【深淵の呪術】第11話 一縷の望み
ギルドからの返事を待つつもりで、宿には3日くらい滞在する予定だった。それを一晩で発つことにしたら、女将さんが怪訝に思ったようだ。
「何か、あたしらに不始末があったのかい?」
わたしの「そんなことはない」との否定の言葉にも、女将さんは納得しない。
「まさか、勝手にファルージュの森へ向かうつもりじゃないだろうね」
図星を指されて、思わず返答に詰まってしまう。わたしの動揺を見逃さなかった女将さんは、小さく「やっぱり」と呟いてため息をついた。
「止めときな。森の入口は代官様の衛兵が、探索許可のない者を入れないように守っているよ。無理に入ろうとすれば、命を奪っていいことになってるんだ。『命の石』を手に入れようにも、元の命をなくしちゃあ元も子もないだろう」
「え……命の石って?」
古の神殿があるかも……とは聞いたが、その『命の石』とやらは知らないぞ。わたしのそんな様子に、女将さんは呆れた様子で更に大きなため息をつく。
「命の石を知らないなら、あんたらは何の為にファルージュの森に行くつもりだったんだい?」
ノアールが行きたがってるから……だが、それを言っても通用しないだろうな。
元々ここは山間の小さな集落だったが、辺境伯が移住政策を進めた成果として大きな町になったそうだ。古くからの住民には『天から落ちた巨大な火の玉が大地を穿ち、そこに草木が茂って森ができた』と伝わっていたらしい。森が神聖視されていたのは間違いないが、噂に尾ひれが付いて『天から落ちてきた石を奉る神殿』とか『森に命を吹き込んだ魔法の石』とか言われるようになる。
そして……十数年前。
二人組の冒険者がファルージュの森を探索した。森で強力な魔物に遭遇し、一人が仲間を逃がすために犠牲となって死んだ。仲間の犠牲によって生き延びたもう一人は、森の深淵で石を奉る神殿を見つける。
神殿には古の魔法が封印されていた。その封印を解くことに成功した冒険者は、死んだ仲間を生き返らせて二人で生還したと言うのだ。
そんな逸話が、町ぐるみの噂となった。
「近しい誰かを亡くしてそれを受け入れられない者、不治の病に冒され死が間近に迫る者……そんな者たちが、一縷の望みをかけて『深淵の神殿』を目指そうとするんだよ。死人を生き返らせるためにね」
森に入り込もうとするのは、冒険者や野盗だけではなかった。ごく普通に暮らしていた住民が、ある日の事故や病気で豹変することもある。
……死者が生き返える魔法、か。
死者は、絶対に生き返りはしないのにな。




