【水魔】第4話 水しぶき
いや、ちょっと待て。
もともとノアールが「魔鯰を喰らいたい」と言い出したから、わたしが餌の役で魔鯰を誘き出すことになったのではないか。
後を引き受けるより、最初を何とかしろ……と言いたい!
ノアールの鮮血色な唇が僅かに開いて、舌先が上唇を舐めた。切れ長の双眸は、ヒゲの先で水面に隠れる魔鯰の本体を見据えているようだ。
美しい女の顔を持つノアールは、その身体も丸みのある女の肉体をしている。しかし、その右手は猛禽類の如き鉤爪で、左脚には蛇の頭を持つ触手が巻き付いている。左脚から触手が解け、解き放たれた4匹の蛇が鎌首を持ち上げた。4匹の蛇も、ノアールと同じ方向を見据えている。
左右に広げたノアールの両腕が、魔鯰のヒゲを掴んだ。ヒゲの先端は、藻掻くようにうねってわたしの右腕から離れる。
やっと自由になったわたしは、ノアールの脱ぎ捨てた黒いローブを拾い上げて後ろへ退くことにする。
言いたいことは他にも山ほどあるが、取り敢えず「水辺から離れる」のが先決だ。
水面から突き出す2本のヒゲを、それぞれ右手と左手と握るノアール。ヒゲの先端部分は、ノアールの首や胴体に巻き付いているが、力比べではノアールの方が優勢だ。
両手でヒゲを握ったまま、軽く腰を沈めて一歩二歩と後ろ向きに歩く。ヒゲに引き摺られて、魔鯰の本体は陸の方へ引き寄せられていた。
このまま、魔鯰の本体を陸の上まで引き出すつもりらしい。水面下の黒い影が、岸辺の直ぐ傍まで来ていた。
バッシャーン!
水しぶきが上がって、大量の水が岸辺に浴びせられた。水しぶきと共に魔鯰の尾ビレが水面から見えた。
尾ビレだけで、大人が両腕を広げたくらいの幅があったな。
その、巨大な尾ビレで湖水を飛ばして、こちらへ浴びせかけたのだ。
「あら?」
ノアールの間の抜けた声がして、そのまま尻餅をついてヘタリ込んでしまう。
水を浴びた岸辺の土が泥濘んで、ノアールの足を滑らせたのだ。下半身を泥に塗れさせたノアールの身体が、巻き付いたヒゲで、逆に水辺の方へ引き摺られて行く。
……バッシャーン
……バッシャーン
尾ビレが幾度も上下して、湖水を投げつけてくる。水を吸った土が、ノアールの足場を更に脆くする。
水辺まで引き摺られたノアールの前で、水面が一気に盛り上がった。紫がかったドス黒い塊の正面には流線型の穴が2つ開いていて、白いヒゲはその脇から伸びている。
そして左右に離れた丸い黒目が、ノアールを捉えた。
「ノアール!」
逃げたはずのわたしまで海賊の剣を握って水際に駆け寄っていた。




