3 解決はしたけども……
「なにしてるのッ、やめてよ!! もうどっちもボロボロじゃん!!」
本来こんな場所から聞こえるわけのない子供の声に、先程までその正体を相手していた斧使いも、それ以外の冒険者も、果ては再度ぶつかり合いを邪魔された二体さえ思わず発声者の少年を見やり……同時に誰もが耳を疑った。
だってこれは、冒険者達から見てしまえば『命知らずにも程がある』と称されて当然のものだから。理由は簡単、誰から見ても弱者であろう子供が、高位の存在に口を出すなんてたとえ相手がドラゴンでなかろうと許されるわけがないからだ。高位種族というものは軒並み目線とプライドが高いもの、それに少しでも異を唱えて無事だった例なんて無い。余計に緊張した冒険者達の見守る中、まだ冷静そうなブラックの方のドラゴンが鋭い眼光で少年を見下ろした。
『……何を戯けたことを。下賎な生命体一つ如きが、決闘の邪魔をしてまで是正を貫く腹積りか?』
「違うよ! ”ゼセイ”? って難しいことしたいんじゃなくて、ただ痛いことしあうのを止めてほしくて――」
そんな切実なノルの声に向けて、ノル自身さえも巻き込んで消そうとしたかのように一段と勢いのある火の玉が飛ばされる。幸い乱雑な標準合わせだったために当たることはなかったが、攻撃の思惑はわかりやすいことこの上なかった。
『邪魔をするな、下等生物』
大体ノルの思ったような内容の、一方通行の怨嗟を浴びせられる。言葉どころか吐いた息さえ鎖となってちっぽけな自分を締め付けてしまえそうな、そんな緊張さえ断ち切るように、ただ一人彼は走った。
――未だ自分を睨みつけるダークパープルのもとへ。
『ッ此方に来るな、牙を剥くというなら容赦しないぞ!!』
一歩進む度に強まる警戒。数多の矢のように降り注ぐソレを前にしても、ノルのまっすぐな目は揺らぐことはない。「痛いことはしないよ」と彼はそのままドラゴンの体の右側に駆け寄った。その姿にようやくハッと正気を取り戻したゲインに「何をしている、ソイツから離れろ!!」と叫ばれるが、あいにく少年には構っている暇もないから心の中で詫びつつ詰問にはそっぽを向いて――
もう大丈夫、なんてそのまま言ってのけたその口から”低級回復魔法”と強く唱える声が響く。二回、三回、それよりもっと多く続けたって脆弱なそれでは全身どころか瞼の傷さえ中々塞がらないけれど、それでもノルの魔力と体力の保つ限り目の前の傷を癒し続けた。
冒険者も、ドラゴン達も、呆気に取られたようにただ繰り返される呪文を聞いていた。
『……其奴を癒したとて貴君に何の得もないだろうに、何故こんなことをする?』
目の前の敵の傷が癒える様子をじっと見ていたブラックの鱗のドラゴンが問いかけたそれに、ノルは「心配だからだよ!」と声を張りあげる。さも、それを見ず知らずの異種族に向けることさえも当たり前であるかのように。
「人だってドラゴンだって怪我しないのが一番だと思うし、痛くなくても傷つくのは心配なの! こんなこと考えて悪い!?」
……言葉こそ返せなかったが、それを聞いた二体の目はかつてないほど見開かれていた。”心配”なんて、彼らの中ではただ知識として在るものでしかなかったから。
ようやく瞼とその他のある程度の傷が塞がったのを見て、慈しむように艶やかな紫色を一撫でしたノルがたどたどしい足取りでもう一体の方へ向かう。その後ろ姿を、敵対心を抜かれた一対の目がじっと見つめていた。
『……彼奴も、同類じゃなかったのか……?』
なんて、頭の中に響かせながら。
洞窟にまた響いた呪文の止んだ頃、「遅くなってごめんね」とでも言うかのように落ち着いた様子でノルはさっきのように黒の鱗を撫でた。やることをやりきって落ち着いたのだろう、彼は前より静かになっている。
――しかし同時に、昨日自分の怪我を治した時よりふらついていたし意識だって朦朧としていた。二日連続の体の酷使が響いているのだろう、すぐに立つことも限界になってふらり、と小さな体が前に倒れる。このままでは地面にぶつかってしまう少年を受け止めるべく斧使いが駆け寄ろうとするが……大きな手が、誰より早くその後ろから割り込んだ。
『……危なっかしいな、人間の幼体は』
そんな温かみのある声は、きっと倒れてしまった子供には聞こえていない。それでも、手を差し伸べたドラゴンのずっとずっと柔らかになった雰囲気は場の緊張をきっと和らげたことだろう。
◇ ◇ ◇
『今般は吾輩と此奴が迷惑をかけたな』
「いやいや、もう終わったことだし……」
ゲインがそう宥めるのも聞かず、深々と黒色の大きな頭が下げられる。目の前のドラゴンは一連にかなりの負い目があるのか、冒険者がいくら望もうと一向に頭を上げない。流石に居た堪れなくなっていると、冒険者の一人である魔術師が「謝罪はもうよろしくてよ、それより何故あんなことしてたか伺っても?」と言いだした。
「ちょ、ルーネ!?いきなりなんてことを……」
「何よ、どうせギルドに戻ったら聞かれることでしょう? わからないまま戻るより罪滅ぼし代わりにここで答えてもらった方が、後々説明を求められてもすぐ対処できて私達にとっても得ですわよ」
「しかしだな、そんな簡単に言ってもらえるようなことでは――」
「絶対にない」と続こうとしたのを遮るように、『それくらいなら答えてやる』とブラックの体の後ろから聞こえてくる。倒れてしまった少年を割れ物のように抱えたダークパープルが『切っ掛けはくだらないが……』と続けてくれた。
――曰く、火種は紫の方が長い眠りについていた黒の方の上に巣を作ってしまったことらしかった。
黒の方はどうやら《エンシェントカイザー》というドラゴンの中でもかなりの高位種――冒険者達はこれを聞いて何名か卒倒しかけた――のようで、種族の性質上定期的に必要とする睡眠の場所をかなり暗い洞窟にしてしまったために、鱗の色も相まってか岩か何かと同化してしまい大きな岩場のようなものと思われていたようだ。それで長いこと巣の土台にされていたのから目覚めたのがつい先日の辺り、もちろんエンシェントカイザーは自分の上を勝手に住処にされてキレた。
ここまでならまだ謝ればギリギリなんとかなったかもしれないが、この際にうっかり紫のが溜め込んでいたコレクションを蹴散らしてしまったため謝る気でいた向こうが一転ブチギレ、お互いに譲れなくなり喧嘩になったらしい。エンシェントカイザーが『エピックバレーサーペントは収集癖が一等強いものなぁ』なんてのんびり言っていたがそんな簡単に受け止められる情報じゃない。エピックバレーサーペントも大概位が高いのを人間側は知っているからである。
結論としては「言われた通りかなりくだらなかった」とまとめた方が一行の心情的には合っているかもしれない。向こうの威厳もへったくれもないが。
「……とにかく、もう喧嘩しねぇな? また暴れられたら困るんだ」
『堅く誓おう』
「よし、なら解決ってことでいいな。じゃあ俺らギルドに報告に行かなきゃだから上に戻るけど……その子、谷で過ごさせるわけにはいかねぇよなぁ……」
ゲインが指した先には、あの純白の瞳の少年。未だ大きな掌の上でうつ伏せのまま眠る彼を、こんな谷底に置き去りにするわけには流石にいかなかった。見たところ魔導書一つに着古した服のみでここにいる上、魔法全般もほぼ使えないだろうからモンスターに襲われたら簡単に死んでしまうだろう。地上に共に戻り、どこかに保護してもらうのがおそらく一番賢明だ。だが……
「あのー……その子を、地上に連れて行くことって……家族とか探してあげたいんすけど……」
『……却下だ、我は此奴を気に入った。別に我の庇護下に置いても何も困ることはなかろう?』
「えぇ……」
――どうやら変なことになってしまったみたいだ。
見初められたのか何なのか知らないが、あの子供を無事もといた場所に戻せるのだろうか……と、ゲイン達の胃がチクリと痛んだ気がした。




