その3〜親子〜
「朝ですよー」「うーん…後3時間ぐらい」昨日は疲れたから、昼ぐらいまで寝ていたい…。「そんなに寝てたら…私のお腹が減って死んじゃうじゃないですか!」頭を小突かれる。結構、いやかなり痛い。「痛いって!」僕は飛び起きる。「あっ、おはようございます」「あっ、じゃないよ!もう少し寝ててもいいじゃないか」「だめですよー、寝てばっかりだと腐りますよ?」昨日後5分とか呟いてた女が何を言うか…。時計を見ると、まだ7時過ぎだ。「どう考えても早いって!」普段9時過ぎまで寝てる僕には、7時は早すぎる。「ご飯たべましょーよー」「一人で食べれば良いじゃないか、僕は寝る」布団に戻ろうとするが、「寝たら斬りますよー?」なんか背中から鎌出してるし…。しかも結構真顔で言ってるので、なかなか怖い。「分かった分かった…全く」「一人でご飯なんて、寂しいですからねー」まぁ確かに、それはある。
いつも通りキッチンに行って、冷蔵庫を漁る。ライアちゃんも僕の後ろについてくる。「またか…何もない」手軽に食べれそうなのはない、要するに母は昨日も帰ってきてなかったってことだ。「ライアちゃん、また卵頼める?」「いいですよー、さすがに米だけ食べるわけにはいきませんし」今日は調理を見ていたけど、なんていうか手馴れている。それでも出来たのは、スクランブルエッグだった。「失敗は成功の母って言いますから!」「失敗って認めてるんだ…」「…なんのことでしょうか?」誤魔化し、目線を合わせない彼女。なんだかなぁ…。
まぁおいしくいただき、後片付けもちゃちゃっと済ませて部屋に戻る。
「じゃあ、寝るかな」食べたせいで、眠気は増していた。「学校行かないんですかー?」ライアちゃんは聞いてくる。「あー、行かないよ」今から準備をしても余裕で間に合うけど、元々行く気なんて全くない。「もー、行かなきゃだめですよー」腰に手を当てて、ぷんぷんとかやっている。「ていうかさ、いきなりどうしたの?母親みたいなこと言って」うちの母は、そんなことは言わないけどね。「昨日がんばるって言ってたじゃないですかー」「がんばるって言ったって、学校とは一言も言ってないって」「そういうのを屁理屈っていうんですよ!」うーん…なんで彼女は怒ってるだろうか?元々謎な人…悪魔ではあるけど。
「今気づいたんだけどさ、今8月だよ、夏休みだよ、学校ないよ」長い間ひきこもっていると、曜日感覚が全くなくなる。8月何日なのかは知らないけど、8月なのは思い出した。「休みなんですか…それじゃしょうがないですねぇ」なぜか肩を落とす彼女、そんなに僕を学校に行かせたいのだろうか?
「まぁとにかく、寝ていい?」僕は聞く。「むー…起きたら遊んでくださいね?」「いいよ、じゃあ寝るから」僕は布団にもぐる、とその時部屋のドアを誰かがノックした。「十夜?帰ったわよ、話し声がしたけど誰かいるの?」僕の部屋は鍵がついていないので、開けようと思えば普通に開けられる。しかし今まで母は、内側から開けない限りはいってくることはなかった。が、ライアちゃんが部屋のドアを開けてしまった。もちろん母とライアちゃんは顔を合わせる。母は、ライアちゃんと布団から顔を出している僕を交互に見る。「…十夜、ちょっと来なさい」最悪の朝になりそうだった…。
というかもう、十分最悪な朝だ。僕はライアちゃんと、母についてリビングに行った。そこには小さめのテーブルと、小さめのソファーが二つある。キッチンとつながっていて、本来はリビングでご飯を食べるのだけど、僕はめんどくさいのでキッチンにあるテーブルで食べている。
母がソファーに腰掛ける、僕とライアちゃんはその反対側に座った。「で?その子は誰?」母は単刀直入に聞いてくる。「えーっとね…」本当の事を言ったところで信じてもらえないだろう。だから僕は、何か良い言い訳を考えた。「はじめましてー、悪魔のライアと言います。よろしくお願いします」そんな考えも、彼女に全て無駄にされた。「悪魔…?あなたは何を言っているの?」母は結構な堅物なので、冗談なんかあんまり通じない人だ。「えーとですね、悪魔って言うのは…」「母さんに言うことなんてない、僕にかまわないでくれ」ライアちゃんを遮って、僕は言う。半分はこの場を流すため、もう半分は…本音だ。「かまうなって…私は…」「うるさい!今更母親面するなよ」気づかない内に、完全な本音が口から出ていた。僕はハッとした。母はうつむいていた。「…僕にかまうなよ」いたたまれなくなって、僕はその場から逃げ出した。ライアちゃんも後ろからついてきていた。
部屋について、溜め息を吐く。確かにあれも本音だけど…本当はもっと…。「おばさま、泣いてたよ」ライアちゃんは言う。「どうしてあんな事言うの?」「関係ないだろ!ライアちゃんには」「そう…」彼女もまた、悲しそうな顔をしてうつむく。
いつから僕は、こうなったんだろうか…。引きこもるようになってから?父が死んでから?自分に聞いても、自分は答えてくれなかった。
少し落ちていてから、僕は口を開く。「ごめん、ライアちゃんに…あたっちゃって」彼女は顔をあげる。「んーん、別に気にしないよ。カッとなっちゃうのは仕方ないもんね」落ち着いた彼女の声に、なんとなくだけど癒された気がした。「素直に謝れるなら、まだまだ大丈夫だよ。でも、おばさまには言えないでしょ?」ライアちゃんには心を見透かされているようだった。やっぱり年上なんだな、って実感が湧く。「うん…なんでかな?」僕は元々素直じゃない、でも母の前ではさらに素直じゃなくなる。
ライアちゃんは静かに、諭すように言う。「十夜は、おばさまを信頼しているのね。だから、素直になれないの」「信頼してるから…?」自分では信じられなかった。「うん、十夜ぐらいの子なら、親にはみんなそんな感じだと思うよ」「そうなんだ…」僕は布団の上に腰ををおろす。信頼しているから、その言葉に救われた。自分では、きっと憎んでいるからと思っていたからだ。ライアちゃんも、僕の隣りに並んで腰をおろす。「だから、落ち着いたら謝りに行きましょう?おばさま、悲しんでるよ」「うん…」ライアちゃんの存在が、すごく助けになった。もし彼女がいなかったら、僕は母から逃げたままだったろう。
20分ぐらいたってから、僕はリビングに行く。ライアちゃんはリビングに入る手前までついてきてくれた。リビングには、さっきと同じでうつむいてる母がいた。僕はなんとか口を開く、「母さん…さっきはその…ごめん」それを言うので精一杯だったけど、母は涙を流しながら微笑み、僕を抱きしめてくれた。「私も、仕事ばかりでごめんね」恥ずかしい気もしたけど、それ以上に心地よかった。
少ししてから、母はソファーに戻り、僕もその反対側に座る。そしてリビングの入り口にいたライアちゃんは、歩いてきて僕の横に座った。「あらためてはじめましてー、ライアと言います」横にいたライアちゃんは、いつもの彼女に戻っていた。「初めまして、霧崎稲子といいます。えーっと…」「母さん、信じてもらえないかもしれないけど、彼女悪魔なんだ」僕は事の顛末を話した。僕を殺すため、ということだけは説明しなかったけど。「正直、信じられないわね…でも、見ていると分かるわ、不思議な子だって事はね」「よく人とは違っているって言われますけどねー、あはは」不思議っていうか天然だよな、天然ボケ悪魔。「十夜をよろしくね、私も仕事で忙しくて…だからこんな親子になってしまったのだけどね」母は溜め息を吐く。「仕方ないよ、働かないと暮らせないから。僕はもう平気だよ」母は涙を流す。「ありがとね、十夜」「泣くなって、なんか恥ずかしいだろ」僕は照れる。「後直すのは、ひきこもりだけですねー」いや、もっともなんだけどさ、もう少し空気を読んで…まぁいいか。
結局、ライアちゃんが家にいるのは良しとなった。同じ部屋っていうのは、さすがに母が口を出したけど、ライアちゃんが泣いてわめいてもとの鞘に収まった。「ほんと、不思議な子ね」母は苦笑いして、そう呟いた。
日は沈み、12時頃。母はもう自分の部屋で寝ている。仕事が忙しいので、仕方のないことだ。「一緒に寝なくて良かったの?」ライアちゃんは笑いながら言う。「からかうなって」僕も笑いながら返す。僕らはいつも通り、夜の道を散歩している。
「十夜はいいね、心配してくれる親がいて…」しんみりと、ライアちゃんは言う。「ライアちゃんには、いないの?」「んーん、親はいるよ。でも、心配はしてくれてないよ」横を歩く彼女の横顔は、ひどく悲しそうに見える。「そっか…そりゃ辛いね」実際僕だって、そう思ってた。心配なんかしてくれてないと思ってた。思い込もうとしてただけなのかもしれないけど…。
「でもさ、子どもの心配をしない親なんていないんじゃない?」今回のことで、それを学んだ気がした。「人それぞれだよー、本当に心配してない親だって、いるよ」「そっかなー…僕はライアちゃんに何かあったら、心配するけど」言ってて、少し恥ずかしい。「そっかー、ありがとうね」ライアちゃんも少し赤くなっていた。それを誤魔化すように、彼女は言う、「ところで、死ぬ覚悟は出来た?」「全然、かな。悪いね」「いつでも殺してあげるからねー、あはは」明るく言う彼女、いつも感じていた恐怖が、今日は全くなかった。「望むところさ」だから僕も明るく言った。
散歩から帰宅して、僕は布団にもぐる。「そういえば…結局今日寝てないじゃん」どうりで眠いはずだ。「だねー、私も眠いや」ライアちゃんも布団にもぐる。「それじゃ、おやすみ」「おやすみなさーい」
…眠いはずなのに、僕はなかなか寝付けなかった。そんな時、ライアちゃんの寝言が聞こえてきた。興味本位で、耳を傾けてみる。「ごめん…なさい、ごめん…なさい」悲痛な声だ。ライアちゃん顔を見ると、涙の流していた。「…」僕は起き上がり、起こさないようにライアちゃんを抱き上げる。そして僕の布団に移し、僕は彼女の手を握って寝た。ライアちゃんは最初震えていたけど、すぐに震えは止んだ。今日ぐらいはいいよな…。
そしてすぐに、僕も夢の中へと誘われていった。
親の心、子知らず。とはよく言ったものですけど、その逆もまた然り。