですよー」「え?そうなの?」今まで誰かに起こされた事はあまりなかったから、自分では気づいていなかった。ライアちゃんは困った様な顔をしながら続ける。「言葉だけじゃ起きないんですよー、だから実力行使で」はて?困ってる様な顔をしながら、微妙に笑ってる気が…。「実力行使にしても、はたくのはやめてほしいなぁ…」一応これでも怪我人である。病院に行くほどでもなかったから、ガーゼと包帯だけではあるけどね。「キスとかすれば起きますかー?」「朝からは勘弁してください…」さすがにそれはまずい。「十夜はわがままですねー!」怒るライアちゃんは、相変わらず怖くなかった。「まぁ、僕も気をつけるよ」あんまり血流すと、倒れそうだしね…。「ご飯にしよっか」「はーい」僕らは部屋を出る。
キッチンにて、いつも通りおかずをレンジでチンしてご飯を食べる。そしていつも通り後片付け。説明するのもだるいぐらい、当たり前の日常だった。
部屋に戻る、時間は11時だ。「今日は何しようか?」僕はそう言いながら、部屋のカーテンを開ける。たまには換気と、布団に日光を当てないとね。が、太陽は出ていなかった、むしろ雨が降っていた。僕は何も言わずカーテンを閉めた。「さて、何をしよっか?」「開けたのに、なんでいきなり閉めちゃうんですかー?」うーん、やっぱりつっこまれるか。「雨は嫌いでね、見るのも好きじゃないんだ」「へー、何かあったんですか?」ライアちゃんは興味津々に聞いてくる。「ちょっと、ね…」僕は自分の表情がどうなってたのか分からない、でも「言いたくないなら、いいですよー」なんてライアちゃんが焦りながら言うぐらいだ、多分ひどい顔をしていたんだろう。「いや、別に大した事じゃないし。話してもいいよ」極力明るく言ったつもりだった。「はい…」まぁ逆効果だったっぽいけどね。
「どこから話そうか…って言っても、そんなに長い話でもないんだけどね」机の前のいすに腰かけて、机の上に座っているライアちゃんに話しかける。「僕の父さん、死んでる事は言ったっけ?」彼女は首を横に振る。「十夜からは直接聞いてないよ。でも、なんとなく分かってはいましたけどね」ライアちゃんの口調はいつもと違って、大人モードの時のものだった。「父さんが死んだのも、こんな雨の日だったんだ…」少しの沈黙…僕は口を開く。「あれは、僕が10歳の時だったかな。夜中…って言っても9時頃だったんだけど。僕が遊んでるときに、ちょっとしたはずみで火傷をしちゃってね。沸騰したヤカンからお湯こぼしちゃったのが原因なんだけど…」少し間をあける。別に演出でもなんでもない、ただ単に喋り続けるのが疲れるだけだ。その間も、ライアちゃんは口を開かなかった。「田舎だから、当然夜遅くまでやってる病院は近くにないし、遅くまでやってる薬屋は一番近くて、歩いて30分ぐらいの場所だった。父さんはバイクで、その薬屋まで火傷の薬を買いに行ったんだ…。今思えばさ、火傷なんて冷やすだけで、薬なんていらないんじゃないかって思うんだ」また少し間をあける。ちなみに、その火傷の跡は右足のふとももにまだ残っている。「雨が降ってる中、スピード出して行ったんだろうね…トラックと事故起こして、簡単に帰らない人になったよ」胸がざわつく、口から出る言葉はこんなに単調なものなのに、胸は切なかった。「まぁ、そういうわけ」話し終えて、僕は目を閉じる。今でも思い出せる、父さんが僕のために焦って外へ飛び出した事。父さんの死を知って泣いた母さんの顔…。ひどい事故だったらしいので、僕は父さんの遺体を見た記憶はない。
目を開ける。ライアちゃんが机の上で、何か言おうとしていた。でも、言葉が出てこない様だ。「気にしなくてもいいよ」僕はライアちゃんの頭をなでる。誰かに何かを言われたところで、それは所詮慰めにしか過ぎない。慰めでも、欲しい人は欲しいんだろうけど、ね。「だから、ライアちゃんが泣く必要は…全然ないんだ」言葉は出てなくても、涙は出ていた。本当に…優しい子だよな。でも前にも言ったろ?僕は女の子の涙は苦手なんだ。
数分してようやく落ち着いたのか、ライアちゃんは口を開く。もちろん涙も止まっている。「良いお父さんだったんだね」「馬鹿だったけどね」僕は照れ隠しのためにそんな事を言いながら、苦笑する。まぁ実際、父さんが誰かにほめられるのは悪い気はしないんだけどね。「そのお父さんの分も、十夜は生きないとね」「任せて、後200年は生きるから」僕は笑いながら言う。いつもの僕はこんなもんでいいのだ、シリアスなんて似合わないからさ。
「そういえば話変わるけどさ」「はい?」「ライアちゃん服着替えてるの?」純粋に疑問だった。何を今更的雰囲気もあるにはあるけどね。「ちゃんと替えてますよー」「そうなんだ…」毎日同じの着てる気がするんだよなぁ…黒のシャツに黒のスカート。「同じ服いっぱい持ってるの?」「基本は同じ黒黒ですけど、細かいところが微妙に違ってるんですよー」なるほど、どこに持ってるの?とかは聞かなくていいか…どうせ背中から出てくるんだろうし。「微妙な違いねぇ…そんな、ウ○ーリ○を探せシリーズじゃないんだから」僕は溜め息を吐く。「そんなに分かり辛くはないですよー!これでも、ファッションには気をつかってるんですよ!」ファッション…?黒一色でか?悪魔と乙女心は全く分からないねぇ…。「へぇぇ、そうなんだ」わざとらしく納得してみる。「そうですよー」胸を張って言うライアちゃん。なんだかなぁ…。
「他にも色々聞きたいことあるんだけどいい?」「いいですよー」「ライアちゃんの羽って、飛べるの?」この前見せてもらった小さな羽、ライアちゃんぐらいの大きさならあの羽でも飛べそうだ。「一応飛べるには飛べるんですけど…」ライアちゃんは言い濁る。「見てもらったほうが早いですねー」ぴょこんと羽を出し、机の上に立ってパタパタと羽を上下に動かす彼女。「おおっ!」少しずつ机から足が離れていって…20センチぐらい飛んでから落ちた。「はい?」間の抜けた声が出てしまう。ライアちゃんは恥ずかしそうに、「私はこれが限界なんですよー」と言う。「なるほどねぇ…」確かに言い濁る気持ちは分かるな。まぁ実用的ってよりも、かわいく見せるためって感じの羽だから、飛べなくてもなんら違和感はない。「まぁ、かわいいからありだと思うよ」「そうですかー?」それでもライアちゃんはしょぼんとしている。「その内飛べるようになるんじゃない?焦る必要はないって」「むー…そうですよね」笑顔になる彼女、やっぱりライアちゃんはこうじゃないとね。
「他にはー…」あれ?考えるとなかなか思い浮かばないものだ。だからとっさに、「ライアちゃんの家族は?」なんて聞いてしまった。ライアちゃんの顔が、いきなり悲しそうになる。僕は少し焦る。「え、えっと確か、両親は生きてるんだよね?兄弟とかはいるの?」ライアちゃんはうつむいてしまった。…失敗したなぁ。「えーっと…ごめんね」ただ謝ることしか出来なかった。前に親の話をした時も、確か彼女は悲しそうな顔をしていたと思う。その時に、親はいるけど心配はしてくれてないよ、と言っていたのを思い出す。何かあるのだろうか?
少ししてから、ライアちゃんは顔を上げる。「…厳しい両親と、二つ違いの兄がいました」いました?過去形って事は…。「お兄さん、亡くなったの?」僕は言葉を選ぶ。「はい…私なんかよりはるかに優秀で、優しい兄でした」今にも泣きそうな顔と声だった。「そっか…」僕にとって、父さんが死んだ事はそこまでショックではなかった。まぁ、そう思い込もうとしているだけなのかもしれないけど。だって、自分のせいで身内を死なせてしまったから…それにまともに向き合う事なんて…僕には出来ないから。だけど、彼女にとってその兄が死んだのは、かなりショックだったのだと思う。僕は何も言えなかった。ライアちゃんも、何も言わなかった。外からは、雨の音がザーザーと聞こえるだけだった。
「んー…」僕は立ち上がって、ライアちゃんを抱き上げる。「いきなり何を…」「ライアちゃん、軽いねー」僕は場の雰囲気を流した、むしろ壊した。だって、彼女の悲しそうな顔を見るのは嫌だからね。子どもを抱き上げる親の様に、たかいたかいをしてみる。「ほら、たかいたかーい」「もー、何をするんですかー!」じたばたと動きながら怒る彼女は、いつものライアちゃんだった。「ていうか、ほんとに軽いね」僕はライアちゃんを机の上におろす。持った感じ、10キロあるかないかぐらいじゃないかな?「いっぱい食べてるんですけどねー…」ライアちゃんは首をかしげる「なぜか身長も体重も増えなくて…」胸もないよなぁ、なんて考えていると、ライアちゃんに怪我してる頭をこづかれる。「痛い!いきなり何を…」「何か考えなかった?」顔は笑っている、でも目は笑っていなかった。「アハハ、なんのことかな?」誤魔化しはするものの、ライアちゃんはかなり鋭いところがある。「まぁ、いいですけどねー」普通に怒られるよりも、笑って怒られるほうが怖い…。
まぁその後は、てきとーにゲームをやって時間をつぶした。
時間は流れて、現在6時。雨は止む気配が全くなかった。このままなら、きっと明日も雨だろう。「ご飯にしよっか」「そうですねー」僕らは部屋を出て、キッチンに行く。おかずをレンジでチンしてご飯を食べる。そして後片付けをする。後片付けをしている時に、母さんが帰ってきた。「おかえり」「ただいま、雨の日はいやねぇ…」母さんも僕と同じで、あの日から雨の日が好きじゃない。まぁ、僕の比じゃないだろうけどね…。母さんはリビングのソファーに腰をおろす。僕はキッチンから麦茶を持っていく。「おつかれさま、ご飯は?」コップに麦茶をそそいで出す。「ありがと。食べてきたから、お風呂入って寝ちゃうわ」麦茶を一気飲みし、コップを僕に返す。「分かった。今ライアちゃんがお風呂に入ってるよ」麦茶を冷蔵庫にしまい、コップと残りの食器を洗う。「ほんと…雨はいやね」母さんの声がリビングから聞こえてくる。「嫌でも、降るものはしょうがないよ」とは言うものの、降らないに越したことはないんだけどねぇ…。
部屋に戻ろうとしたら、母さんに呼び止められた。「十夜、最近変わった事ない?」「え?んー…ライアちゃんがきたぐらいだけど?」「そういうのじゃなくて…なんて言うのかしら」母さんは眉間に軽くしわを寄せている。「自分の体の変化、みたいなものはない?」「んー?身長は伸びてないし、髪の毛が伸びたぐらいだけど?どうしたの?」「いや、なんでもないわ。呼びとめて悪かったわね」「別にいいけど…まぁ部屋に戻るよ」
部屋に戻り、布団の上に横になる。「母さん、何が言いたかったんだろ?」まぁ、いいか。「そういえば、今日散歩できないなぁ…」カーテンを開けて、外を眺める。「さっぱりしましたよー」外を眺めていると、ライアちゃんが元気よく部屋にやってきた。「何を見てるんですかー?」ライアちゃんも、僕の布団の上に来る。「んー、雨…かな。散歩できないなぁと思ってさ」ほんっと、雨は嫌だなぁ。「でも、止まない雨はないんですよー」彼女は、当たり前の事を当たり前に言う。「確かにね」歌詞にありそうな言葉だと思う。「明けない夜はないんですよー」「そりゃねー」まぁこれも、歌詞にありそうだ。というかライアちゃんは何が言いたいんだろう?ライアちゃんは続ける。「ばれないヅラはないんですよー」ブッ、と僕は吹いた。なんのこっちゃ…。「いきなり何を言い出すのさ」「なんとなくですよー、語呂はあってません?」「あってるけどね」僕は笑う。彼女も笑った。
「笑ってくれて良かった…十夜、なんか寂しそうな顔してましたよー」「えっ、そう?」自分では気づいてなかった。ライアちゃんがいきなり謎な事を言い出したのも、僕に気をきかせてくれたのだろう。「ありがとね」「いえいえー」僕はカーテンを閉める。「さて、ねよっか?」時間はまだ8時、寝るには早すぎるかもしれないけど、たまには良いかもしれない。「今日は早いですねー」「散歩できないし、ゲームって気分でもないし…ライアちゃんはまだ寝ない?」ライアちゃんは「んー…」と右手を頭にあてて考え、「私も寝ますよー」と言った。
「じゃあおやすみー」電気を消す。「おやすみなさーい」ライアちゃんは、今日は自分の布団で寝ていた。
「眠れないなぁ…」さすがに目が冴えている。僕は立ち上がって、机の引き出しからカッターを取り出す。中学生の時から愛用してる、特別なカッターだ。名前は十六夜。正直、カッターに名前つける僕もどうかと思う。こんな風に雨が降っている日は、よく嫌な衝動に駆られる。寝付けない日は、特にだ。僕は十六夜のさきっちょを出し、左手の甲側の腕に押し当てる。手首と肘の間ぐらいである。軽く十六夜を動かすと、軽い痛みが走る。少したつと、切ったところが赤く線になり、血が出てくる。「ふぅー」そんなに深い傷ではない。そこまで痛いわけでもないし、血もどばどばでてるわけでもない。それでも、胸は痛かった。僕は度々、左腕を切る。自分が嫌になった時、雨で寝付けない時、イライラしている時など、気持ちを落ち着かせるためにやっている。「父さん…」切ったままの体勢で、僕のせいで死んだ父の事を考える。「十夜、何してるの?」ライアちゃんが立ち上がって、いきなり電気をつける。「ん…」僕はとっさに十六夜を持った右手を背中に回す。なんとなく、ライアちゃんには見られたくなかった。でも、切った左腕は隠されていなかった。「どうしたの!?血が出てるよ!」ライアちゃんは僕の腕を見て、血相を変える。「別に、珍しいことじゃないよ」見られたからには、隠す必要もない…かな。世間ではリストカットなんて、日常茶飯事だと思う。まぁ僕の場合は、手首じゃなくて腕なんだけどね。「珍しい珍しくないじゃないよ!!」ライアちゃんは僕のそばに寄って来る。「なんで自分でこんな事するの!?」ライアちゃんは、かなり怒っている。「んー…」僕は言葉に詰まる。気持ちを落ち着かせるためではあるけど、実際のところ、自分でもなぜ切るのか分かってないからだ。「自分の体は、大切にしないと!」ライアちゃんは、ティッシュで僕の左腕を拭く。ティッシュの拭いた部分は、すぐに赤く染まる。「止血するほどでもないからさ」何回もやっているので、傷の深さは分かっている。一番深かったものは、1年前のものだ。今でも跡が残ってるし、これからも消える事はないだろう。「馬鹿!!」パチンと頬をはたかれる。はたかれた頬は熱を持つ。血が出てるわけでもないのに、腕を切るより痛かった。「なんで…自分でこんな事するの?」ライアちゃんは泣いていた。「僕にも…分からないよ」うん、確かな理由なんて誰にも分からないんだ。「敢えて言うなら、自分が嫌いだからかな」正解に一番近いのは、多分それだと思う。「だからって…」ライアちゃんは僕の左腕を抱きしめて、涙を流し続ける。「ごめんね…血がついちゃうよ?」「そんなの…かまわないよ!」「ほんと…ごめん」ライアちゃんが僕のために泣いてくれている。胸が、苦しかった。「もうしちゃだめだよ!!」「気をつけるよ、ごめんね…」自分の体はともかく、ライアちゃんを泣かすわけにはいかないから、ね。
その後、結局僕らは同じ布団で寝た。ライアちゃんがそばにいてなんとなく安心した僕は、すぐに夢の中へと誘われていった。
今日も一日が終わる。
人が死ぬのは、悲しい事ですよね。僕はそう思いませんが、十夜はきっとそう思っています。それが自分のせいなら、尚更…