別れ
「んー…朝だなぁ」ほんと…最近寝過ぎだな。体を起こして、時計を見る。10時
ちょうどぐらい、まぁ起きるには普通の時間か…。「もっと早く起きれる様にし
ないと、学校行けそうにないなぁ…」
隣で寝ているライアちゃんをつっついて起こす。「むー…何するんですかぁ」「
朝だよ朝、起きないと時間もったいないよ?」まぁ、僕らの二人の時間って意味
なんだけどね。「むー…」ライアちゃんはだるそうに体を起こして、口を開く。
「時は金なりですよー」「おお、難しい言葉知ってるね」いや、誰でも知ってる
かな?「だからお金を出せば時間は買えるので…まだ寝ますよー…」と、布団に
倒れそうになる。「いや…全然意味違うんだけど」倒れそうになるライアちゃん
を抱き上げて、僕は彼女を振り回す。「きゃあー!」「目を覚ませー」自分を中
心に回しているので、もちろん僕も目が回る。「うわっ…」頭がふらふらして足
がもつれて、僕らは倒れた。なんでこんな自爆技を使ったんだろうなぁ…。「あ
いたたた…ライアちゃん大丈夫?」下になる事にはなんとか成功したから、ライ
アちゃんはそこまでダメージを負ってないはずなんだけど…。「もー、何するん
ですかー!」むしろ元気だった。倒れたまま、僕は謝る。「ごめんごめん」「次
やったら、十夜が寝てる間に落書きしますよー!」「それは勘弁…まぁ、ご飯に
しようか」「額に肉って書きますよー」「ほんとに
勘弁…」
いつも通りの日常を送る僕ら、それは普通の事だけど、とても楽しい。でもそん
な日常は儚くて、すぐに終わってしまう事をこの時僕は知らなかった。
それは、朝ご飯を食べてる時にいきなりやってきた。
「十夜、おいしいですかー?」「うん、おいしいよ」ライアちゃんが作ってくれ
たおかずは、ご飯に合って結構おいしかった。「これ、なんて言うの?」おいし
いけど、見たことがない物だったから、ライアちゃんに聞いてみる。「ほれはで
ふねー」「ごめん、飲み込んでからでいいから」口に物を詰めたまま喋る姿は、
ほんとにライアちゃんっぽい姿だ。ごくん、と飲み込んでから、ライアちゃんは
口を開く。「それはですねー…えーと…」「どうしたの?」まさか、名前を忘れ
たのか?「…オリジナルなので、名前がないんですよ」「オリジナル?それはす
ごいなぁ…」まぁきざんだ野菜が色々入ってて、肉やらなんやらも入っているの
もすごいけどね。おいしいんだけどさ。
話しながらご飯を食べていると、玄関の呼び鈴が鳴った。「誰だろう?ちょっと
行って来るね」僕はキッチンを出て、玄関に行く。「はーい、どちら様ですか?
」ドアを開けると、そこには見慣れない男性と女性がいた。男性も女性もスーツ
を身に纏い、厳格な雰囲気を醸し出している。歳は、どちらも30後半に見える。
「えーと、どちら様で…」「こちらに、ライアと言う悪魔がいるだろう?」高圧
的な態度で、男性の方が話しかけて来る。「…あなたたちはなんなんですか?」
なんとなく、僕は嫌な気配を感じた。「いるかいないかとこちらが聞いているの
だよ」「いませんよ、帰ってください」僕はプレッシャーに耐えながら、言葉を
返す。男性が吐き出す言葉は、一つ一つが重かった。「嘘は良くないわ、お仕置
ね」今まで黙っていた女性が口を挟む。「何を言って…うぁ!」いきなり、体が
地面に伏した。何もされていないはずなのに、体に何かが乗っているかの様に重
かった。「な、何を…?」僕は上がらない顔を下に向けたまま、目だけで相手を
にらみつける。「嘘は悪いことだって、学校で習わなかったのかしら?」「所詮
人間なんてそんなものだろう…邪魔するぞ」
靴を脱ぎ、二人は僕をまたいで、家にあがっていく。「くそ…不法侵入のほうが
悪いことだろ!」僕は叫ぶが、二人に無視された。
ほどなくして、キッチンの方からライアちゃんの声が聞こえた。「パパ!ママ!
」ああ…やっぱりそうか。僕は苛立ちを感じるのと同時に、今何も出来ない自分
を情けなく思った。
「いつまでもこんなところで何をしているんだ!学校が始まるんだぞ!」「…私
は、お兄ちゃんの代わりじゃない!」直後、パーン!と平手うちの様な音が聞こ
えた。「あなたがレイアの代わりですって?出来損ないがほざくんじゃないわよ
!」その言葉を聞いた瞬間、僕は頭の中で何かがぶちっと音を立てて切れた。気
がつくと、僕はキッチンに走り出していた。体に感じた重さは、もうなかった。
「ふざけたこと言ってんじゃねーよ!!」僕は背を向けていた二人に、叫んだ。
「てめーらのせいでどれだけライアちゃんが傷ついたと思ってるんだ!?」「十
夜…」ライアちゃんがこちらを見た。二人は平然とした顔でこちらに向き直る。
「半魔か、珍しいな」「そうね、でもまだまだ力は弱いわね」「何関係ないこと
話してやがる!」とっさに僕は二人に飛び掛かっていた。「部外者が口を出すな
!」スーツを纏った男が僕に向けて片手を上げた。「なっ…うわぁ!」何が起き
たか分からなかった。気がつくと玄関の天井が見え、背中と後頭部にひどい痛み
を感じ、体は指すら動かせない。「十夜ぁ!」「さぁ、帰るぞ」「十夜!十…」
ライアちゃんの涙まじりの声が途切れ、キッチンからは人の気配が消えた。「ラ
イア…ちゃん…」僕は彼女の名前を呼びながら、意識がどんどん闇に引きずりこ
まれるのを感じていた。
「…とう…や…十夜…!」誰かが僕の名前を呼んでいる、まだ…眠いんだよ…
「起きなさい!」仕方ないので目を開ける。「…母さん?」「良かった…」母は
ポロポロと涙を流しながら、横になってる僕を抱き締めていた。「どうして泣い
てるの…?」僕は体にひどい痛みを感じながら、体を起こす。「何が…あったの
?」母は僕にそう問い掛ける。「何って…何が…あっ!」思い出した、ライアち
ゃん!
「母さん、ライアちゃんは!?」「ライアちゃん…?私が帰って来た時にはあな
たしかいなかったわよ…それよりどうしたの?体は平気?」「痛みはあるけど、
平気だよ?…えっ!?」やっと今の状況に気付く。玄関が…血塗れになっていた
。
「え?え?」僕はさっき打った自分の後頭部をなでる。カサカサ、と髪からは血
が乾いた感触が伝わって来る。「…なんだよこれ」あの二人は、僕を殺す気だっ
たのか…?
「傷口はふさがってるみたいね…良かったわ」母は僕の頭の傷を見て、そう呟い
た。「母さん…やっぱり僕は…」「続きは後にしましょう、まずは片付けないと
…ほら、お風呂に入ってらっしゃい」僕は痛む背中を気遣いながら、立ち上がっ
てお風呂に向かった。
「普通なら、死んでるよなぁ…」さっき見た惨事が脳裏に焼き付いている。人間
はどのくらい血を流したら死ぬかは分からないけど、あれは間違いなく死ぬ量だ
と思う。
「傷もふさがってるみたいだし…悪魔、か…」
分かってはいた、なんとなくだけど…ライアちゃんは前に、それでも僕は僕だと
言ってくれたが、やっぱり自分が自分じゃなくなるようで怖い。
お風呂からあがり、リビングのソファーに腰を降ろす。
今日はなんか…疲れたなぁ…ライアちゃん…大丈夫かな?
体は疲れているものの、頭は思考することをやめない。
色々考えている内に、母がリビングにやってきた。
「血が多くて片付けるのに大変だったわ…まだ少し跡が残ってるし」「…ごめん
」「十夜が謝ることでもないでしょう?」
確かにそうだけど、ただ謝りたい気分だった。
「で、何があったのかしら?」母は向かいのソファーに腰を降ろす。
「…ライアちゃんのお母さんとお父さんが来て、ライアちゃん連れてかれたよ」
空っぽの言葉だけがただ宙にただよう、僕は何も出来なかったんだ…。
「それで、邪魔なあなたを殺そうとした…そういうことね?」「うん…」
何も出来なかったことの苛立ちが、僕をずっと責め続けている。
母は怒りを露わに言う。「人の息子に全く…礼儀も何もない親なのね」「うん…
」
そう返すことしか、今の僕には出来なかった。
母は淡々と言う。「…彼女のこと、諦めたほうが楽なんじゃないかしら?」「…
…」
僕は何も出来なかった、もしライアちゃんのところに行けたとしても何も出来な
いだろう…でも、だからといって諦められるか…?
「諦め…たくない、このまま別れるのは嫌だ」強くそう答える、ライアちゃんが
また辛い思いをするのは耐えられない。
「そう…」母は少し悲しそうな顔で話しだした。「十夜、あなたも気付いてると
思うけど…あなたは人間じゃないわ」「やっぱりそうなんだね」
分かってはいた。あの夢のことや、傷の治りの早さなど、普通の人間ならさっき
死んでるはずだから。
「とは言っても、半分は人間だから完全な悪魔じゃないわね」「父さんが悪魔だ
ったんでしょ?」「ええ…」
父の話をする時は、母は今でも悲しそうな顔をする、それが僕は嫌だった。
「ライアちゃんの家…魔界に行くことは出来るの?」「行き来すること自体は簡
単よ、全ての界は繋がりあってるから…ただ、それに気付かないだけで」
繋がっている…?ならなんで人間はそれを見つけられないんだろう。
「これを持って、彼女のことを強く思いなさい」母はポケットからネックレスを
取り出し、僕に渡した。二本の細い鎖の先端に、赤い宝石がついている。
「何、これ?」「前にあの人からもらった物よ…私はもう使わないから、あなた
が持ってなさい」「うん…」
母からもらったネックレスは、どことなく懐かしいイメージを抱かせた。
「無事に…帰ってくるのよ?」母はそう言って立ち上がり、僕を抱き締めた。ほ
んの少しだけ、その体は震えていた…。
「大丈夫…絶対に」正直不安な気持ちはあったけど、大丈夫だと思えた。
「十夜までいなくなったら…」「大丈夫だって!これでも一応男なんだからさ…
」「…気をつけてね」
母が幼く見えた。いつもしっかりしている母…帰って来たら親孝行でもするか。
母は僕から離れて、ソファーに戻った。
「頑張りなさい」「うん…!」
ネックレスを両手で強く握り締める。ライアちゃん…心の中で強く彼女を思い描
く。いつも元気で、子どもっぽくて、甘えん坊で…でもずっと悩み続けて来た彼
女、そんな彼女を愛しく思う…いつも元気づけてもらった、だから今度は僕が彼
女を助ける番なんだ…!
徐々に視界が白くなっていく、体が浮いてるかの様に感じ、意識はもうろうとし
てくる。
「うっ…」そして僕の意識は、闇に包まれた。