眼鏡を変えてみませんか?
「ゴードン様? あの宰相執務室の怖そうな人? やめといた方が良くない?」
「声も雰囲気も冷たいし⋯⋯ああいうタイプと付き合うと苦労するよ?」
「別に悪い方じゃないけれど⋯⋯メイベルにはもっと柔和でのほほんとした人が似合うと思ってたのだけど⋯⋯」
「セリーナさんまでそんな⋯⋯」
そもそもはなんのお話をしておりましたでしょうか?
お昼休憩中に恥を偲んで片思いを打ち明けましたら、同僚、先輩に猛反対をいただくことになりました⋯⋯
私はメイベル。ここ、フローリア王国の王城で働く第一王女殿下付きの女官にございます。
実家はさほど裕福でもない田舎の男爵家。
その家計を助けるべく、15で見習いから始めてもう7年。
そんな私、ただ今人生初の恋をしております!
まあ、片思いにはございますが⋯⋯
恋のお相手は、宰相執務室に務める3つ歳上の秘書官、ゴードン様
貴族としての地位は高くないながら、頭脳明晰で王立学園は首席卒業。
いずれ最年少で筆頭秘書官になるのでは? ともっぱら噂の宰相執務室のエースにございます。
細身の体躯、整ったお顔立ちにいつもピシリと撫でつけた黒髪。
銀フレームの細身な眼鏡、狐を思わせる切れ長の瞳。低い声音は冗談など言いそうもございません⋯⋯
こう挙げてみると確かにちょっと怖そうですけども⋯⋯でも、私は彼が怖いだけのお方でないこともよく知っておりました。
あれは半年ほど前。
お気に入りの万年筆を失くして、右往左往していた時のこと。
そこへ偶然通りがかったのが、ゴードン様にございました。
私の行動が明らかに不審だったからにございましょう。
何があったのか尋ねるゴードン様に、事情を説明すると、
「それは大変ですね。探すのを手伝いましょう」
と申し出て下さりました。
それから私の直近の行動をお聞きになり、さっき私もくまなく探したはずの廊下から万年筆を発見するまで約5分。
そうしてゴードン様は、安堵でまた泣きそうになっている私の手にそっと万年筆を載せて下さったのです。
「見つかって良かった――気を付けてくださいね」
と、ほんの少しだけ頬を上げておっしゃってから、足早に立ち去ったゴードン様。
改めて手の中を見てみると、万年筆と一緒に銀紙に包まれたキャラメルがコロンと乗っておりました。
「⋯⋯といった風に、イメージが先行しているだけで、ゴードン様は優しいお方なのでございます!」
「あら⋯⋯なんだか意外ね。私物を失くした女官なんて冷たい目で捨て置きそうなのに⋯⋯」
「一緒に探してまでくれるとはね〜」
私が披露した思い出話に、同僚達は意外そう
な顔をします。
一方、私の長年の上司で、第一王女殿下付き筆頭女官のセリーナさんは、ゴードン様のこともよくご存知だそう。
「みんなイメージが偏りすぎよ⋯⋯」
と言ってコロコロと笑ってから、今度は私の方を向いてしたり顔をなさいました。
「でも、あなたが最近やけに宰相執務室への使いを引き受けてくれる理由はよく分かったわ」
「セリーナさん! そ、それは⋯⋯」
「別に怒っている訳ではないわ。ちゃんと仕事はしてくれてるもの。それで? 進展はどんな感じ?」
「進展⋯⋯にございますか?」
セリーナさんの言葉にホッとしつつ、続く言葉に私は思わず首を傾げます。
すると、今度は同僚達がざわざわとざわめきだしました。
「まさかメイベル? あれだけ宰相執務室に行っておいて進展なし?」
「は、はい⋯⋯ゴードン様は真面目な方なので、私的なお声がけなどはありませんし、私からも仕事の邪魔になってはいけませんので⋯⋯」
「「「⋯⋯」」」
「当然」とばかりに申し上げましたら、なぜか黙る皆さん。セリーナさんまで⋯⋯
「分かりました」
「せ、セリーナさん?」
「可愛い後輩のため、私が一肌脱いで上げましょう。メイベル? あなたに1つお仕事を差し上げます」
「お仕事? にございますか?」
なんだかとっても良い笑顔のセリーナさん。
主従は似ると申しますが、そのお顔は『素敵な思いつき』をなさった時の主そっくり。
私が思わず一歩後ろずったのも無理はないと思います。
「怖がらなくても良いじゃない? 実はちょうど昨日、実家からブルーベリーがたくさん送られて来たの。それも到底1人で食べ切れない量⋯⋯せっかくだから、なにかお菓子にしてゴードン様に差し入れしてご覧なさい。お料理は得意よね?」
「は、はい! しかしなんと言ってお渡しすれば⋯⋯」
「そこはもう、『普段お世話になっているお礼』とでもなんとでも⋯⋯実際、ゴードン様には世話になってますからね」
すると、同僚達はうんうんと大きく頷きました。
事実、ゴードン様のお陰で宰相閣下のサインがいただけた書類は多いもの。
そう考えると、差し入れ作戦は妙案に思えました。
「かしこまりました。その仕事、心してお引き受けいたします」
「ふふっ⋯⋯美味しく出来たら私たちも味見させてね」
そうして、にっこり笑っておっしゃるセリーナさんに、私は「もちろんにございます」とお答えしたのでした。
「そんな訳にございまして、普段からお世話になっている感謝の気持ちを込めて、ブルーベリーのマフィンを作ったのですが⋯⋯よろしければ、執務室の皆様で食べていただけますか?」
「これはこれは⋯⋯お気遣いいただきありがとうございます、メイベルさん。後でみんなでいただきます」
さて、翌日の宰相執務室にございます。
もう来年に迫った第一王女殿下の結婚式の予算資料と、手作りのマフィンを携えて宰相執務室を尋ねた私。
もちろん片思い云々は隠して、私はゴードン様にマフィンの詰まった籠をお渡ししました。
「こんなにたくさん作るのは大変でしたでしょう? 全てお一人で?」
「いえ、下宿させてもらっている叔母に手伝っていただきました。それにそもそものブルーベリーは私の上司からのもらいものにございます」
「なるほど。ではお二人にもよろしくお伝えください」
「かしこまりましたわ。籠はまた取りに参ります」
今日の宰相執務室は比較的穏やかなようだけど、それでもやはりみんな忙しそうにございます。
邪魔をしないようにそれだけ告げて帰ろうとしたのですが、そこで不意にゴードン様に呼び止められました。
「⋯⋯ところでメイベルさん? 折り言ってあなたに少し相談事があるのですが⋯⋯お時間は?」
「相談事――にございますか? 特に急いではおりませんが⋯⋯」
これまで幾度となくお会いしてきたものの、特別私語などはなかったゴードン様の言葉に驚く私。
ですが、ゴードン様とお話出来る機会はどんな内容であれ貴重にございます。
セリーナさんに「そのまま休憩に入って良い」と言われていたこともあって、私はクルリと回れ右をしました。
「ありがとうございます。実は⋯⋯『怖い』と言われないためにはどうすれば良いか、困っているのです」
「怖がらない方法!? 失礼いたししました⋯⋯ですけど、ゴードン様は怖くなんて⋯⋯」
各秘書官に与えられる執務スペースは半個室ですが、きちんと壁で仕切られている訳ではありません。
扉なども特にございませんので、私は慌てて声音を小さくしました。
「遠慮は不要ですよ、メイベルさん。事実、顔が怖い自覚はありますし、仕事をする上で便利なこともあります」
「それは⋯⋯舐められないように、でございますか?」
ゴードン様は貴族としては下位の準男爵家のご出身でいらっしゃいます。
子爵家以上出身者がほとんどだそうな宰相執務室では、大変なことも多いでしょう。
「その通りです。ただ、最近は部下も増え、怖がられるのが良いことばかりではなくなってきました。あと、この前執務の一貫で孤児院を訪問したところ⋯⋯」
「泣かれてしまわれましたか?」
「よく分かりましたね⋯⋯特に何をした訳でもないのですが⋯⋯」
そう言って肩を落とすゴードン様に、私は「仕方ないですよ」と努めて明るく声をかけました。
「背の高い男性はどうしても子どもたちに怖がられがちにございます。あっ! あと、ゴードン様? 子どもたちと話す時、ちゃんとしゃがんでさしあげましたか?」
「しゃがむ? 話す機会はなかったのですが、そういえば⋯⋯」
「子どもたちにとって、見下ろされるのは恐怖にございます。しゃがんであげて、目の高さを一緒にするのです」
「なるほど。こんな風にですか?」
「⋯⋯っ!」
ゴードン様が突然椅子を立ち上がり、私の傍で軽くかがみます。
すると、ゴードン様のアクアマリン色の瞳と視線がパチリと合い、私は思わず仰け反ってしまいました。
「わ⋯⋯私は大人ですから、しゃがむ必要はありません! あと⋯⋯子供の前ではもう少しゆっくりと動かれると良いかと」
「わかりました。他には?」
「そうですね⋯⋯」
なんとか鼓動を落ち着かせ、私はゴードン様から一歩離れます。
そして、私はなにか良い案はないかと思いを巡らせました。
「怖い」と言われがちなゴードン様ですが、別に言動が横暴な訳にはございません。
冷たい印象を与えているのは、その顔と特に瞳⋯⋯
またパチリと合った視線が気まずくて、そっと銀フレームの眼鏡に視線をずらします。
細長く、四角いレンズはゴードン様によくお似合いにございますが、同時に『怖いエドワード様』の象徴な気もいたします。
と、私の頭にあることが思い浮かびました。
「眼鏡を⋯⋯変えてみてはいかがでしょうか?」
「眼鏡を?」
「はい。従兄弟が最近、王立学園で教職をいただいたのですが、童顔を隠すためにあえて細身の眼鏡に変えたそうなのです。最近は眼鏡の形も色々あるそうですよ」
「ほう⋯⋯」
従兄弟が眼鏡を買った店は王都の中心街にあるらしく、値段も(私たち基準では)そう高くないそう。
そう伝えると、ゴードン様は大きく頷かれます。
と、続いた言葉に私はまたしても驚くことになりました。
「それは訪ねてみる価値がありそうですね。もしメイベルさんさえ良ければ、ご一緒いただいても?」
「私がですか!? しかし、私は眼鏡のことなんて⋯⋯」
ありがたいことに昔から視力の良い私は、文官努めの今も眼鏡とは無縁にございます。
しかし、ゴードン様は慌てる私にゆっくりと首を振りました。
「むしろご意見いただきたいのは、外から見た感想です。メイベルさんはほっこりした雰囲気で皆さんから慕われていらっしゃいますし⋯⋯」
「そ、そんな⋯⋯褒めすぎですわ!」
「事実ですよ。お急がしければ無理にとは言いません。ただ、もしご助力いただければ、とても助かるのですが⋯⋯」
「そ、それは、その⋯⋯私でよければ?」
片思い相手からのそこまでお願いされて、断れる人がいたらお会いしてみたいものにございます。
結局私はゴードン様に半ば押し切られるようにして、一緒に眼鏡を買いに行く約束をしたのでした。
そうして迎えた約束の日。私たちは王都の中央駅にある大きな銅像の前で待ち合わせをしておりました。
「メイベルさん! こちらですよ!」
「ゴードン様っ! ――お待たせいたしました」
「いえ、約束の時間の5分前ですし、私も今来たところですよ。とりあえず、この人だかりから出ましょうか?」
建国の英雄とされる騎士様の像は、待ち合わせ場所として有名で、今日も大混雑にございます。
さっと差し出して下さったゴードン様の腕を取りますと、ゴードン様は私を人並みからかばうように連れ出してくださいました。
「背が高くていらっしゃると、人を見つけるのが得意になられるのですね。羨ましい限りです⋯⋯」
「いつもはなかなか見つけてもらえないのですか?」
「私の背では、手を上げても他の方の手で埋もれてしまうのです⋯⋯目立つことも苦手ですし⋯⋯」
「ハッハッハッ⋯⋯なんとなく景色が浮かびますね」
「笑わないでくださいまし⋯⋯」
そう言いつつも、普段は冗談など言わないゴードン様の笑い声に私は内心驚きます。
きっと、ゴードン様は職場と外の差の激しい方なのでしょう。
そして、普段とは違う一面に驚いていたのはゴードン様も同じようでした。
「そういえば、今日は普段とはずいぶん違う装いでいらっしゃいますね? いつもお休みにはそういったドレスを?」
「は、はいっ! 目立ちたくないと言いつつなのですが、こういった明るい色が生来好きでして⋯⋯子供っぽいでしょうか?」
職場では紺や濃い緑といった目立たないドレスを着ている私ですが、本当に好きなのはピンクや水色、オレンジといった可愛らしい色にございます。
今日の私が着ているのは、薄いオレンジ色で格子柄の夏向けのデイドレス。
それに叔母に選んでいただきました、同色のリボンがついた鍔広帽を合わせております。
お家で鏡を見た際には可愛く思えていたのですが、ここにきて少し年相応さに欠ける気もしてまいりました。
「まさか? お似合いでいらっしゃいますよ。メイベルさんの纏う雰囲気にも合っていますし、とても可愛いと思います」
「まあっ! ⋯⋯ありがとうございます」
ゴードン様の褒め言葉には思わず頬が染まりました。
中央駅から眼鏡店までは歩いて15分ほど⋯⋯
背が高く、手足も長いゴードン様にございますが、上手く歩調を合わせてくださるお陰か、なんだかとっても歩きやすく感じます。
世間話をしながら歩けば、それはあっという間のことにございました。
「まあっ! 本当にいろんな眼鏡がございますのね」
「確かに⋯⋯これは圧巻ですね」
ゴードン様と連れ立って入った眼鏡店で目に飛び込んで来たのは、本当に色とりどりの眼鏡。
形もまん丸から四角っぽいのまで様々にございます。
「見て下さい、ゴードン様! サングラスも度入りで作れるそうですよ⋯⋯これなんてお似合いではないでしょうか?」
ふと私の目に止まったのは、楕円形のレンズが特徴のサングラス。
店員さんの許可を得て、お店の照明に照らして見れば、ほんのりレンズに青色が入っているのが分かります。
きっとこれをかけたゴードン様は、さぞかし格好良く見えるでしょう⋯⋯
「似合うかもしれませんが⋯⋯怖さも増しそうですね⋯⋯」
「あら、失敬! 目的を忘れておりましたわ⋯⋯」
「何かお探しのものがございますか?」
「ちょうどようございました! お顔の印象を和らげるような眼鏡、というのはございますか?」
と、そこでちょうど良いタイミングで現れたのは、紺のベストを纏ったこのお店の店員さんでした。
やはり、こういうことはプロに聞くのが一番にございましょう。
「どうも私は他人から怖いと言われがちでして、眼鏡で少しでも印象を変えられたらと思っているのです⋯⋯」
「なるほど――確かにお客様の眼鏡はよくお似合いですが、ややキツイ印象を与えてしまっておりますね」
「やはり、そうなのですか⋯⋯」
「ええ。例えば⋯⋯こういった丸いレンズの眼鏡はかなり印象を和らげてくれます。あと、知的な印象をそのままにするのでしたら、こういう丸みを帯びた四角のレンズもおすすめですよ」
「あら! これなんて素敵ではありませんこと? ゴードン様?」
「さすがお客様。こちらの殿方にとてもお似合いだと存じます」
ふと私が気になったのは、丸みのある台形をひっくり返したような形のレンズの眼鏡。
フレームはブロンズなので茶色みがかっていて、今のシルバーよりも温かみがある気もいたしました。
「確かに形も色も良いセンスですね。少しかけてみても?」
「もちろんにございます。手鏡を――」
ゴードン様が眼鏡をかけてみると、その効果はさらにはっきりいたしました。
今まで細身の眼鏡よりかなりお顔立ちが柔らかく見えます。
「とても良くお似合いですよ、お客様」
「ええ。かなり印象が変わって見えますね⋯⋯」
ゴードン様もこの眼鏡はかなり気に入っていただけたご様子にございます。
他にもいくつかの眼鏡を見て回りましたが、結局ゴードン様はこの逆台形のレンズの眼鏡をお選びになったのでした。
「眼鏡ってすぐ持ち帰れるものではございませんのね」
「レンズを嵌めたり、色々と調整がいりますからね。ですが家まで届けてくれるそうで助かりました――ところでメイベルさん、 この後のご予定は」
「この後、にございますか?」
ゴードン様と一緒に眼鏡店を出てきた私。そこで彼が発したのは思いもよらぬ言葉にございました。
「ええ、せっかくここまで来たのですから、お茶でもいかがでしょう? 眼鏡選びのお礼をさせていただければと⋯⋯この近くにとても居心地の良いティールームがあるのです」
「そんな! 私は特に何もしておりませんし⋯⋯」
「メイベルさんがいないとあの眼鏡は選べませんでしたよ? あと、そのお店は焼き立てのスコーンと手作りジャムが絶品なのですが⋯⋯ご興味ありませんか?」
「正直なところ⋯⋯ございます」
こう見えて甘党だそうなゴードン様(私調べ)。
そんなお方のおすすめですからきっと間違いはないでしょう。
結局、焼き立てスコーンと、ゴードン様と飲むお茶の魅力に私は抗えなかったのにございました。
「ゴードン様! 実は以前からお慕いしてました! もし良かったら⋯⋯」
また、出くわしてしまいました⋯⋯
ゴードン様とデート? をしてウキウキとした気分だった私。
しかし、それは一週間と続きませんでした。
と、言うのも原因はゴードン様の新しい眼鏡のせいにございます。
いえ、眼鏡は悪くございませんね。
ただ、眼鏡を変えて印象が優しくなったゴードン様は、急に女性からお声がけなされることが多くなったのにございます。
噂に聞くところによると、ゴードン様はその全てを「決めた人がいるので申し訳ありませんが⋯⋯」とお断りなさっているそう。
ですが⋯⋯それはそれで憂鬱にございます。
決めた人⋯⋯つまり、ゴードン様には元々好いた方がいらっしゃったということ。
眼鏡を新しくなさったのも、そのお方のためにございましたのでしょう。
お買い物とお茶を一度ご一緒しただけで、浮かれていた自分が情けなくございます。
幸いと申しますか、ここ最近は第一王女殿下の結婚準備が本格化しており、私たちも忙しくなってきております。
ですから、宰相執務室にお伺いする時も、今まで以上にサッと用事を済ませ、また、出来るだけゴードン様以外の秘書官様に用事をお願いするようにしておりました。
しかし、そんな心持ちだからにございましょう。
ゴードン様が告白なされている場面に出くわすのはこれで3度目にございました。
今回の舞台は、お昼を食べようとやってきた中庭。
きっと今日も「決めた人が⋯⋯」と言ってお断りになるのでしょう。
――いえ、もしかするとあの侍女の方こそが「決めたお方」かもしれません。
今回のお相手である侍女の方は、絹のようなブロンドと華やかなお顔立ちが印象的な美人にございます。
ありふれた茶色の髪で、顔立ちも地味な方の私と比べると、よほどゴードン様にお似合いな気がいたしました。
そう考えるといても立ってもいられず、足早にその場を去ろうとした私。
ですが、慌てて回れ右をしたからか、芝生に足を取られてつんのめってしまいました。
「メイベルさん!? ――っ待って下さい!」
転ぶことは免れたものの派手な悲鳴は抑えられず⋯⋯当然、ゴードン様達にも気付かれてしまいました。
私がこの場にいたことに驚愕したらしいゴードン様は慌ててこちらへといらっしゃいます。
私とて慌てて逃げたのですが、私とゴードン様では走る速さがまるで違います。
私はあっという間にゴードン様に追いつかれてしまいました。
「ゴードン様⋯⋯あの方を⋯⋯放っておいてよいのですか?」
「彼女にはきっぱりお断りを告げてあります。私には」
「『決めた人がいる』のでしょう?」
「なぜ⋯⋯それを?」
「噂になっておりますわ。『決めた人』とは誰だろう? と⋯⋯」
そう申し上げますと、ゴードン様は実に大きなため息をお吐きになりました。
「予想外だったのです。まさか眼鏡だけでここまで女性から声をかけられるようになるとは⋯⋯その上肝心の方は私を避けてしまわれますし⋯⋯」
「あら! 避けられていらっしゃいますの? かなり雰囲気も変わったと思いますのに⋯⋯」
眼鏡を変えて、ついでに少し人への接し方も変えたそうなゴードン様は、これまで隠れていた優しさが目に見えるようになりました。
これでも彼を避けるだなんて⋯⋯なんと贅沢な――
「あなたですよ?」
「はい?」
「ですから、あなただと申しております」
「私⋯⋯にございますか?」
「そうです。私の『決めた人』というのはあなたのことなのです」
『決めた人』。⋯⋯つまりゴードン様の想い人。
「私ですか!?」
「そうです! 1年程前、王女殿下の婚約の時に一緒にお仕事させていただきましたでしょう? その時からずっとです」
「1年前? ⋯⋯ご一緒しましたっけ⋯⋯?」
「忘れられている⋯⋯」
私とゴードン様の出会いは半年前だと思っておりましたけど、実は違うよう⋯⋯
いえ、言い訳させてください。王女殿下のご婚約の時はそれはそれはもう忙しくて忙しくて⋯⋯記憶から抹消しているのです。
「で、では⋯⋯眼鏡を新しくなさったのも?」
「いつもメイベルさんは執務室から逃げるように去ってしまわれるので、怖がられているのかと⋯⋯」
「まさか! ゴードン様がお忙しい身の上だと存じているからですわ」
「そうだったのですね⋯⋯」
ガックン、と効果音がしそうなくらい肩を落としたゴードン様。
ですが、すぐに何度か首を振ると、ゆっくりと私と目の高さが同じくらいになるまで姿勢を落とされました。
「メイベルさん?」
「は、はいっ!」
不意にゴードン様の低い声で呼ばれます。
視線が交わり、私の声と鼓動が跳ね上がりました。
「私は言葉を飾るのが不得手なので、単刀直入に申し上げます。――私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
「わ、私なんかとですか?」
「メイベルさんはご自身の評価が低すぎます。こんなに可愛く、賢く、誰からも愛される女性はそういませんよ」
「⋯⋯買いかぶり過ぎですわ⋯⋯」
ゴードン様の言葉に真っ赤になる私。そんな私にゴードン様はさらに追い打ちをおかけになります。
「あなたのことを心から好いています。どうかこの手をとっていただけませんか?」
「それはその⋯⋯えーと⋯⋯」
好きな人にこんな風に言われて、断る選択肢はありません。
ただ、鼓動が上がりきった今の私にはなんという言葉でお返しすれば良いのか、検討もつかなくなっておりました。
一応文官ですのにね⋯⋯
「あのっ!」
「はい、メイベルさん」
「その⋯⋯喜んで!」
結局ごく短い返事を選んだ私は、せめてこの気持ちを伝えるべく、ボフッという音を立ててゴードン様の胸に飛び込んだのでした。
「メイベルさんっ! お待たせしまして申し訳――」
「いえいえ、私も着いたばかり⋯⋯っ!?」
ゴードン様の告白を受け入れまして、はや半年。
今日は華の週末。お仕事終わりデートにございます。
先に待ち合わせ場所である中庭にやってきた私。
そんな私の目に飛び込んできたのは、最近はめっきり見なくなった姿のゴードン様にございました。
「どうかされましたか? メイベルさん?」
「い、いえ、その⋯⋯今日はいつもの眼鏡と違うのですね」
「眼鏡ですか? あぁ、今日は狸や狐の相手をしておりましたからね」
「なるほど。それはそれは⋯⋯お疲れ様にございました」
私が驚きました理由はゴードン様の眼鏡。
今日は昔からかけていらっしゃる、細身の眼鏡をかけていらっしゃいます。
今日のゴードン様の装いは、チャコールグレーのフロックコート。
これもまた、眼鏡によく似合ってございました。
実を申し上げますと私達。ここ一月程はなかなかお会いすることが出来ておりませんでした。
第一王女殿下の結婚式が近づき、私もゴードン様も非常に忙しくなっていたのです。
特にゴードン様は休日返上となることも多かったご様子。
本日こうして揃って定時に仕事を終え、デートを出来ますのは、
『私のせいで2人が破局なんて洒落にならないわ!』
という第一王女殿下のお言葉の元、私の同僚や先輩方、そして宰相執務室の皆様が協力して下さったからに他ありません。
そんな訳で久しぶりに仕事抜きでお会いするゴードン様。
その彼の装いが私の好みド真ん中にございましたことで、私の鼓動は否応なく跳ね上がりました。
「仕事中はこちらをかける時もたまにあるのですよ。執務室に戻れば新しいものに戻しているのですが⋯⋯忘れていたようです。今、眼鏡を変えますね」
「あっ、ゴードン様⋯⋯」
「⋯⋯?」
フロックコートのポケットに手を差し入れ、眼鏡入れを取り出そうとするゴードン様。
その腕をグッと掴んでしまったのは、ほとんど無意識にございました。
「ごめんなさい、ゴードン様。えっとただ⋯⋯その⋯⋯」
「どうされましたか?」
「その! ⋯⋯眼鏡にございますが、ご負担でなければそのままでも?」
もう一度正直に申し上げます。丸い眼鏡をかけた優しい印象のゴードン様も素敵にございます。
ですが、優しさを冷たい印象に隠したゴードン様も大層素敵なのです。あと、貴重でございます。
「なるほど。負担などなにもありません。もちろん構いませんよ。しかし⋯⋯」
「しかし⋯⋯?」
ポケットに眼鏡入れを直したゴードン様はそこで急に私の腰に手を回し、耳元に唇を近づけました。
「怖い方が好きなんて、メイベルさんも悪い子ですね」
「そ、そんなのではございませんわっ!」
囁かれた言葉に私が思わず叫びますと、
「冗談ですよ」
と笑うゴードン様。
そんな彼に私は、
「まぁっ! ひどい方ですわ」
とことさら大仰に嘆くふりをしてみせまして、それから2人で顔を合わせて笑ったのにございました。




