7 街はいたいところ
鱗と交換させて手に入れた大体ニ十数枚の小さい金貨を主人に持たせたバーサは、『先に行っているぞ』と言い残してエイザを連れ、さっさとギルドを出てしまった。残されたノルは入国税の立て替えをしてくれたというゲインに先程の分だと数枚の金貨を渡すと、慌ただしく別れを告げて二体の後を追っていった。
――後ろから聞こえる「待て待て待て多い多い!! 俺が払ったの小銀貨六枚!!」という必死の訴えは、律儀に聞いていたら多分後で待ってた彼女らに『遅い』とか言われそうなので無視して。
『あぁ、あの魔導師とはまだ話していたかったのに……』
「この国にいたらきっとまた会えるから、だからガマンして、ね?
……そうだ、カバンのお店と服のお店どこだろう……聞きそびれちゃったな」
『見物ついでに探せばいい、当たる陽の無いところにあるわけでもなかろう』
二体の竜を引き連れて再び表通りに姿を現したノルは、キョロキョロと街を見歩き目的の場所を探す。服屋は少し進めば簡単に見つかるだろうが、求めるような鞄のありそうな店は見かけではわからない。とにかく先に服屋を見つけ、買い物するついでに場所を聞くことにした。
◇ ◇ ◇
「……魔導書を持ち運べるような鞄の店、か……」
「いいとこ、知らないですか?」
「心当たりは、あるんだけどな……」
服屋の店員はどう答えるかと頭を悩ませた。
鞄なんて、大きいものは服よりよっぽど値が張るものばかりになる。それを小さな子供、ましてや親の影も援助もなさそうな存在に買えるとは到底思えなかった故だ。勧めたところで泣いて店を後にするしかできなさそうな子に言っても大丈夫かと躊躇っていると、その思考に割り込むように子供の従魔が話しかけた。
『何を悩む? 言えばよかろう、たとえ望みの結果が得られなくともこの童は貴君に怨恨を抱えるような真似はするまいよ』
インディゴが瞼の隙間から覗く程度に薄い笑みを浮かべたエイザにそう言われ、いきなり声をかけられたことに肩を跳ねさせた店員は言葉の意味を理解すると「……本当か?」と言う代わりのように彼とノルを交互に見る。返ってきたのは首を傾げて見返す子供の目線と、吾輩を疑うのか?とでも言いたげなエイザの不敵な笑みだった。特に後者には、自分に対する望み通りのことを言う事を促す圧もだが……店員だけにはなんとなく『己の主人を信じろ』と願われている気もしていた。
――まぁちびの方は何を言おうと結局ただの子供だし、そりゃあ恨みとかわからないよな。ドラゴンの方も、ただこのちびがなんだかんだ大事なのかね。そう思い込んで一人己を納得させた店員はため息をつくとこう言った。
「……会計が終わったら教えるよ。
とにかくまずは、その袖の足りてないもんなんとかしてからだ。」
それが聞けたノルは手を挙げて喜ぶ。とんでもない従魔がいるにしてはやっぱり年相応そうなその仕草を落ち着けと窘めた店員は、子供用のサイズの服を見繕い始めた。
またその陰ではエイザとバーサが互いを見つめ合い、密かに声を交わしていた。
『……いい助け舟だが、些か強引で我欲の影が見えたな』
『悪くはあるまい、吾輩はいつまでもこの退屈な場所に留まりたくなかったからな』
『傲慢め、主導権が己のものだといつまで思えることだろうな。己が身捧ぐと一度は言ったくせに』
『あくまで傷分の報恩が目的だからなぁ? 借りさえ返せれば力を貸す義務も真っ新というものよ』
それより、と同族を振り切って青の服を探させに行った背中を見つめているバーサは、心なしか薄かった主の左半身の契約印の意味を理解してため息を吐いていた。
結局今後も着続けることを考えて選んだ結果全体的に丈あまりになった緑のシャツに金を支払えば、服屋の店員は鞄屋の場所を教えてくれた。大通りを服屋の隣の道で曲がって出て、その道の二個目の左に行く曲がり角に入ればすぐに見つかるちょっとだけ場所が穴場のところ。支払いに使われた小金貨を手の中で転がしながら、「いいの見つけろよちび。」と言ってくれた店員に礼をして、新しい服を身にまとったノルは魔導書を抱きしめながら走っていってしまい、それを見た従魔達もあとに続く。一人と二体の存在が消えた後の大通りでは、国民のひそひそ話の声だけが響いていた。
店を見つけて覗いてみれば、中には丈夫そうな肩掛け鞄や、(ノルにはわからないが)婦人が喜びそうな魔物の皮の小さい鞄が売られていた。気怠げな風にも見える店主は、ちっちゃな来客の方を見ると面倒そうに眉をひそめた。
「こんなとこまで冷やかしか? ガキンチョ」
なんて意地悪に言い放たれてもめげず、ノルは自身がちゃんと買い物しに来たことを話す。腕に包まれている魔導書の持ち運びが楽になるようなものを求めて表通りの服屋の店員に店の場所を教えてもらったこと、お金ならある程度持っているから高すぎないものはおそらく買えることも。
そこまで説明して、ようやく店のなかの異質な存在に納得した店主は、店の奥からゆったりと歩いて来るとノルに「入れ」と促した。少年の小さな足が店の地面を歩いて自身に近付くのを確認すると、店主は二度三度質問をした。
「材料は何でもいいな?」
「うん、でもなるべく長く使えるやつがいい」
「予算は? 一回財布の中見せてみろ」
「おサイフはないけど、お金はここに入ってるよ」
「ソレを入れるなら肩掛けのがいいよな? 他よか中身取り出しやすいし」
「ならそれがいい」
指示混じりのそれらの質問に、ノルが一つ一つ返していきながらギルドでもらった金貨の袋を見せると、店主はしばらく考えこんでから一つの肩掛け鞄を持って来た。グレーの厚めの布で作られた丈夫そうなそれは、紐の長さを調節できるようにしてみた試作品だという。
「コレはどうだ? ホントだったら小金貨を二枚半だが、売れ残りだしちぃとまけてやる。」
「えっ、いいの? そんなの、お店は大丈夫……?」
「確かに細々やってるとこだがそこまでヤワじゃねえよ、見くびんな。で、買うのか?」
「か、買う!!」
慌てたように三枚布袋から掴まれノルに渡された小金貨、そのうちの二枚を店主はつまみ取る。「まいど」と小さく呟くと肩紐の長さの変え方を書いたメモをついでに持たせてノルを店から出させた。
店の外では、入店の許可が出ていなかった従魔達がのんびりと待っていた。グレーの布の塊を身に着けて戻ったノルに、声をかけたのはバーサだった。
『……案外早かったな』
「お店のひとがすぐにいいの教えてくれたの!」
『そうか。それならもう用はないな?』
言外に『早く戻るぞ』と言われているようなそれに頷くと、エイザを連れて来た道を戻る。表通りに繋がっていた道を歩いていた、そんな普通の瞬間。先程いた服屋で少しばかり大きく話す人の声が耳に入ると、それがノルの足を止めた。
◇ ◇ ◇
「あのドラゴン、ホントに何なんだ? まさか侵略でもしに来たってわけじゃあるまいな……」
「それはそうでもないと思う、連れのちびに契約印があったからな」
「それはそれでそのちびとやらも手先の可能性があるだろ? ソイツも絶対ろくでもないな、もしくはソイツがドラゴン操ってるかも」
「邪推もいい加減にしろ、決まったわけでもないことを……」
そう、服屋も鞄屋もギルドの受付嬢もゲイン達も優しかった。だからノルは今の今まで忘れていた。何も知らない人には、バーサとエイザ……そして、それを連れる自分も、畏怖の対象になるであろうこと。
一度意識してしまうと、もうダメだった。鞄屋に行く前の、自分達を見てされたひそひそ話の数々。それさえも悪意に思えて仕方ない。無垢な程、幼い程、蝕まれたら挫けるのが早いものだ。
『……戯けたことを言いよって、気分が悪い。契約がなければ無礼を後悔させてやったというのに……』
『やめろ、余計に心象が悪く……どうした?』
俯くノルを見たバーサが声をかけても、彼女らの主人は黙り込んだままだ。だが少しすれば、ノルは小さく声を出した。
「……バーサ、エイザ。このカバンの中入れるくらい、ちっちゃくなれる? それできたら、この中にいて。」
せっかくの肩掛け鞄から魔導書を取り出しながら下したその指示の意味は分からなかったが、二体はその真剣な雰囲気に逆らうまいともっと体を縮めた。手乗りサイズまで小さくなった二体に鞄の中に入ってもらって、魔導書を抱きかかえたノルは……とにかく、走った。
鞄が大きく揺れる。聞きたくない、聞かせたくないものから逃げるように、足音だけが響く。怪しいものを見るような、周りの目からも目を逸らして……がむしゃらに道を駆ける音を、バーサとエイザは鞄から聞くしかできずにいた。
小銀貨六枚と小金貨数枚のくだりはチェーン店のラーメン奢った奴に回らない寿司奢られたくらいの感覚で捉えていただいたら大丈夫です
公表してないだけで硬貨ごとに設定決めてはいるんですが、大体桁の設定がこんな感じなので……()




