その10〜愛〜
「ん…頭、痛い」ズキズキと、頭が痛む。「今何時だ…?」重い頭を持ち上げて、時計を見る。9時30分、大体いつも起きる時間だけど、体がだるくて起きる気になれない。「昨日考えすぎたからなぁ…また風邪ひいたかな?」そんなわけはないと思う。きっと、知恵熱かなんかだろう。前に風邪をひいた時に、ライアちゃんが看病してくれたのを思い出す。そうしたら、急に一人でいるのが寂しくなった。「謝らないと…起きよう」頭に震動がいかないように、ゆっくりと体を起こす。「んー」立って体を伸ばすと、少しだけ元気になった気がした。
父さんの部屋を出て、自分の部屋に戻る。自分の部屋に入る前に、一度だけ深呼吸をした。「ふー…」さて行こう。部屋のドアを開けると、中は暗かった。電気をつけて中を見渡すと、そこには誰もいなかった。「あれ?」なんとなく、嫌な予感がした。
家の中を探し回っても、ライアちゃんはいなかった。「一体どこに…?」今日は雨が強く降っているから、散歩になんて出ないはず…。予想とは裏腹に、玄関にライアちゃんの靴はなかった。「こんな雨の中、どこに…?」なんだろう、すごく胸騒ぎがする。
僕は捜しに行くことにした。ここで行かなかったら、もう二度と彼女が帰ってこない気がしたんだ…。
「雨か…」左腕の傷が疼く。傘を差して、どしゃぶりの外へと飛び出す。さっきまでズキズキと痛んでいた頭は、もう気にならなかった。
「ライアちゃん…」僕は走っていた。自分でも分からないけど、焦っている。捜しているのはいつもの散歩コースだ。それでも見つからなかったら、見つけるまで捜すまでだ。だって彼女は、大切な人なんだから…!
「いない…」いつもの散歩コースには、彼女はいなかった。いそうな気がした草原にも、彼女はいなかった。雨はこちらの都合など考えずに、ザァザァと強く降り続けている。「ちくしょう…」もう傘を差す意味がないほど、僕はずぶぬれになっていた。だから傘を投げ捨てて、再度走り出す。「どこに…どこに行ったんだよ」あてもないまま、視界の悪いどしゃぶりの中を捜し続ける。
近隣の主だった場所はあらかた捜し終えた。だけど、彼女はどこにもいなかった。
「僕は、何やってるんだろうな…」8月の割には、今日は気温が低く少し肌寒い。どしゃぶりの雨がそれに輪をかけ、僕の体温は下がりきっていた。いくら寒いのに強いとはいえ、そんな中二時間以上も走り回っていればさすがに死にそうになってくる。「これで家に帰ってたら…笑っちゃうな」それでも、僕は家に帰らない。ライアちゃんが家にいる気が、全くしないからだ。「雨宿りでもしてたら、見つかるわけもないなぁ」それもないと思うけど…さ。「ほんと…僕は馬鹿野郎だな」自分の勘だけで、ただただ彼女を捜しているのだから…。
「あ、川の方行ってないや」家からそう遠くない場所に、川がある。近場では、そこだけ捜していなかった。「いなかったら、諦めるかもなぁ」心にもない言葉を吐く。なんかしゃべってないと、孤独でやってられないんだ。こんな気持ちの時は、さ。
川につき、川沿いに彼女を捜す。川の水面はだいぶ高い位置にあり、落ちたらいい感じに死ねそうだ。「いい感じって、なにがだよ…」自分自身にツッコミをいれながら、それでも心中穏やかじゃないまま、彼女を捜す。
10分ぐらい走ると、橋が見えてきた。「橋の名前は、なんだったかなぁ」確か川と同じ名前だったのは覚えている。「君は、知らないかな?」橋の下手前、雨宿り出来ない位置に、ライアちゃんが仰向けに倒れて目を閉じている。「ねぇ…答えてほしい」近づいて、顔に手を当てる。「こんなに…冷たくなってさ…」彼女は喋らない。「ねぇ…帰ろうよ」彼女は…喋らない。顔をはたいてみる、だけど反応はない。「ライアちゃん…悪ふざけはやめろよ?」抱き上げて、橋の下へと連れて行く。雨に濡れて冷たい彼女…冷たいのは雨のせいだけじゃないかもしれない。「せっかく迎えに来たんだからさ…帰ろう」僕は話しかけるのを止めない。「風邪、ひいちゃうよ…」返事はない。「ずっとそばにいるって、言ったじゃないか…!」認めたくない。「起きろって!!」頬を雨が流れていく、橋の下なのに不思議だ。「ライアちゃん!!!」涙なんかじゃない、だって彼女は生きているんだから。
それから、幾度話しかけたのかは覚えてない。でも彼女は、一度たりとも反応を示さなかった。ほんとは、見つけた時からなんとなくだけど分かってた…ライアちゃんはもう…。頭痛がする…寒い…寒い…寒いよ。彼女はもう、この世界にはいない。
「よ、十夜」「あんたか…って事は、僕は夢を見ているのか」ライアちゃんを抱きしめたまま、疲れて気づかない内に寝てしまったのだろう。夢の中のせいか、やけに僕は落ち着いていた。「今更、何の用ですか?ライアちゃんを守れなかった僕に、文句でもありますか?」「そんなんじゃない、別れを言いに来ただけだ」「別れ…?」「ああ、そうだ。じゃあな、また会えたらいいな」「何を言ってるんだ?あんたは…」不意に、僕は殴られる。そして、胸倉をつかまれる。「ライアをまたこんな風にしたら、死んでもお前を殺すぞ!」「そんな顔も…できるんですね…グッ」もう一発殴られる。夢の中のはずなのに、なぜかひどく痛かった。「分かったか!?」「…今更だよ、ライアちゃんはもう…」僕は地面に落とされる。「お前は今、誰を抱きしめている?その腕に感じる温もりが、分からないのか?」「何を…」あれ…?温…かい?「さっさと起きて、行け。最後だから言うが、お前みたいな馬鹿は大嫌いだ。俺と、同じだからな」「えっ?うわっ!」目の前にいた男…ライアちゃんのお兄さんは強い光に包まれたかと思うと、光ごと弾けとんだ。辺りには、キラキラと光の雨が降り注ぐ。「じゃあな」そう聞こえた気がした。
「…あれ?」気がつくと、橋の下にいた。腕の中にいたライアちゃんは、なぜかいない。「十夜…」後ろから声がする。後ろを向くと、そこにはライアちゃんがいた。ずぶぬれで少し震えている。「…ライアちゃん?」「私のこと、まだ怒って…きゃっ」僕はライアちゃんを抱きしめた。「十夜?いきなり何を…」「良かった…本当に良かった…」ライアちゃんの服は冷たい、でも体は温かかった。心が熱くなる。涙が、こぼれてしまう。「ごめんなさい…」ライアちゃんは謝る。僕はぼろぼろと、思いっきり泣いた。理由とか過去と関係ない。ただ彼女が生きていることが、嬉しかった。どうしようもなく嬉しかった。少しの間泣き続けて、ようやく僕は落ち着いた。「まずは帰ろう、話はそれからだよ」「…はい」僕ライアちゃんを抱っこして、雨の中家に帰った。
「まずはお風呂入らないと…一緒に入る?」僕は玄関で濡れた服を脱ぐ。「冗談、ですか?」「いや、本気」僕は玄関でトランクスのみになり、家の中にタオルを取りに行く。今は、恥ずかしいとか全く思わなかった。タオルをライアちゃんに渡そうとして、手を止める。「どうしたの?」「こっちのほうが早いや」僕はライアちゃんを抱っこして、お風呂場にもって行く。「ぱぱっと服脱いじゃって、風邪ひくよ?」僕も濡れているトランクスを脱いだ。「でも…」ライアちゃんは少し戸惑っている。冗談で、お風呂一緒に、とは言うライアちゃんだけど、それが本当になると困惑するのだろう。「いいから!」少し強めにおすと、ライアちゃんは黙って服を脱いだ。僕はそれを洗濯機に放り込む。僕はもう、色々ふっきれていた。後でライアちゃんに文句言われても、気にしない。彼女が風邪をひくのは、嫌だからね。
「うわー…すっごくお湯が熱く感じるよ」それほどに体が冷えていたのだろう。僕は適温に調整して、ライアちゃんにお湯をかける。「熱くない?」「大丈夫ですよ」「風邪ひいたらまずいからね、早く体を温めないと」しっかし…落ち着いて考えるとこの状況はまずいな…どこに目線をやればいいのやら。「えーと、まずは頭洗って体流して…」いつも通りの順序で洗っていこうとする。だけど、「十夜、それはシャンプーじゃなくてボディソープですよ」「えっ?」なかなかいい感じに混乱してる僕…。「あれ、おかしいなぁ…この洗顔フォーム泡立たない…」「十夜、それはリンスですよー…十夜ってば」くすっ、と笑うライアちゃん。「ごめん…なんかちょっと焦ってる」まぁ、暗い顔していたライアちゃんが笑ってくれたから、結果オーライかな?「一緒に入ろうって言ったのは、十夜ですよー?」「だってさ、ライアちゃんが風邪ひくのは…嫌だし」「ありがとね…本当にごめんね」「いや、まぁ…」うーん、返す言葉がないなぁ…焦ってるからか?「話は、お風呂出たらにしようか」「はい」
まぁ色々混乱してたけど、なんとか洗い終えて、体も温めて、僕らはお風呂を出た。
部屋に戻り、タンスから服を出して着る。裸のまま廊下を歩くってのも、なんか変な感じだったなぁ…。「そう言えば、ライアちゃん着るものある?」「あ…ないですね」「じゃあこれ着てなよ」僕は自分のパジャマを渡す。「大きいだろうけど、服乾くまで我慢してね」そういや、ライアちゃんの不思議背中倉庫はどうなったんだろうか?洗濯しちゃってたり…?まぁいいか。ライアちゃんは渡したパジャマを着る。でかすぎるけど、暖かいならなんでもおーけーだ。「十夜の匂いがします…」「えっと…変な匂いする?」「ううん…とっても温かい匂い」「なんか恥ずかしいなぁ…」やっぱり、色々ふっきれても恥ずかしいものは恥ずかしいんだなぁ…。
「さてと…」まぁそんな事はおいといて、ライアちゃんから話を聞かないと。僕は自分の布団に横になる。ライアちゃんも、僕の隣で横になる。「で、何があったの?」「…十夜は、私のこと嫌いになった?」ライアちゃんはすごく寂しそうにそう聞いてくる。「嫌いになんかならないよ…大好きだから」少し恥ずかしいけど、僕は本音を言う。「でも…」「ライアちゃんが何をしても、僕は君が好きだ。この気持ちは変わらない」ただまっすぐに、僕は気持ちを伝える。「ライアちゃんの事が心配なんだ、だから…」そこで、僕は口を止める。だから…何だって言うんだろう?だから僕は彼女が家を出た理由が知りたいのだろうか?そんなの…昨日と何も変わってないじゃないか。僕はまたライアちゃんに、無理強いさせてしまうとこだった。「心配だけど…ライアちゃんが言いたくない理由があるなら、言わなくてもいいよ」何が正しい答えなんだろう。心配しすぎるあまりに、言いたくないことを言わせるのが正しいのか?心配していても、無理に追及しないのが正しいのか?どちらも相手を想っていることだけど、全然違う形の愛なんだ。僕には…分からない。
少しの沈黙の後、ライアちゃんが口を開く。「…十夜に嫌われたと思ったの。そう思ったら、悲しくて…」「うん…」僕は静かに、彼女の声に耳を傾ける。「私も、自分で何がしたいのか分からなかった。死にたかったのかもしれない…」「だから、あんな場所に?」「最初は草原にしようと思ったんだけど…あそこは良い思い出があるから」なるほどね…。「十夜にまで嫌われたら…私は居場所をなくしてしまうから…それが怖くて逃げたのかもしれない」僕に、まで?それに居場所って…?「さっきも言ったけど、絶対に嫌いになんかならないよ。ライアちゃんの居場所は、僕のそばだよ」魔界に帰る事なんて、知った事じゃない。彼女は魔界にすら、居場所がないのかもしれないしね。「十夜のそばにいても、いいの?」「当たり前だよ。むしろ、僕がライアちゃんにいて欲しいと思ってる」「…嬉しいよ」彼女は涙を流しながら、笑っている。僕はそんな彼女を抱きしめる。過去なんて知らない、理由なんて知らない。彼女を守るのに、そんなのは必要ない。それが…分かった気がした。大切なのは、彼女を愛する心。恥ずかしい事言ってるとか、クサイとか、言いたきゃ言えばいい、僕はそれでも変わらない。ライアちゃんが大好きだから。
「ライアちゃん、大好きだよ」抱きしめながらそう言う。「私も十夜が好き…大好き…」
まぁそんな感じで、長々と二人で愛を語り合ってたわけなんだけど…。僕にはまだ、疑問が残っている。ライアちゃんのお兄さんが、僕の中にもういないということだ。「ライアちゃん、倒れている時になんか夢を見なかった?」「うーん…見た様な見てない様な…」僕の腕の中で、ライアちゃんは考えている。「よく覚えてないけど、死ぬかな?って思った時に、何か暖かいものに包まれた気がしましたよ」「そっか…」死ぬかな?ではなく、実際にライアちゃんは死んでいた。そんなライアちゃんを助けたのは、彼女のお兄さんだろう。ライアちゃんの代わりに、死んでしまったのだろう…元々死んでるんだけどさ。結局彼は、ライアちゃんに会う事なく消滅してしまった。ライアちゃんを悲しませた、罪滅ぼしなのかな?今じゃ、分かる人はいないだろうけど…。「それがどうかしましたか?」「いや、なんでもないよ。今日は疲れたし、もう寝ようか」「そうですねー…風邪ひいてないといいですね」「ライアちゃんが風邪ひいたら、僕にうつして治せばいいよ」「だめですよー、そんな事出来ません」ライアちゃんはプンプンと怒ったふりをする。「はは、寝ようか」僕は電気を消して、布団に戻る。「おやすみ」「おやすみなさい」ライアちゃんを抱きしめたまま、僕は寝る。何回かキスをしたのは、一応秘密だ。
人を好きになるってことは…本当に難しいな。
今日も一日が終わる。
展開はぇぇぇ…なんて思っても、この二人は幸せそうですね。
十夜も色々考えてるようです。