【深淵の呪術】第12話 命の恩人?
「あんたらことは、シャルロットから『あたしの命の恩人だから、くれぐれもよろしく』と言われて預かったんだ。みすみす死に行くような真似はさせないよ」
胸を張り力強く宣言する女将さんは、わたし達の前で「通せんぼ」するように立ち塞がっている。
はて? 受付係の女の命の恩人になった覚えはないぞ。
「ラゲルナ様。この女は、妾が排除します」
何が命の恩人なのかと記憶を遡っていたら、ノアールが戦う気満々で前に出ようとしていた。昨日からずっと餌を目の前にして「おあずけ」状態なのだ。ノアールの我慢も、そろそろ限界かも知れない。
女将さんには悪気はないんだよ!……なんて理屈は通用しない。人の「言葉」は通じるが、人の「心」が通じないのがノアールだ。女将さんのことは、餌を狩るのに邪魔な存在としか受け止めてないだろう。
さて、この場をどうやって取り繕おうか……と考えていたら、件の受付係の女が宿に飛び込んできた。
「あー、ちょうど良かったぁ!」
宿の入口で、わたしとノアールを認めた受付係の女は早足で駆け寄ってきた。そして、ノアールのローブに刻まれた呪詛を見てもう一度驚く。
「これ、古代魔法の呪詛ですよね。何の魔法かわからないけど、実はスゴい呪具じゃないですか?」
いや、わからないのなら凄いかどうかも関係ないだろう。
魔法使いは、呪符に封じてある魔法を発動する時に、自身がその魔法の影響を受けないように「魔を反射させる」呪詛や「魔を相殺する」呪詛を身に付けるローブや防具に刻んでいる。ノアールのローブに刻まれた呪詛は、相当に高度なものらしく、やたら声の甲高い女魔法使いも騒いでいたっけ。
「ギルドで、何かあったのかい?」
受付係の女が纏わり付いてくれたおかげで、ノアールの視線が女将さんから逸れた。今のうちに話も逸らしてしまいたい。
「あ、大急ぎでギルドの方へ来て下さい。もしかしたら、森の探索パーティに参加できるかも知れません」
「……何だって?」
昨日の魔狼は、駆け付けた衛兵が炎の呪具で消滅させた。だが、衛兵の到着まで、わたしが足止めしたことになっている……らしい。
町の守備隊から「あの冒険者は誰か?」と問い合わせが来たそうだ。
「昨日。魔狼が出現した時に、あたしを助けてくれたじゃないですか。今日の朝、それもギルド長に伝えたんです!」
ああ。そう言えば、受付係の女にも「逃げろ」と言った気がする。ノアールを、あの場から引き離したかっただけなんだが……それを「命の恩人」だと思ってくれていたのか。




