初めての看病
「…うや」「ん…」誰かが僕を呼んでいる。まぁライアちゃんだろうな、ってこ
とはもう朝かな?「十夜、朝ですよー」「んー…おはよう」だるい体を起こして
ライアちゃんを見ると、少し顔が赤くなっていた。あれ?僕何かしたっけ…?「
おはようございますー」というか、これは…「ライアちゃん、ちょっとごめんね
」僕はライアちゃんのおでこに手を当てる。「十夜は鋭いですねー…」熱かった
。「ライアちゃん程じゃないけどね。風邪かな?熱測った?」「まだ測ってない
ですよー」「じゃあ測らないと」立ち上がって、机の引きだしから体温計を取り
出して、ライアちゃんに渡す。「はい。咳とか頭痛はない?」「ありがとー。少
しクラクラするけど、大丈夫ですよー」と言われても、ライアちゃんの事になる
と僕はつい心配し過ぎてしまう。好きな人の事だから当然かな?
ライアちゃんは僕の布団の上に座って、体温計をわきにはさんでいる。僕はその
隣に座って、そんな彼女を心配しながら見ている。「風邪ひいたのなんて、初め
てなんですよー」「それはすごいね…」そう言えば前にも言ってたっけ…。一分
もたたない内に、体温計はピーッ、と鳴る。ライアちゃんはわきから体温計を出
して、体温を見る。もちろん僕も、横からそれを覗いた。「38度2分、結構高いね
ー」「だねぇ。今日はちゃんと寝てないとだめだよ?」「うー、遊びたいですよ
ー」ライアちゃんは口をとがらせる。「だめ、元気になってからだよ」「むー…
私を置いて、一人で遊びに行っちゃやだよ?」「そんな事しないよ、ちゃんとそ
ばで看病するから」「ほんと?」「うん」ライアちゃん、初めての風邪で不安な
のかな?まぁ、昼間から一人で僕が外に行くわけないんだけどね…。「僕の布団
でいいから、横になりなよ」そういえば、僕の布団も何も、最近ずっと二人で寝
てるんだったな…。「はーい…十夜も寝ましょうよー」「トイレ行ってからね」
僕は立ち上がる。そういえば、今何時なんだろ?時計を見ると、まだ6時だった。
朝はやいなぁとか思いながら、トイレに行って用を足す。部屋に戻ると、ライア
ちゃんがこっちを見ていた。僕が戻って来るまで、ずっとドアを見ていたのかな
?寂しがり屋だなぁ…。
「ライアちゃんもしかして、不安だったの?」僕はライアちゃんの隣に横になっ
て、そう聞く。「何がですか?」「いやさ、僕を起こすの早かったし、もしかし
たらとか思って」自分で熱があると分かって、それが不安で僕を起こしたんじゃ
ないかって、僕は思うんだけどね…。「不安なんかじゃないですよー」とか言い
ながら、ライアちゃんは僕にくっついている。「まぁいいんだけどね…寝ようか
」6時なら、二度寝しても良い時間だしね。「…そばにいてね?」やっぱり不安な
のか…元気なライアちゃんもいいけど、弱ってるライアちゃんもいいなぁ…って
不謹慎かな?「そばにいるよ」僕はライアちゃんを抱き締めて、目を閉じる。「
おやすみ」「おやすみなさい」ライアちゃんの体温を肌に感じながら、僕の意識
はとんでいった。
「んー…」目が覚めたので、体を起こす。僕の寝起きがいいなんて…珍しいなぁ
。二度寝したからかな?
「さてと」隣で寝ているライアちゃんを起こさないように、僕は立ち上がる。時
計を見ると、時間は10時を少しまわったところだった。「がんばるか…」僕は部
屋を出てキッチンに行く。まずは濡れタオルの準備だ。僕は容器に水をいれて、
タオルをそこに浸す。そして容器ごと部屋に持って行く。部屋でタオルを絞って
、寝ているライアちゃんのおでこの上にタオルを乗せる。「むー…」ライアちゃ
んは少しうなったけど、まだ寝ている。「こっからが、頑張りどころかな」僕は
部屋を出てキッチンに戻る。ライアちゃんのためにおかゆを作るからだ。作り方
は分からないし、料理自体苦手な僕だけど、ライアちゃんに何かしてあげたいん
だ。
「とは言っても…どうすればいいんだ?」おかゆの作り方…さすがに知らない物
は作れないなぁ。「まぁ、やってみるか」まずは材料なんだけど…ご飯と水があ
れば出来るかな?「確か、卵入ってるやつもあるんだよねぇ」冷蔵庫を漁って卵
をゲット。「長ネギも風邪にいいんだったかな?」ついでに長ネギもゲット。ご
飯もあるから、材料はおーけーかな…。「えーと、まずは…」鍋で水を沸かすの
かな?鍋に水をいれて、コンロで火にかける。「水量分からないけど、こんなも
んかな?次は…」まな板と包丁を出して、長ネギを洗ってから切る。何回か指切
ったけど、一応細かくきざめた。「えーと、お湯が沸騰したら切ったネギをいれ
ればいいのかな?」知らない物を、予想だけで作るのがどれだけ困難か分かった
気がした…。沸騰したお湯の中に切ったネギをいれて、ネギがしんなりしたらご
飯を茶碗二杯分いれてみる。「本当にこれでいいのかな…?」ご飯をいれて少し
してから、そこに卵を割っていれる。なんていうか変な物が出来そうだった。「
ふたをして、少し煮てみるか」どうなる事やら…。
結構な時間を置いて、鍋のふたをとるといい感じにおかゆっぽくなっていたので
、それを鍋から二つの茶碗に移す。少し塩を振り掛けて、出来上がり(?)…。
「食べられるのか?これ…」一応見た目はおかゆで、細かくなってるネギや卵が
至るところに混じっている。「味見」一口食べてみると、食べられない物ではな
かった。「まぁ、元々が食べ物なんだしね…」僕は茶碗を二つとスプーンを二つ
、コップ二つと麦茶が入っているペットボトルと風邪薬をお盆に乗せて、部屋に
戻った。
部屋に戻ると、ライアちゃんが起き上がっていた。「十夜…どこに行ってたんで
すか?」寂しそうな目でこちらを見て来る。「おかゆを作りにね。今起きたとこ
?」僕はライアちゃんの隣に座る。お盆はライアちゃん側じゃない僕の隣に置い
た。「今起きたばっかりですよ、起きたら十夜がいないから…」「ごめんね、寂
しい思いさせたかな?」「うん…」ここまで素直でしおらしいライアちゃんは、
見た事がないなぁ…。「食欲ある?」「あんまり…でも十夜が作ってくれたなら
、食べますよ」「なんだか、照れるなぁ…」ライアちゃんは僕の手をとって、指
先を優しくなでる。「だって…こんなに怪我して…」正直触られると痛いんだけ
ど、なでてもらうのは嬉しかった。「僕料理下手くそだから…」僕はライアちゃ
んから手を離し、茶碗とスプーンを持って、スプーンでおかゆをよそってライア
ちゃんに食べさせる。「どうかな?」「うん…おいしいよ」にっこりと微笑むラ
イアちゃん。「良かった…」「ありがとね、十夜」自分が作った物を、おいしい
と言ってもらえるのは、すごく嬉しい事だった。
僕がライアちゃんに食べさせる形で、ライアちゃんは茶碗一つ分のおかゆを食べ
終えた。「まだあるけど、食べる?」一応、もう一つの茶碗は僕のおかゆなんだ
けどね。「ううん、もう十分だよ」ライアちゃんは首を横に振る。「そっか、じ
ゃあ薬飲まないと」「お薬は苦手ですよー…」「子どもじゃないんだから…わが
まま言わないの」薬と言っても、錠剤なので飲みやすい方だと思う。コップに麦
茶をいれて、薬と一緒に渡す。「飲まなきゃ、だめ?」目をうるうるとさせて、
聞いて来るライアちゃん。「だめだよ」危うく、いいよ、とか言いそうになる自
分を抑えて、僕はそう言う。「飲まないと、治りが遅くなっちゃうよ?」「むー
…」錠剤とにらめっこをする彼女。いきなり顔をこっちに向けて、ライアちゃん
は口を開く。「十夜が口移ししてくれるなら、飲みますよ?」「え?」いきなり
の提案に、僕は焦る。キスするのは今さら焦る様な事じゃないんだけど…こう、
なんて言うかな、しおらしいライアちゃんは兵器レベルなんだよね…。「そうじ
ゃないと、飲みません」まぁこういうところは、いつものライアちゃんなわけな
んだけど…。「しょうがないなぁ…」僕は薬と麦茶
を口にいれて、ライアちゃんに口移しで飲ませる。「ん…」「ちゃんと、飲めた
?」ライアちゃんはこくんと頷く。やれやれ…僕は今どれだけ赤い顔してんだろ
うな。
「じゃあ僕片付けてくるから、ちゃんと寝るんだよ」「はーい」タオルを容器に
いれて絞ってから、横になったライアちゃんのおでこの上に乗せる。「おやすみ
」「おやすみなさい…すぐに戻って来てね?」「うん」僕は使った物をお盆に乗
せて、部屋を出てキッチンに行く。「急ぐかな」使った物をさくさく洗い流す。
料理は苦手だけど、洗いものは結構得意なんだよなぁ…慣れてるから。
急いで片付けを終えて、部屋に戻る。やっぱりライアちゃんは、僕が戻って来る
までドアを見ていた様だ。「寝ないとだめだよ?」僕はライアちゃんの隣に腰を
おろす。「うん…そばにいてね?」「そばにいるよ、だから安心して寝てね」僕
はライアちゃんの手を握る。「うん…十夜…」ライアちゃんはすぐに、スースー
と寝息をたてて寝てしまった。「ほんとに、かわいいよなぁ」手から伝わる温も
りが、僕の心を温かくさせる。ふと、この前ライアちゃんに看病してもらった事
を思い出す。「やっぱり、病気の時は不安になるもんか…」こうやって、二人で
支えあって生きているのは、すごく幸せな気がした。
「ん…あれ?」どうやら、看病してる間に気付かない内に寝てたのか…。「最近
寝過ぎだよなぁ…このままじゃだめ人間になっちゃうよ」もう手遅れっぽいけど
ね。
ライアちゃんは、まだ寝ている。僕はライアちゃんを起こさない様に、水の入っ
てる容器を持って部屋を出る。キッチンで水を入れ換えて、トイレで用を足して
から部屋に戻る。「しっかし…ライアちゃんもやっぱり風邪ひくのか」まぁ生き
てるんだから当たり前なんだけどさ、なんか似合わないというかなんというか…
。
僕はライアちゃんのおでこの上にあるタオルを水に浸し、絞ってまた乗せる。「
早くよくなればいいなぁ…」ていうか暇だな…寝ているライアちゃんを見ている
のも別に飽きはしないけど、さすがに病人をつっついたりするわけにもいかない
し…。「散歩行くのも、まずいか」自分で言うのもなんだけど、ライアちゃんが
起きた時に、僕がいなかったら悲しむだろうからね。
僕はする事もないので、時計を見る。「時間は5時かぁ…」趣味の一つや二つ、見
つけるべきかな?「まぁ、本でも読むか」てきとーに本を一冊選んで、黙々と読
みふける。漫画じゃなくて、一応小説だ。ライトノベルなんだけどね。
7時頃に、ライアちゃんが目を覚ました。「むー…おはようございます」「おはよ
う、熱測ろうか」机の上に出しっ放しにしてある体温計を、ライアちゃんに渡す
。ライアちゃんはそれをわきに挟む。「寝過ぎで、なんか頭がクラクラしますよ
ー」「具合が悪い時ぐらいは、おとなしくしないとね」わきに挟んだ体温計は、
すぐにピーッとなる。ライアちゃんはわきから取り出し、数字を見る。もちろん
僕も横からそれを覗く。「36度8分、もう全然平気ですねー」「熱の下がり早いね
ぇ…悪魔は治癒力が高いんだったっけ?」「そうですよー、漫画のギャグキャラ
ぐらい早いですよ」「早すぎじゃない…?」ていうかどんな例えだよ…。
「これなら、夜の散歩は良いですよね?」「んー…」本当なら、完全に治してか
らの方がいいけど…僕も人の事言えないからなぁ。「しょうがないか、少しは動
かないと、ライアちゃんも寝れないでしょ?」まぁ、僕もなんだけどさ。「じゃ
あ、行きましょー」ライアちゃんは元気に立ち上がる。「ご飯は?」「今はお腹
空いてないですよー」「まぁ僕もだし、行こうか」つくづく、不安定な生活リズ
ムを送ってるよなぁ…僕ら。
家を出て、玄関の戸締まりをしっかりとしてから、僕らは散歩に出る。
「はぁ…それにしても平和だねぇ」「いきなり、どうしたんですかー?」「なん
となくね。国や世界じゃ問題が多くても、僕のまわりは平和だなぁと思って」そ
れはきっと、僕が恵まれてるだけなんだろうけどね…別に深い意味はないさ。「
明日は我が身ですよー、何があるか分からない世の中ですし」「いきなり悪魔が
家に来たりとか?」僕は笑いながら言う。「もー、それは嬉しい出来事じゃない
んですか?」自分で言うか…。「時と場合と人によるんじゃない?まぁ、僕は嬉
しいけどさ」いきなり殺されそうになった時はびっくりしたけどね…。「私が来
てから、もう二週間ぐらいかな?」「まだ二週間ぐらいだね」まだ、なんて言え
る程、薄い二週間でもなかったけどね。「時間がたつのは、早いですよねー…」
「何年寄りくさい事言ってんの…」「もー、毎日が楽しいから、って意味ですよ
」「ああ、なるほど」ってことは、僕にとっても時間の流れは早いわけだ。「楽
しい人生を送ると、短い人生に感じるって事になるのかな?」「それだけ充実し
てるって事じゃないですかー?」長くてつまらない人生と、短くて楽しい人生。
実は時間の差は全然ないけど、感じ方の差は大きい
。「不思議だねぇ」「ほんとですねー」まぁ、別に深い意図があってこんな話を
してるわけでもないんだけどね。
「疲れましたよー」僕らは部屋に戻って来た。「そりゃね…散歩なのになんで僕
らは走ったんだろう?」なぜか、歩きなら家に着く手前10分ぐらいの距離から、
僕らは走った。「たまには、走るのも大切ですよー」僕は結構息を切らしてたの
に、ライアちゃんは元気だった。「ライアちゃん、結構体力あるよね」あれか、
子どもの体力がすさまじいのと同じ…。「…十夜?」「はい、ごめんなさい」ほ
んっと鋭いなぁ…笑顔でにらまれるのは怖いよ…。
まぁする事もないので、僕らは寝る事にした。電気を消して、布団にもぐる。い
つも通り、一つの布団に二人である。
「おやすみ」「おやすみなさーい」さて…寝れるかな?
予想とは裏腹に、案外簡単に意識はとんでいった。
今日も一日が終わる。