【最強の戦士】第3話 人の礼儀
朝、わたしが目を覚まして最初に視界に入るのは、ノアールの左脚から伸びる蛇である。ノアールには不満はないが、これが日常であることには少し不安はある。いつか、ショックで心臓が止まるかも知れないからだ。
宿屋の裏に井戸があって、その周りは洗濯などをするために少し広くなっている。そこで女将さんの邪魔にならない約束で、朝と夕方に剣の素振りをさせて貰っている。
朝の素振りをしていると、女将さんから「来客だよ」と告げられた。
剣使いが2人と魔法使い1人……その魔法使いは女だった。わたしの故郷である北の地では、魔法は女の領分で男には関わらせない。しかし、こちらの地では魔法使いは男ばかりで、女の魔法使いは一段低く見られるとも聞いた。
脳裏に『ヤクトの剣』のことがよぎる。
「ギルドから今日の朝には旅立つと聞いたので、こちらから出向いてきた」
ああ、やはり。
「我々が『ヤクトの剣』を名乗っているのは、ヤクトの町で最強の冒険者だと自負してのことだ」
ヤクトの町と言うのは、このフェアトレー辺境伯領のうちで一番大きく栄えている町だ。魔物の大量発生で壊滅寸前のフェルトの町を救済しようと「フェルトの町での魔物退治」に、周辺の町から冒険者が派遣されてきている。その中で、ヤクトの町から派遣されて来た冒険者か。
「あんたが、レイドリク伯のところを飛び出した『盾の乙女のラゲルナ』だな」
盾の乙女と言うのは、北の地にいる女戦士だ。わたしは『盾の乙女』に落ちこぼれて、故郷を逃げ出してこちらへ流れてきた。幸い剣の腕だけはあったので、レイドリク伯に拾われて令嬢の護衛役をしていた。
「先に用件を言おう。あんたを『ヤクトの剣』にスカウトしに来た。ただし、我々と一緒に戦える腕があればの話だがな」
いや。用件の前に自己紹介するのが礼儀だと思うぞ。
正直な話、わたしは『ヤクトの剣』とか言う冒険者のグループを知らない。この地域が辺境伯領なので中央との連絡が希薄なために、わたしが知らないだけかも知れないのだが……自己紹介なしは、礼儀知らずな連中と判断していいと思う。
「まず、自己紹介するのが『人の礼儀』じゃないのかい」
わたしの直ぐ後ろに、黒のローブを羽織ったノアールがいる。人外の存在であるのは隠して、表向きは「女魔法使い」と言うことにしているが……ノアールは、その時々で見知ったことを真似て人のフリをする。
こう言う時に『人の礼儀』を示していかないと、おかしなことを憶えて妙な振る舞いをするから気を遣うのだ。




