その2〜日常〜
「うーん…もう朝か」朝になったからといっても、別にすることもないのでもう一度寝ようとした。「ん?布団の中に何かいる…?」足の辺りで何かがもぞもぞ動いた。僕は布団をそーっっと持ち上げて中を覗く。そこには女の子が寝ていた。「………あれ?」まさか、無意識の内に女の子をさらってきたのでは?なんて思ったけど、昨日のことを思い出した。「そういや、そうだった」これでなんの気兼ねなく寝れる…「っておい!」僕は布団を剥ぎ取る。「むー」とかうなりながら、女の子…ライアはもぞもぞと動く。「後5分ー」「後5分じゃなーい!」というか僕は低血圧なんだ、朝から叫ばせるんじゃない…。
少しの間をおいて、ライアちゃんは起き上がる。「むー…」キョロキョロと首を動かし、辺りを見回す。そして僕の位置で止まる。「あ、おはようございます」「はいはいおはよう、で、なんで君は僕の布団で寝てるかな?」確か彼女は隣りの部屋、死んだ父が使っていた部屋で寝るように言ったはずだ。多少物置っぽくなってるが、部屋としては十分に使える。
「だってー…一人じゃ怖くて寝れないんですよ!お化けが出たらどうするんですか!?」おいおい悪魔が何言ってるか…。「だからって、男の布団の中に来るのはまずいだろ?」「大丈夫ですよ、よくパパと一緒に寝てましたから」にこやか〜に彼女は言う。「とにかく!だめなものはだめ、肉親と他人を一緒にしちゃだめ!」何かあったら、僕が完全にロリコンになってしまうじゃないか…。「むー…わかりました」彼女はしぶしぶうなずく。「でもせめて、同じ部屋にしてくださいね」うるうると眼を輝かせて懇願してくる。こ、これが悪魔の力なのか!?さすがに嫌とは言えなかった。「しょうがないなぁ…絶対に僕の布団に入ってきちゃだめだよ?」「はい!」彼女は精一杯肯定する。なんだかなぁ…。
朝からこんなに賑やかなのは、久しぶりだった。少しだけ上機嫌で、僕は冷蔵庫の中から取り出したご飯をチンする。相変わらず母はいない。早朝の内に帰ってきて、ご飯だけ作ってまた仕事先に行ってしまった様だ。いつ寝てるんだろうなぁ…、少し心配だ。そんなことを考えてる間に、ご飯はできる。
「ライアちゃんは、ご飯食べるの?」僕の後ろについて、キッチンに来ていた彼女に聞く。「もちろん食べますよー、朝はちゃんと食べないと、元気出ませんから!」十分元気なんじゃないかなぁ…とか思いつつ、僕のを半分あげる。僕は元々少食なので、あんまり食べないでも平気なのだ。…ていうか動かないしな。そんな自分に少し肩を落とす。
「ライアちゃん、おいしい?」小さい体の割に、彼女はばくばくと食べる。「ほいひいですよー」「口に入れたまま喋るなって…」しかしよく食べる。どこに入ってんだかなぁ…。結局半分どころか、4分の3ぐらい食べられてしまった。まぁ、いいか。
いつも通り後片付けも済ませ、部屋に戻る。
机の前の椅子に座り、「さてと、何するかな」と考える。ライアちゃんは机の上に座り、「十夜は学校行かないんですか?」と聞いてくる。呼び捨てかよ…。「僕はちょっと、ね」特に言い訳も思い浮かばず、流そうとしてみる。「若いんだから、ちゃんと学校行かないとだめですよー」流れなかった…。「留年しそうな落ちこぼれに、言われたくないな」僕は言い返す。
彼女は凹む、「だって…しょうがないじゃないですかぁ」しかも少し涙ぐんでる。「わかったわかった、僕が悪かったよ」この子には一生勝てそうにないな…。
彼女は顔を上げて強く言う、「でも、行ってダメなのと、最初から行かないのとじゃ全然違いますよ!」「うっ…」耳に痛い言葉だ。まぁ一応、僕も行ってダメだった立場ではあるんだけど。…僕は逃げたからなぁ。まっすぐな彼女を見ていると、少しうらやましい。
「まぁ人間色々あるのさ」なんとか場を流そうとしてみる。「悪魔にだって色々ありますよー」「そうだ、悪魔とか魔界とか、色々ライアちゃんの話を聞かせてくれない?」こんな機会はまずないし、場も流せる。彼女は照れながら、「そんなに私のことを聞きたいんですね」と言う。いや、一言もそんな事言ってないんだけど…まぁいいや。
「ライアちゃんは、歳いくつなの?」どう見ても僕より年下っぽい、というか悪魔って年齢あるのか?ライアちゃんは、薄い胸を張って答える。「こう見えても、18歳なんですよ」「えっ?」あっやば、つい声がもれた。案の定、彼女は怒る。「えっ?ってなんですか、えっ?って!確かに私は小さい方…小さいですけど、気にしてるんですよ!」体の事だけじゃないんだけどなぁ…なんて言ったらさらに怒りそうだから、ここは謝る。「ごめんごめん、少し意外だったから…」それでも内心驚きは隠せない。
「僕はてっきり、悪魔ってみんな小さいんだと思ってたよ」「人間と同じで、個人個人ですよ。ちょっと個性が強すぎますけど」ああ、納得。「ふーん…人間となんら変わらないねぇ」「そうですねー、学校とかもありますし、大人になれば社会人ですし。ちなみに私は、悪魔高等学校3年生ですよ」「高等学校とか、全く一緒だねぇ」なんか悪魔が身近に感じられた瞬間だった。「そういや課題って、ライアちゃんみたいに人間無差別なのばっかなの?」彼女は首を振る。「成績が悪ければ悪いほど、難易度が上がるんですよ。一番簡単でいたずら程度、一番むずかしくて事故に見せかけた大量虐殺とかですね」さらりとなんて事を言うんだこの子は…やっぱり悪魔とは相容れないってことか。
「っていうか課題について詳しいね、普通そういうのって知らないもんなんじゃない?」ライアちゃんはぎくりっ、なんて言葉が顔に見えるぐらいに焦って言う。「そ、そんなことないですよ。…課題を受ける生魔…生徒の事ですけど、生魔は課題を全部教えてもらうんです。それで自分がどの程度成績が足りないか計算して、その課題をこなすんですよ」なんか焦ってたけど、まぁいいや。「うわー結構厳しいね、ちなみにライアちゃんはどの辺の難しさ?」「私のは中の下くらいですね、人間一人なんて簡単に殺れますし。だから早く決心してくださいね」笑顔がかわいいライアちゃんだが、今回は怖かった。
「まぁ、善処するよ…そういえば、悪魔の羽とはないの?」ライアちゃんは見た感じ、小さい以外は普通の人間だ。「人間の前じゃ普段は出さないですけど、羽は出せますよ。見ます?」「うん」僕はうなずく。「よいしょっ」そんな掛け声と共に、背中から羽が出てくる。ていうかこの羽も、背中にしまってあるのか…亜空間にでもなってんのかな?「ふー、やっぱり羽を伸ばすのは気持ちいいですね」「ああ、やっぱりしまってるのはきついんだ」「少し窮屈なだけですけどねー」羽は漫画に出てくるような悪魔の羽じゃなく、どちらかといえば天使の羽に近い、色が黒いことを除けばだけど。「触ってもいい?」僕は手を伸ばす。「いやですよ」避けられた。「うーむ…まぁライアちゃんに合って、かわいい羽だね」羽は小さめなので、かわいさを演出してるようにしか見えない。「ありがとうです」彼女は赤くなって礼を言う。こういうところは純粋にかわいいんだけどね…。
話しているうちに、気づけば時間はもう1時をまわっていた。「ご飯にしようか」僕は部屋を出て、キッチンに行く。彼女も僕の後ろをちょこちょことついてくる。
「さて…そういや何もなかった様な」僕は冷蔵庫を漁る。レンジでチンして手軽に食べれるものはない。「うわぁ…米はあるんだけどなぁ、おかずが…」もう一度探すが、やっぱりないものはない。「ないなら作れば良いじゃないですか」ライアちゃんはそんな事を言うが、正直作るのはだるいし、何より僕は料理が下手だ。包丁を持って指を切らなかったことがないぐらいだ。「作るって言ってもなぁ…」「ちょっと冷蔵庫の中見せてください」僕はどいて、そこにライアちゃんが来る。「むー…卵があるなら、目玉焼きぐらいなら作れますよ」おお、それは意外…偉大だ。「じゃあお願いして良いかな?」彼女は胸を張って、「任せてください」と言った。
数分後、卵はスクランブルエッグになっていた。「えーと…うん、味はおいしい」確かに味はおいしい、でもなんで目玉焼きにならなかったのか僕は考えたくなかった。トイレで大きいほうの用を足していたので、調理現場は見ていない。「おいしいならいいじゃないですか!!あはは」結構必死な彼女。「決して、焼いてる最中に黄身がつぶれちゃったからしかたなく、とかじゃないんですからね」かなり早口でまくしたてる。なるほど、つぶれちゃったのか…。「まぁでも、おいしいよ」米と一緒に口に運ぶ。彼女は嬉しそうにそれを見ていた。「ライアちゃんは食べないの?」「もちろん食べますよー」僕はライアちゃんの米をよそう。僕の分は最初からよそわれていたので、一人で食べてたわけなんだけど…。
誰かと一緒に、ご飯を食べるなんて久しぶりだった。朝はそんなこと考えなかったけど、今思えば決して悪いものではない。
食べ終えて、後片付けをする。作るのは任せていたので、後片付けはもちろん僕がやる。ライアちゃんはそれを後ろから見ていた。
後片付けを終え、僕らは部屋に戻る。「さーて、午後は何しようか」実際したいことなんてない。「ゲームでも勝負します?」ライアちゃんはカセットやCDを漁る。「やったことあるの?」「魔界にもありますからねー」ほんっと、世界観の変わらない世界なんだなぁ…。
まぁそんなわけで、僕らはレースゲーで勝負した。ライアちゃんは結構うまく、勝負はなかなか白熱した。「よーし、ここで裏道を」「ああ!それはずるいですよ」
かなり前に、父と一緒にやったゲームを思い出した。あの時のゲームは画像もしょぼくて、内容も単純なものだったけれど、純粋に楽しかった。なんでか分からずにいたけど、なんとなく、今分かった気がした。
「なかなかやるねぇ」「十夜こそー」何回もやり、結局勝負は引き分けのまま終わった。その後も、格ゲーやらパズルゲーやら色々やった。気づけば、時間はすごいスピードで流れていた。
「うわ、もう10時じゃん」基本的に、僕の部屋は濃い色のカーテンをつけているので、外が見えないから時間を確認するには時計しかない。だから、熱中していると時間の流れがいまいち分からないのだ。
「ご飯にする?」僕は別にお腹は減ってないけど、ライアちゃんに確認する。彼女はうーんと背伸びをし、「私はいいですよ、お風呂に入ってきますねー。タオルはドアの前においといてくださいね」と言って部屋を出て行く。いやいや、自分でタオル持ってきゃいいじゃん…。しぶしぶながら、タオルを洗面所に持っていく。彼女はもう風呂場に入っていた。ていうかこの状況はまずいよなぁ…。「タオル、ここ置いとくから」「はいー」そそくさと洗面所から出る。一応これでも健全な男子なので、まぁいろいろと…いろいろとね。
そう言えば、なんでライアちゃんは風呂場の場所知ってんだろ、なんて考えながら、部屋で待っていると、ライアちゃんが部屋に来た。「さっぱりしましたー」だけど服は変わってない、いいのかなぁ…。「十夜は入らないの?」「あー、僕は二、三日に一回しか入らないから。今日はいいや」風呂あがりのライアちゃんを直視することができず、僕の目線は自然と上を向く。「もー、毎日入らないとだめですよ」「別に、動いてるわけでもないし。さて、散歩行くけど来る?」誘うために、一応待ってたわけで。時間は10時40分、いつもよりは結構早い。「行きますよー、というか十夜は夜行性なの?」「夜行性っていうか、単なる趣味かな」「夜の散歩が趣味ってのもどうかと…」反論はできない。「まぁ、行こう」僕らは家を出る。
ライアちゃんは僕の横に並ぶが、歩幅が小さいから大変そうだ。だから、僕はペースを落とした。散歩なのだから、ゆっくりでもかまわない。「うわぁ、虫うるさいねー」「田舎だからね、夏場はこんなもんだよ。魔界にも虫はいるの?」「たくさんいますよー、虫は苦手ですよ」「女の子で虫好きな人は、あんまりいないでしょ」「そうですかねー」
何気ない会話をしながら、二人で歩く。やっぱり、一人よりも二人のほうが楽しい。「星きれいだねー」「僕は見慣れてるけど、それでもきれいだと思うよ」虫の音や星が良いと思うから、夜の散歩はやめられない。「良いところだね…住んじゃおうかな」切なそうに、だけど本気っぽく彼女は言う。「移住かぁ、それもいいんじゃない?」
「…」ライアちゃんは黙ってしまう。
「どうしたの?急に黙り込んで」
「んーん、なんでもないよ」ライアちゃんは首を横に振る。その横顔は、やけに寂しそうだった。
「やっぱり、魔界に帰りたい?」
「それはね。でも、死ぬ気のない人を殺してまで、帰りたいとは思わないよ」いつもとは、違った彼女がそこにいた。多分、こちらが彼女の本心なのだろう、なんとなくそんな気がした。「そっか…僕次第か」彼女に悪い気はしたけど、まだ死ぬ覚悟はなかった。むしろ、ライアちゃんといる時間が楽しく、それが永遠ならいいと思った。「…お互い、がんばらないとね」「うん…」何をがんばればいいか分からないけど、とりあえず僕はうなずいた。隣りにいる彼女は、やっぱり18歳の女性なんだと、思った。
いつもより長めの散歩を終え、僕らは家に着いた。相変わらず母は家にいない。
「疲れましたー、早く寝ないとお肌に悪いですよ」そこにはいつものライアちゃんがいた。「僕も今日はなんか疲れた、早く寝るかな」部屋に戻る。
「それじゃおやすみー」布団にもぐる。「おやすみですよー」彼女は電気を消し、布団にもぐる。いつもより短く、だけど充実した一日が終わった。