【水魔】第3話 助けておくれ
……パシャン
遠くで水がはねる音がした。
水面から立ち上る霧にかすんでいるが、間違いなく蛇のような細長いものが水上でうねっている。
「魔鯰の……ヒゲ?」
細長いものは、先端を何度か回転させると水の中に沈んだ。深い蒼色の水面が、その辺りだけ黒ずんで見えている気がした。
……水面のすぐ下に何かいる!
いや、何かではないな。ほとんど「魔鯰」で確定だろう。水面に滲むような黒い影は、ゆっくりと湖畔の、わたしのいる方へ移動している。
ここで野宿をしていた3日間で、何度か水面から突き出す細長い触手は見た。
岸辺近くを移動している小舟を追いかけようとして、浅瀬に近づけずに水に潜る……そんな行動を繰り返していた。
「やっと、わたしのことを見つけてくれたのかな?」
よし、これで餌の役目は果たした。
……なんて、達成感があるわけがない!
あの、ヒゲと言われる部分の長さだけで大人2人分の背丈はある。おそらく全身なら10人乗りの船より大きいはずだ。大口を開けたら、人どころか、馬でも丸呑みできるのではないか。
水の中の黒い影は、岸辺の近くで動きを止めた。突き出したヒゲが、まるで海を泳ぐ鮫の背ビレのように水面を斬り裂いてわたしの方へ伸びてくる。
反射的に右手が海賊の剣を振り上げた。眼前に伸びてきたヒゲに向かって、海賊の剣を振り下ろしたが手応えはない。
……グニャリ
剣の刃がヒゲを押しのけるが、押されたヒゲはヌルリと刃を掻い潜って、またわたしの方へ先端部を伸ばす。
海賊の剣を握る右手が、ヒゲに絡め取られる。真に「暴れ馬」に引き摺られるような引力に、下半身の踏ん張りが利かなくなった。
……落ちこぼれ海賊のわたしは泳げないんだぞ!
脳裏をよぎる恐怖は、魔鯰に飲み込まれることより、水に引き込まれて溺れることだった。
「ノアール、助けておくれよ!!」
本当に、本気で、心の底から、助けを求めて叫んだ。
次の瞬間。
黒いローブを羽織ったノアールの背中が、わたしの眼前に現れる。ノアール得意の『空間を捻る力』で、別の空間とここを繋いで移動して来たのだ。
「後は、妾が引き受けます。ラゲルナ様は退いていて下さい」
ノアールは、ローブの袖に腕を通していない。鉤爪になっている右手が袖を通らないからだ。だから、ローブも肩から羽織って身体の前で止めているだけだ。
両腕を横に広げるノアールの身体から、前がはだけたローブが肩から地面に落ちた。
裸のノアールの全身が、日の光に晒される。白い肌が、日の光を反射して輝くように見えた。




