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裏口の代償

作者: Tom Eny

裏口の代償


才能じゃ勝てない。だったら、裏口を探すしかないだろ。


ユウトは、雑踏の中に立ち尽くした。行き交う人々が、まるで彼を嘲笑うように、せわしなく通り過ぎていく。彼は、このスクランブル交差点のように、無数の人間が交錯する世界で、自分の居場所を見つけられずにいた。子役時代から同じ道を歩んできた二人。シュンは今や若手トップスターとして、輝かしいキャリアを駆け上がっていた。一方、ユウトは鳴かず飛ばずの日々。焦燥が、彼の心を蝕んでいた。オーディションで悔しい思いをするたび、ユウトは手のひらをぎゅっと握りしめた。じんわりと汗が滲む熱が、自分の無力さを物語っていた。


ある日、シュンはユウトに薬物の調達を依頼した。


「俳優って立場があるからさ。お前なら信用できる」


シュンの言葉が、ユウトの胸に重くのしかかった。部屋の隅にある小さな時計の秒針が、カチカチとやけに大きく響く。ユウトはただ俯き、自分の手のひらを見つめた。その間、彼の頭の中では、夢と現実、そして罪悪感が激しくせめぎ合っていた。結局、彼は断ることができなかった。シュンに頼られたことで、彼の劣等感がわずかに薄れたからだ。報酬として渡される金と、シュンの口から出る「今度のドラマ、監督にユウトのこと話しておくよ」という言葉は、彼の心を甘く満たした。ユウトは、この「汚れの仕事」が、シュンと対等になるための、唯一の**「裏口」**だと信じ込んだ。


しかし、二人の秘密のやり取りを、ある男が知っていた。同期の俳優、ケントだ。彼は、シュンに幾度となくオーディションで敗北し、屈辱を味わってきた。シュンから向けられる、悪意のない同情の眼差しが、ケントのプライドを粉々に砕いてきたのだ。シュンの完璧なイメージを打ち砕くこと。それが、ケントの復讐の原動力だった。


ケントは、ユウトと売人の接触を、ひそかに監視していた。場所は渋谷のスクランブル交差点。雨上がりの湿った空気に、排気ガスの匂いが混ざり合う。無数の足音が、まるで一つの巨大な生き物のように響くこの欲望の渦の中で、ケントはユウトに狙いを定めた。ネオンの光が、雨に濡れたアスファルトに滲む。人波に紛れて、ユウトが薬物を受け取る様子を、ケントは人目につかない場所から隠しカメラで克明に記録した。その時、彼の視界の隅で、遠くから別の誰かがスマートフォンを構えているのが一瞬見えた。だが、勝利の確信が背筋を這い上がる冷たい快感に酔いしれていたケントは、気にも留めなかった。


ケントは、この映像を匿名で複数のマスコミにリークした。シュンは主演映画の降板が決定し、ユウトは所属事務所から契約を解除された。二人は、自分たちが築き上げたキャリアを一瞬で失った。


すべては、ケントの計画通りだった。彼は「正義の告発者」という仮面を被り、世間から称賛され、一躍脚光を浴びた。そして、シュンが降板した大作映画の主演に抜擢され、念願のトップスターの座を手に入れた。


しかし、ケントは知らない。彼がユウトを陥れるために、薬物の売人と**「交渉」**している様子を、別のカメラが記録していたことを。


その映像には、ケントが売人にユウトの特徴を伝え、彼に薬物を手渡すように指示する様子が映っていた。ケントは、ユウトに仕掛けた罠が、そのまま彼自身の首を絞める、決定的な証拠を残してしまっていたのだ。


ケントは主演映画の初日舞台挨拶で、最高の笑顔を振りまいた。スポットライトを浴び、割れんばかりの拍手が地鳴りのように響く。その熱狂の渦の中で、彼のスマホが一度、そしてまた一度、震えた。一瞬、時間が止まったかのように感じた。スクリーンに映し出されたのは、まぎれもない彼自身の醜悪な顔だった。


「すべては捏造だ!」


ケントは必死に否定した。だが、映像はあまりにも鮮明だった。「正義の告発者」は、「自作自演の犯罪者」へと変わった。まるで全身の血が抜けていくような感覚に襲われ、彼の心臓だけがひどくうるさく響いた。彼は、自分自身の悪意が、最終的に自分自身を破壊するという皮肉な結末を迎えたのだ。


ケントがすべてを失ったその日、シュンとユウトは、ひっそりとボランティア活動を始めていた。ボランティア活動を始めて数ヶ月。埃をかぶった倉庫に差し込む光が、静かに彼らの顔を照らす。かつての虚ろな目はなく、そこには穏やかな輝きがあった。二人は黙って、黙々と段ボールを運んだ。その動作は、まるで祈りのようだった。ふとした瞬間に、二人は顔を見合わせ、静かに微笑み合った。


ケントは、街を歩く二人の姿を見つけた。スマホのニュース画面に映る、自分の崩壊した顔と、穏やかな表情の二人。――彼は、その場で立ち尽くした。行き交う人々が、彼を冷たい空気のようにすり抜けていく。その視線の先に、二人の背中は遠ざかっていった。


悪意の連鎖が止まった場所で、彼は独り、自らの愚かさを噛み締めていた。頭の中で、かつてユウトが呟いた声が、皮肉なエコーとなって響く。「才能じゃ勝てない。だったら、裏口を探すしかないだろ」。


渋谷の交差点は、今日も無数の人間と、彼らの欲望を、静かにスクランブルさせていた。しかし、そのどれ一つとして、ケントの孤独に気づくものはいなかった。

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