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蝶愛されし彼女が愛を知るまで  作者: 海坂依里
恋の煙~立ち昇る想い~
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第6話

『そうだ……! この子の食べ物と着る物を、美怜(みれい)に……!』


 明日、食べる物に困ったことがある。

 明日、着る物に困ったことある。

 表向きだけでも裕福を装ってきた北白川家には限界があって、北白川家の外に追い出された私は真っ先に費やすお金を減らされる対象だった。


『死なない程度の最低限の食事でいい。育児を放棄したと悟られないように……』


 明日は、どこで寝かせてもらえるのか。どこで生きていけばいいのか。

 そんな悩みを抱く日々を過ごして、私は生きることが怖くなった。


「っ、は、あ……」


 穏やかな夢を見たかったけれど、高い熱は夢の中まで侵食していった。

 (うな)されて目が覚めると、ここまで呼吸が乱れるのかと不安になる。


「はぁー」


 息を吐き出す。

 白い息は、部屋の室温が低いことを伝えてくる。


「…………」


 外の冷たい空気に体が晒されないように、体を掛け布団の中へと収める。

 吐き出す息が白くならないように、頭まで掛け布団でしっかりと体を覆う。

 布団の中で呼吸すれば、息は白くならないから。


「寒い……」


 筒路森が所有する車の中で、私の熱は上がり切ってしまって意識を失った。

 せっかく北白川家を出ることができたのに、外の景色を眺める余裕すらなく私は一人部屋へと隔離された。

 筒路森はモダン風な生活様式を好んでいるらしく、私は西洋からの調度品のようなベッドに横たえられた。


(早く……元気にならなきゃ……)


 汗をかけば、体温は下がる。

 それを実践したいと思ってはみるものの、汗が出てくるほど体が熱を持っていない。

 体温計は熱があることを訴えていたはずなのに、私の体は熱を放出できない。

 だから、苦しい。

 だから、いつまで経っても治らない。

 体はずっと、悪寒に襲われたままだった。


「なんで、この屋敷は、こんなに寒いんだ」

「悠真くん、静かに! 中に病人がいるんだから!」


 扉を叩く音よりも先に、失礼しますという言葉の方が先に聞こえてくる。

 そして、遠慮することなく部屋と廊下を繋ぐ扉が開かれた。


「あとは俺がやるから、帰っていいぞ」

「人遣い荒いと、嫌われるからね……」


 部屋に誰かが入ってきたのは分かるけれど、私は身体すべてを掛け布団で覆っている状態。


(いつ、声をかければ……)


 突然声を出してしまうと、声の主を驚かせてしまうことに繋がる。

 目的があって部屋を訪れた彼を驚かせることは望んでいない。

 でも、このままでい続けたら、彼と喋る時間がなくなってしまうことも理解している。


「…………」


 近くで、薪ストーブが点火される音が聞こえる。

 部屋を暖めに来てくれたことが分かって、益々彼に話しかけたくなってしまう。

 どうしよう。

 どうしよう。

 さっきから、そればかり。

 勇気を出せない私は、永遠に彼と話す時間を得ることができない。


「はぁ……はぁ……」


 身体を休めなければいけないのに、考えを巡らせてしまう。

 思考も一緒に休めなければ、身体は休んだことにならない。

 それは分かっている。

 分かっているけど、私は考えることをやめたくない。


「結葵?」


 より近くで、彼に名前を呼ばれる。

 部屋の入口付近にいたときと、声の聞こえ方が違う。

 その、声の聞こえ方が違うことに私は安心感を抱く。


「苦しいか?」


 体全部を覆っていた掛け布団が、正しい位置に戻されていく。

 その様子を見つめながら、私はゆっくりとした時間の中で悠真様と視線を交わらせていく。


「ゆっくり休んでくれ」

「でも……」

「大丈夫だ。何も心配するな」


 初めて出会ったときと同じで、悠真様は優しい手つきで私の頭を撫でてくれる。


「早く元気になって、悠真様のお手伝い……して……両親に……」


 こんな風に、いつも体調を崩してばかりはいられない。

 私の体調なんてどうでも良くて、私は筒路森悠真様を支えたい。

 無理をする方が迷惑をかけると分かっていても、無理をして体調が悪いことすらも隠して悠真様を支えたい。それが、北白川に産まれた人間の定めだから。


「じゃあ尚更、早く良くならないとな」

「はい……」


 正直になるというのは、意外と難しい。

 相手に嫌われないために嘘を吐くのは、いけないことなのか。

 今の私には、まだよく分からない。


「…………」


 薪の爆ぜる音が、私の思考を覚醒させる。

 視界には揺らぐ炎が映り、部屋も体もより一層暖められていくのを感じられる。

 どれだけ長い間眠りに就いていたのか判断できないくらい、深く眠ることができた気がする。一体、時計の針は何周してしまったのか。


(そろそろ起きても大丈夫……)


 何も、病み上がりに運動するわけではないけれど。

 それでも体を起こすのに力が必要だと感じて、少し意気込みながら腕を使って自身の体を支えていく。


(……重い?)


 意識ははっきりしているのに、体を起こすことが困難なことに気づく。

 体を上手く動かせなくなるほど、自分は布団で体を休めていたということかもしれない。

 そう思った私は無理をしないよう、ゆっくりと体を起こしていくつもりだったけれど……。


「悠……っ!」


 大きな声を、上げそうになった。

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