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蝶愛されし彼女が愛を知るまで  作者: 海坂依里
恋い死に~恋が咲く前に終わらせたかった~
33/50

第4話

「蝶の始まりを告げる、昔話を知っているか?」

「とある村で、記憶喪失者が出たのがすべての始まりだと」


 とある村の村人たちが、記憶が失われるという流行り病に恐怖を抱えていた。

 そして村人たちは、ここら一帯で高い評価を受けている筒路森(つつじもり)の当主を頼ることを選んだ。

 世の中から恐れられている筒路森の力を借りることで、どんな代償を払うことになるのかも分からない。

 それでも彼らは、筒路森を頼ったという昔話を思い出す。


「あの昔話で、率先して声を上げたのが字見(あざみ)家の青年だ」


 字見という苗字が、誰の苗字を指すのか。

 私にも、悠真様にも、心当たりがある。


字見初(あざみうい)さん、ですね」

「初の父にあたる方が、筒路森に助力を求めた」


 縁側に腰を下ろし、まるで朝がやって来ることがないのではないかと錯覚させるほどの漆黒の空へと目を向ける。


「あの話は筒路森が救世主と言わんばかりに語り継がれてきたが、実際は、そんな生易しいものではない」


 庭を囲む木々は既に葉を落とし、冬の気配をまといながら静かに佇む。

 悠真様は遠くを見つめながら、私に昔話の真実を語り継いでくれる。


「俺の父は、村人たちに恩を返すように迫った」

「土地や献上品のこと……」

「いや。俺の父は、人体実験への協力を要請した」


 悠真様の父から村人に下される命は、非情で残酷だった。


「村人たちは記憶を手放すことを強要され、最終的には生活すら困難な状況に追いやられた」


 日に日に村が荒廃し、蝶が去った後に訪れた平穏とは終わりのない苦しみであったのだと察する。


「俺たちは蝶を狩る側でもあり、研究する側でもあり、利用する側でもあるということだ」


 膝の上で握っていた彼の手が、少し震えていることに気づいた。


「狩る側という意味も理解できます。研究という意味も理解できます」


 私は迷うことなく、そっと彼の手に自分の手を重ねた。

 彼の指先は冷え切っていたため、指を折り曲げて彼の手を包み込む。


「利用というのは……蝶が人の記憶を喰らうという点でしょうか」

「察しがいいな」


 私は、北白川の屋敷を出るなと言われていた。

 両親が私を外の脅威から守るためだと言い聞かせていたけれど、外の世界に出ても私を守ってくれる人と私は巡り合うことができた。


紫純琥珀蝶(しじゅんこはくちょう)の研究をしているという話をしたな」

「協力してくれと、悠真様はおっしゃられていました」

「その話は本当だが、嘘でもある」


 息を呑んで、話の続きを待つ。


「政治家や金持ち連中にとって不都合な記憶を、蝶の力で消す」


 こんなときに、北白川の屋敷を久しぶりに抜けたときのことを思い出した。

 悠真様が、手を繋いでいてくれた。

 彼が一緒に、見知らぬ世界へ足跡をつけることを手助けしてくれたことを思い出す。


「そうやって、筒路森は栄えてきた」


 もっと相手に尽くしたいと思っても、それは相手にとっての迷惑にも繋がるかもしれない。

 それでも、彼の力になれるように。

 そんな未来への展望が彼を幸せにしてくれると信じて、私は言葉を紡ぐ準備を整える。


「そこまでできるのなら、もう紫純琥珀蝶は管理できているようなものなのでは……」

「いや、できていない。できていないからこそ、多くの人間の記憶が犠牲になった」


 庭の片隅で、枯れ葉が風に押されて転がる音が微かに聞こえる。

 その音は、秋の終わりを表しているかのようで、身が震えそうになる。


「二十歳の若さで、筒路森の当主になったのも……」

「待ってください、その先は言葉にしなくても……」

「両親が蝶の実験に失敗した流れで、だ」


 そんな寒さが広がる場所で、私は彼に熱を与えたいと思った。


「蝶を狩る、人々を守ると言っておきながら、裏では人の記憶を奪う手助けをしていたってことだ」


 彼を暖かさで包み込みたいと思った私は、しっかりと彼と手を繋ぐ。


「そういう意味で、狩り人は民の信頼を裏切っている」


 秋の終わりが降り積もった庭に心が沈まないように、私たちは互いの熱を分け与える。


「私も、裏切り者です」


 空が青かったらにと願っても、深まった黒の空が希望を映し出すのは難しい。


「蝶と過ごした時間を愛していたのに、私は紫純琥珀蝶を裏切ることを選びました」


 だからこそ、夜空には月と星の光が存在しているような気がした。

 月と星の光が、希望を失わせない明かりとなってくれている。

 互いを補いながら、夜空が形成されていく様子に目を向ける。


「私も、悠真様と同じです」


 好かれるためには、良い子でいなければいけない。

 だから、自分の心は包み隠さないといけないと思い込んできた。

 誰に話すこともなく、自分の中での秘密として抱えなければいけないと思ってきた。


「だから、私だけ仲間外れにしないで……」


 でも、隣には、秘密を共有してくれる人がいることを知る。

 隠し続けるしかなかった想いを、受け取ってくれる人がいると知る。


「蝶は、結葵を守った」


 こういうのを、縋ると言うのかもしれない。


「結葵は、蝶に愛されている」


 私はいつだって、人から何かを奪うことしかできなかった。

 私はいつだって、人から何かを与えてもらうことでしか生きられなかった。


「結葵は、裏切り者なんかじゃない」


 悠真様は、穏やかな笑みを浮かべる。

 無理に笑っているのかもしれないけれど、含みのあるような作り笑顔ではない。

 いつだって、私を安心させるための笑顔を向けてくれる。


「蝶は結葵が幼い頃から、結葵に愛を注ぐことを止めなかった」


 両親に、嫌われてしまうかもしれない。

 両親から、軽蔑されるかもしれない。

 その日が来ることを、怖いと思った。

 この日が来なければいいと、ずっとずっと願ってきた。

 でも、蝶は、私を外の世界に羽ばたかせることを選んだ。


「俺は結葵を、嘘の優しさで懐柔しようとした」


 溢れそうになる涙を堪えて、悠真様を視界に映す。

 唇を固く結んで、泣きたくなりそうな想いを必死に堪えた。


「その邪な気持ちを、蝶に見破られたな」


 素直に、幸せを受け入れられる人間になりたい。

 これが幸福だと、心の底から思えるようになりたい。

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