鶴殺しの釜
昔むかし、白鶴屋という瀬戸物屋を営む源三という男がいた。
実家は貧しく江戸の瀬戸物屋に丁稚奉公に出され、そこで修業を積んだ後独立し、とある地方の城下町に移って白鶴屋を開業した。
しかし客の入りは悪く売上はなかなか上がらず、借金だけが膨らむばかりでいよいよ進退窮まったところで、源三は知人から一度占い師に相談してはどうか、と勧められた。その占い師は北にある村の、山の麓に居を構えていたが良く当たるという評判であった。
源三は熱心に神仏を拝む性格ではなかったが、このときばかりは藁をも掴む思いで占い師まで相談に行った。
占い師は神主のような装束を着ていたが、厳かな感じではなく人当たりのいい、むしろ自分と同じような商人の気質を醸し出していた。そのためか源三は自分の窮地を包み隠さず、あけすけに話すことができた。
ひとしきり話した後、源三は奥の部屋に通された。そこで見たのは、しめ縄をかけられた大きな釜で、さらその上にはせいろが乗せられていた。
占い師はブツブツと呪いの言葉らしきものを唱えながら釜に水を入れ、かまどに火をかけた。湯気がもうもうと上がりだした頃、占い師は大声で呪いを発しながら、米をせいろの中に入れた。
しばらくすると、ふぉぉぉ……という低い音が鳴り出した。音はどんどんと大きくなっていき、獣の唸り声に似たものに変わった。不気味な音に源三は耳を塞ぎかけたが、前触れもなくスッと止んだ。
占い師はかまどに一礼した後、源三に「あとひと月ほど辛抱すれば上向くでしょう」と告げた。
「今の音はいったい何だったのですか?」
「これは備後の吉備津神社に伝わる鳴釜神事というものです。実は私、今でこそ占いを生業にしていますがかつては吉備津神社で修業したことがありましてね、そこで鳴釜神事のやり方を身に着けました。この音は祀神である、吉備津彦命が退治した鬼の唸り声なのです。その声の調子で吉凶を占うのです」
「お、鬼ですか?」
太古の備中には温羅という鬼が巣食っており、吉備津彦命に首を刎ねられた。だが首となっても唸り声は止むことがなかった。そしてどういうわけか温羅は吉備津彦命の夢に現れ、釜を鳴らして吉凶を占ってやろう、と告げたのが鳴釜神事の始まりとされている。占い師はそう説明した。
鬼の力を借りるとは恐ろしい占いがあるものだ、と源三は身震いした。
占い料は決して安くは無かったが、占いが当たった場合のみ支払えば良いと言われた。それだけ自信があるらしい。とにかく鬼だろうがなんだろうが、占いが当たることを祈っていた。
果たしてひと月後。白鶴屋の客の入りが唐突に良くなり、瀬戸物が飛ぶように売れ始めた。
以前に夜にとある客が来て急ぎで湯呑みが必要なので売って欲しい、と頼まれたことがあった。営業時間では無かったものの少しでも稼ぎになるならば、とその場で湯呑みをひとつ売ったのだが、どうもその客が「白鶴屋は誠実に対応してくれる」と噂を広めてくれたおかげらしかった。今までにない稼ぎを出した源三は、さっそく占い師にお礼とともに占い料を支払った。
その後も源三は何かあるたび鳴釜神事に頼り、商談も縁談も占いで決めた。全ては上手くいき、白鶴屋はやがて城下随一の瀬戸物屋となった。
しかし、過大な栄誉と稼ぎがそうさせたのか、源三は悪辣な性格へと変貌していった。少しでも丁稚の働きが悪いと殴りつけ、瀬戸物の価値がよくわからぬ客をあからさまに侮蔑し、一方でお得意様の武家や金持ちには媚びへつらう。また妻子を気に掛けることをしなくなり、夜は遊郭通いにうつつを抜かし、良からぬ者たちとも付き合うようになった。
そんなある日、源三が古くから懇意にしていた窯元の陶工が亡くなった。息子が跡継ぎとなり、源三は先代のお悔やみとこれからの商談について話すために窯元に足を運んだが、そのときに息子が作った瀬戸物の出来が源三にとってはおおいに不満だったようで、息子を散々になじったあげく、瀬戸物を投げつけて怪我をさせてしまった。
息子は激怒して白鶴屋との絶縁を決め、他の陶工たちにも白鶴屋への納入を一切止めるよう呼びかけた。源三の悪評は陶工たちの間にもうっすらと伝わっていたから、この事件を機に一切のつきあいをやめることとした。
再び仕入れたければ、白鶴屋の主人の座から降りること。その条件を叩きつけた陶工たちはさらに他の商家にも手を回して、辞任の圧力をかけた。酷い扱いを受けていた丁稚たちも店を去り、妻は愛想を尽かして子どもを連れて家を出ていった。もはや店を開くどころではなくなっていた。
追い詰められた源三は、再び占い師の元に足を運んだ。しかし戸を叩いても何の反応もない。どこに行ってしまったのか。
帰りを待ってはいられなかった。源三は戸を壊して侵入し、奥に足を踏み入れた。
「神様、どうか私めをお助けください」
鳴釜神事のやり方は何度も見ていた。「私めをお助けください」とつぶやきながら釜に水を張り、かまどに火をかける。記憶を頼りに米を探す。あった。
「神様、どうか私めをお助けください……」
せいろに米を入れた。
――ぐおおおおおおお……
今まで聞いたことのない、地獄の鬼が咆哮しているかのような音が鳴った。源三は飛び退いて腰を抜かした。
釜は一層大きな音を立て、大きく上に下に、右に左と揺れだした。何か見えない巨大な手が釜を揺らしているかのようである。
――ぐおおおおおおお!!
音は一層大きくなり、せいろから米が飛び出した。過度の恐怖で叫び声すら出せなくなった源三は、体を震わせながらただ手をひたすら合わせ念仏を唱えていた。
すると、音と揺れが収まった。
源三は息が絶え絶えになりながらも、ゆっくりと起き上がった。収まってくれたのか、とひと息ついた瞬間であった。
かまどから眩しい光が放たれ、黒い塊が源三の目の前に飛んできた。
占い師は、変わり果てた自分の住まいを見て目を剥いた。鳴釜神事を行う部屋が崩れ落ちており、釜が飛び出していて木々をなぎ倒していた。
立ち尽くしている大勢の野次馬たちに向かい、占い師が叫んだ。
「いったい、何事ですかこれは!?」
野次馬の中に庄屋がいた。
「占い師さん! 見ての通りだ。あんたが留守にしてる間に大砲みたいなでっかい音がして、見に来たらこの有り様だった。どうも誰かが釜を勝手に使ったようでな……」
瓦礫から、何かが戸板に載せられて運び出されてきた。
それは首から上が無くなった遺体であった。まるで何者かに喰われたかのようである。
「うっ、これは……白鶴屋の源三さん!?」
占い師は彼の服装をしっかりと覚えていた。
「ああ、あんたのお得意様か。悪どいことしてるって噂だったが……」
「私も耳にしていました。最近姿を見せないから不審だったのですが、どうして……」
占い師は瓦礫を踏み越え、崩れ落ちた部屋を見た。かまどがめちゃくちゃに壊れていて跡形もなかった。
それから釜の方に近づいてみた。血痕が、肉片がべっとりとこびりついていて、思わず目を背けた。源三がどういう死に方をしたのかは容易に想像がついたが、それが単なる事故で起きたものとは思えなかった。
「きっとバチが当たったんだろうて」
庄屋は吐き捨てるようにつぶやいた。
占い師はその日を境に二度と鳴釜神事を行わなかった、と伝えられている。
そして源三の命を奪った釜は村の寺が引き取り、念入りに供養した上で保管されたが、いつしか源三が営んでいた白鶴屋から連想して「鶴殺しの釜」と呼ばれるようになった。
「鶴殺しの釜」は物取りの手によって盗まれてしまい、その行方は現在に至るまで知られていない。




