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蝶愛されし彼女が愛を知るまで  作者: 海坂依里
恋着~呼ばれたくて、呼びたくて~
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第3話

「……まるで、蝶に守られた村みたいですね」

「……結葵様がいるからかもしれない」


 来栖さんの言葉を受けて、あながち間違いではないのかもしれないとおとぎ話のような話を妄想する。


「私は蝶にとって、どういう存在なのでしょうか」


 人の記憶を奪わない蝶が活動するのは、太陽が光を注ぐ時間帯。

 月の明かりを浴びるために活動を始めた蝶たちは、紫純琥珀蝶(しじゅんこはくちょう)だと判断する材料となる。

 空を見上げると、月光を受けた薄紫の(はね)が星の輝きにも負けぬ美しさで夜空に彩を加えていた。


「あの蝶たちは、何をしに向かうの……?」


 さすがに手の届かない場所に美しさを残していく蝶たちを撃ち殺すことはできないらしく、来栖さんは冷静な声色で、蝶と言葉を交わすことのできる私に声をかけてきた。


「西の方角に向かうと言っています」

「……ありがとう、結葵様」


 そっと風が吹き、異国の風を運んできたことを印象づける来栖さんの美しい金色の髪が揺れた。

 来栖さんは落ち着いて携帯端末を取り出し、その先にいる誰かに蝶の行方を報告した。


「私が嘘を言っているとは、疑わないのですか」

「悠真くんが認めた人を、私たちが疑うわけにはいかない」


 整備もされていない登山道のような場所を、来栖案は革製の靴に足を痛めることなく先へと進む。


(ということは、私が裏切るようなことが起きたら……それはすべて悠真様の責任になる)


 来栖さんと多くの言葉を交わしているわけではないけど、察することはできるようになってきたと思う。


(気をつけなきゃ……)


 自分の失態は、悠真様の失態と同義であることを知った。

 紫純琥珀蝶と言葉を交わすことのできる私を信じ、碌な人生経験のない私に優しさを与えてくれる彼を守りたい。

 一畳間の外に幸せがあることを教えてくれた悠真様の役に立つことが、私の存在意義だと自身に言い聞かせる。


「必ず、悠真様のお役に立ってみせます」


 心の乱れを整えるのは、自身しかいない。

 この場に悠真様がいらっしゃらないからこそ、未来の筒路森の姓を背負うものとしての顔を見せなければいけないと気を込めた。


「……悠真くんは、結葵様のおかげで呼吸がしやすくなったと思う」

「そうだといいのですが」


 私たちは言葉を交わし合いながら、静まり返った夜の朱色村を見下ろしていた。

 蝶が活動的になる夜の刻、人々が外に出ることはない。

 地面に人影ができることもなく、答えの出ない問いかけには心が重たくなる一方で、私たち二人は夜の闇に飲まれてしまうのではないかと心が荒んでいく。


「待つだけというのも辛いと思っていましたが……」


 一畳間から見渡せる世界には限界があって、目に映る光景だけが私のすべてだった。でも、外の世界は、想像していたよりも広く美しく輝いていた。

 不思議と、人々の記憶を奪うような危険な蝶が飛び交う世界だとは思えなくなってくる。ほんの少し平和な場所へと錯覚させられる。


「会えない時間というのも寂しくなるものですね」

「それ、悠真くんに伝えると、喜ぶと思う」

「そうでしょうか」

「うん、絶対」


 悠真様と最後に言葉を交わしたのが、随分と遠い昔のことのような気がしてしまう。

 自分にもたらされている記憶は、確かなもののはず。

 私が北白川の家を出てから言葉を交わしてきたのは間違いなく悠真様のはずなのに、彼の声を忘れてしまいそうな感覚。

 それだけ多くの蝶の声が、私の脳裏に想いを訴えかけているのかもしれない。


(蝶の声に、酔いそうになる……)


 それでも、悠真様の声を聴きたい。

 それでも、悠真様に会いたいと思ってしまう。


「私は正直、恋や愛もよくわかりません」


 紫純琥珀蝶と言葉を交わすことができると知られた瞬間、私は隔離された生活を送ってきた。その中で、恋がなんたるか。愛がなんたるかを知る術はなかった。


「でも、悠真様を好きだと想う気持ちは、確かに存在します」


 一方的な片想いというのかもしれない。

 でも、その一方通行の慕う気持ちも決して悪いものではない。


「直接、自分の目で悠真様の生き方を知っていきたいと思います」


 家の利益や社会的地位の向上を目的として、政略結婚が行われることが多いとは聞いている。

 そのごく当たり前に行われている政略結婚に乗っかった私たちに、絆というものが生まれるかどうかも、正直、よく分からない。


「ここから始まる絆があると信じて」


 紫純琥珀蝶を狩る側でもあり、利用する側でもあるのが、筒路森悠真様に与えられた役割。

 それなのに、蝶と話すことができる私のことを利用しようとしない優しいあの人(悠真様)を支えたい。

 彼からの信頼がないならないなりに、これから時間をかけて信頼を築き上げていかなければいけない。


「身内で行動すると、何かあったときに大変なことになると思ってたけど……」


 ぼんやりとした月明かりが私たちを見守る中、来栖さんは悔しそうな表情を見せてくれた。


「結葵様と悠真くんは、一緒でも良かったかも……」

「そこは任務ですから、お気遣いいただかなくても……」


 ここで来栖さんの年相応なところを見ることができるとは思ってもいなくて、なんて平和な時間なのだろうと思ってしまう。


「結葵様の目で、悠真くんの無事を確認するのは大切なこと」


 蝶たちは、朱色村で何かが起きると教えてくれた。

 そのために私たちは朱色村を見回っているはずなのに、来栖さんは私の精神的な面を気遣って声をかけてくれた。


「紫純琥珀蝶が飛ぶ世界は、いつ誰が記憶を失っても可笑しくない」


 一瞬、頬の横を鋭い風が駆け抜けた。


「来栖、さ……」


 何が起こったのか確認する暇もなくて、私は呆然と立ち尽くしてしまった。

 視界に映るのは、片手で持てる大きさの拳銃を私に向けている来栖さんの姿。

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