【癒やしの聖女】第1話 こらーーー!
街道脇に生える樹木の密度が高くなった。
そろそろ森や林と言う程度に茂って、木々の重なる枝が午後の陽光をやわらげる。青臭い樹木のにおいが濃くなり、湿気が肌に纏わり付くような気がした。
「ラゲルナ様」
数歩後ろで荷物を背負っているノアールが、足を速めてわたしの前に出る。
足を止めたノアールは、顔を上げて天空を見つめた。ノアールの視線を追いかけて,わたしも空を見上げる。
足下を照らす木漏れ日が、何かに遮られて暗くなった。重なる樹木の枝の、ずっと上の方に何かが現れたのだ。
「……魔蝙蝠?」
最初は、ゆっくりと飛んでいるのかと思った。だが、そうではない。
「な……でかい!」
日影がやたら広がったのは、遙か上空にいたからだった。フェルトの町で見たものより、ずっと大きい。それが、真っ直ぐにわたしとノアールに向かって舞い降りてくる。
「ノアール、荷物を!」
ノアールの背中から荷物を奪い取って、中身をひっくり返す。下着や鎖帷子が足下に散らばる中から、サーコートを拾い上げた。
魔蝙蝠は、口から炎の弾を吐き出す。もしも当たったら火傷では済まない。
このサーコートは、土妖精から貰った火蜥蜴の鱗を編み込んだもので、炎の魔法を弾き返してくれる。これを身に付けておけば、魔蝙蝠が吐き出す炎の弾も逸れて当たりにくくなるのだ。
「ラゲルナ様!」
てっきり魔蝙蝠を喰らいに行くと思ったノアールが、わたしの背中に隠れやがった。
「はあ? ノアール、何やってるのよ?」
「服が燃えたら、嫌です!」
「こらーーー!」
魔蝙蝠が吐き出す炎の弾は、わたしの直前で軌道を変えて、脇に逸れる。足下や街道脇の草や樹木が焦げて、更に青臭いにおいが周囲に満ちた。
わたしの背中に身を隠しながらも、ノアールの視線は魔蝙蝠を見据えている。近づいて来たら、空間を引き裂いて切り刻むつもりだろう。しかし、 この魔蝙蝠は大き過ぎた。木々が茂るこの場所には降りられず、炎の弾が通用しないことに諦めて飛び去ってしまう。
「……」
獲物を逃したノアールの口元が微かに歪む。ここしばらく、ノアールはまともな餌を喰らっていないから、悔しいだろう。
……とは言え、今のわたしは同情する気にはなれないぞ。
「はい?」
わたしの視線に気付いたノアールは、緑の服の埃を払いながらニッコリと笑いかけてきた。黒髪に、緑の服はよく映えるとは思う。
「……散らばったものをズタ袋に戻すのを手伝っておくれよ」
「はい、わかりました」
ぶちまけた荷物をズタ袋に詰め込んで、またノアールに背負わせる。




