その6〜ラブコメ?〜
「んー…?」もう朝かな?なんだろうか、すごく体がだるい、それに息苦しい。時計を見ると、7時30分だった。ライアちゃんはまだ寝ている。僕ももう一眠りしよう…。ずずっと垂れてくる鼻水をすすり、僕は布団をかぶってもぐる。だけど、なかなか寝付けない。鼻はつまってるし、咳とくしゃみが頻繁にでるので、いまいち意識がとんでくれない。「風邪か…」やっぱりなぁ…ひくんじゃないかと思ってたけど。昨日の事を思い出す。濡れた服、下がる体温、その中で待つ自分。あれで風邪をひかなかったら、超馬鹿か超健康児のどちらかだろう…残念ながら、僕はどちらでもなかったようだ。
だるい体を起こし、ふらふらと机の引き出しを漁る。「体温計どこだったかな…」引き出しの奥から、体温計を見つける。机の前のいすに座り、体温計のスイッチを入れて右のわきに挟む。…1分たたないぐらいだろうか、体温計からピーッと音が鳴る。僕は右のわきから体温計を取り出し、デジタル表記の数字を見る。「まじか…」39度4分、はっきり言ってやばいレベルの熱だ。僕は平熱が低いので、37度を少し過ぎただけでくらくらする。39度を超えた事なんて、インフルエンザぐらいの時しかない。「やば…」明確な数字を見てしまった事で、より体はふらふらする。布団に戻らないと…。戻ろうとしたら、ついふらっとしてライアちゃんが寝ている布団の上に倒れこむ。ライアちゃんは、僕の布団と机の間に寝ているのである。もちろん彼女は、びっくりして起きあがる。「いたーい!いきなり何をするんですか!」「ごめん…」それを言うので精一杯だった。頭はもうろうとして、体は言うことをきかない。これは…まじ…やば…。「十夜?ちょっと大丈夫!?」心配そうに覗き込んでくる彼女の顔が、最後にうっすらと僕の目に映り、僕の意識はとんでいった。
「んー…?」気がつくと、布団の上で寝ていた。おでこの上には、濡れたタオルが置いてある。「あっちに僕の布団があるって事は…ここはライアちゃんの布団か」軽く首を動かして、周りを見回す。ライアちゃんは部屋の中にいなかった。「だりぃ…」だるい体を起こし、なんとか立ち上がる。一応立てるぐらいには回復したようだ。服は汗でかなり湿っていて、気持ち悪かった。「まずはトイレだな…」部屋のドアノブに手をかけようとしたら、ドアノブが回った。今更だけど、僕の部屋のドアは内側に引くタイプだ。まぁ要するに何が言いたいかというと、部屋側でドアの前に立っていると、勢いよく開けられたら吹っ飛ぶって事だ。そして僕は吹っ飛ばされた。「がふっ」ただでさえまだふらふらしているので、軽く押されるだけでも倒れそうだ。「十夜ー、おかゆ持ってきましたよー」僕を吹っ飛ばしたライアちゃんが、ドアの向こうから現れる。「って!ちゃんと布団の中にいないとだめじゃないですか!」仰向けに倒れている僕に、彼女はそう言う。「…」何か言う体力は、僕にはなかった。起き上がって、「…トイレ」となんとか小さく呟いて、心配そうに僕を見ているライアちゃんを部屋に残して、僕は部屋を出た。
「ライアちゃん、力強いなぁ…」ふらふらしているとは言え、あんなコントみたいなことをやるはめになるとは…。
トイレから部屋に戻ると、ライアちゃんがおかゆを持って僕を待っていた。「風邪の時は、ちゃんと栄養を取らないとダメですよー」まぁごもっともだけど、彼女は僕を吹っ飛ばした事には気づかなかったのだろうか?「あんまり食べる気が出ないなぁ」ライアちゃんの布団に戻り、僕は座る。「だめですよー。はい、あーん」おかゆをのせたスプーンを、僕の口元に持ってくる。「一人で食べられるって…」さすがに恥ずかしい。「病人はなすがままにされてればいいのですよー」なんか違くないか?まぁしょうがないので、スプーンを口に入れる。軽く噛み、おかゆを飲み込む。ていうか噛む必要なさそうだよなぁ、まぁいいか。「どうですか?」とライアちゃんは聞いてくる。「うん…おいしいよ」鼻がつまっていたので、正直味はしなかったけど、その一言で彼女が喜んでくれるので僕は何のためらいもなくそう言った。「そう言ってもらえると、うれしいですよー。はい、あーん」まぁそのせいで、全部これで食べる事になったわけなんだけど…悪い気はしない。むしろ嬉しい。恥ずかしいけどね…。
全部食べて、彼女が持ってきてくれた薬を水で飲むと、また眠気が出てきた。「寝る前に、もう一度体温を測りましょう」机の上にある体温計をとり、彼女は僕のわきの下に挟む。体温計は引き出しにしまったので、机の上にあるという事は、僕が倒れている間にライアちゃんが熱を測ったのだろう。1分もたたない内に、ピーッと音が鳴る。ライアちゃんは体温計を取り出し、数字を見る。「38度9分、少し下がったけど全然ですね」確かに、倒れて意識がとぶまでとはいかないけど、それでも体はかなりきつかった。「タオル替えてきますね、ちゃんと寝るんですよ」そう言って、さっきまで僕のおでこ上にのっていたタオル持って部屋を出て行った。容器に水を入れればいいんじゃ…?まぁ、自分のために一生懸命看病をしてくれるのは、すごく嬉しかった。母は仕事であまり家にいなかったので、風邪をひいても大体一人だった。だから、胸が温まる、寂しく…ないから。ライアちゃんが部屋に戻ってくる。冷たくなったタオルを、僕のおでこの上に置く。「ライアちゃん…」「はい?」「ありがとう」「困ったときはお互い様ですよー。それに昨日のあれは、私のせいでもありますし」あはは、と苦笑する。「それでも…ありがとう」彼女は照れる。「早く良くなってくださいねー」「うん…手、握っててくれない?」何を子どもみたいな事を、って思われるかもしれないけど、病気のときは結構心細い。「いいですよー」握ってくれた彼女の手は、温かった。
「んー…?」本日三度目の起床と言葉を言い、僕は体を起こす。ライアちゃんが握ってくれていた手は、そのままだった。ライアちゃんは、僕の隣で手を握ったまま寝ていた。ずっと看病してくれていたのだろう…胸が熱くなった。僕は寝ている彼女の頬に、軽いキスをした。お礼の意味もあるし、何より僕がしたかった。寝ているところを、って部分は多少ひっかかったけど、仕方がない。僕は意気地なしなのだ。だけど、キスをしたらライアちゃんの顔が赤くなった。…まさか?「もしかして…起きてる?」「…気のせいですよ」小さく彼女は言う。いや、何が気のせいなんだ?かなり恥ずかしくなる。「え、えーと…ごめん」とりあえず謝る。「だから、気のせいですよー」彼女は目を開けない。寝たふりで誤魔化したいんだろうか?僕も寝たふりで誤魔化したかった。というかなんで彼女は寝たふりをしていたのだろうか…?永遠の謎だった。
時間は午後11時、朝からほとんどぶっ続けで寝ていたため、眠くはなかった。体温を測ってみると、37度2分。まぁ多少ふらふらするけど、散歩をする事にした。もちろんライアちゃんに止められたけど、粘ったところ最終的におーけーが出た。
星空の下、虫たちの声を聞きながら僕らは夜道を歩く。「いやー、まさか風邪ひくとはね」寒いのが好きなせいか、あんまり風邪をひく事がない僕にとって、風邪はほとんど無縁だ。「十夜は馬鹿じゃなかったんですねー」横を歩くライアちゃんは、結構ひどい事を言っている。「そういうライアちゃんは、風邪ひいたことあるの?」「えーっと…」頭に右手を当てる仕草、なんか久しぶりに見たような気がする。「…私、風邪ひいた事ないですね」「それは…」超馬鹿か超健康児が、今僕の前にいた。むしろ両方か…?「馬鹿が風邪ひかないなんて、嘘に決まってるじゃないですか!」うわ、逆ギレした。「むしろ、体調管理が出来ない馬鹿だから風邪ひくんですよ!」「いや、もっともなんだけどさ…そんなに僕を馬鹿扱いしたいのか!?」僕らはぎゃあぎゃあと言い合う。
こんな日常的な事でも、案外楽しいものだ。僕はライアちゃんと出会うまでは、人生なんてつまらないものだと思っていた。退屈な勉強に、退屈な学校、社会に出たら否応なしに働いて、歳をくって死んでいく。そんな退屈な人生が僕はすごく嫌だった。ゲームの世界の様に冒険したり、悪者と戦ったり、現実ではまずありえない事をしたかった。でもそれは、僕の勘違いだと知った。確かにライアちゃんは悪魔だし、その時点で現実からは離れているかもしれない。でも、彼女送っているのは、冒険でも戦いの日々でもない。ただ普通の日常だ。どこにでもある、平凡にありふれた日常。だけど、彼女との日常は、とても楽しい。ただ話すだけ、ただ遊ぶだけ、ただそれだけの事なのに、僕はとても楽しい。要するに大切なのは…「自分の心次第か…」言い合いをしている最中、僕は言葉を区切る。「どうしましたー?」「ん、なんでもないよ。ただ、ライアちゃんといるのはすごく楽しいと思っただけさ」「私も、十夜といると楽しいですよー。…キスとかされちゃいましたし」照れながら、でもからかう様に彼女はそう言う。「いや…あれはそのー…」言葉が見つからない。「次は、ちゃんと起きてるときじゃないとだめですよー」いや、起きてたじゃん…。彼女はそんな僕の考えを察したのか、「十夜は私が寝ていると思ってたじゃないですかー」と言う。「次する時は…口で」なんて軽く言ってみる。「何を言ってるんですかー!」お、赤くなってる。こういうところは(も)、かなりかわいい。「でも…十夜ならいいですよ?」「えっ!?」今度はこっちが赤くなる番だ。「なんて、嘘ですよー。十夜ってば赤くなってるー」はめられた…。「あ、あれなんだー!?」僕はわざとらしく、右上の方を指す。「えっ?なんですか…」ライアちゃんは予想通り、僕が指した方を見た。そして僕は、彼女の口にキスをした。柔らかい唇の感触が、伝わってくる。口を離すと、ライアちゃんはかなーり赤くなった。もちろん僕だって赤くなる。心臓はドキドキしっぱなしだ。「不意打ちは…卑怯ですよ」呟く様に言うが、嫌そうではない。「ん、ごめん」だから僕も、軽く謝った。それから僕らは何もしゃべらないまま、家に帰った。沈黙は、悪くはなかった。
部屋に戻り「いやー…今日は疲れましたよー」お決まりのセリフ。「僕はいまいち寝れそうにないなぁ…」「じゃあ一緒に寝ますかー?」聞いてるわりには、もう僕の布団の中に入っている。「拒否権は?」「ありません」にっこりほほえむ彼女。あーもー!かわいいなおい。電気を消して、布団にもぐる。いきなり口にキスをされた。「…えっ?」「さっきのお返しですよー。それではおやすみなさーい」彼女はすばやく寝てしまう。鼓動が早くなり、余計寝れなくなった僕の意識がとんだのは、かなり先の話だった。
今日も一日が終わる。
はて…?なんで僕はラブコメ書いたんだろう…。
いや元々恋愛話なんですけど(ファンタジーになってますけど)ここまでアレなのはなぁ…。