【深淵の呪術】第10話 最悪の朝
嫌な夢を見た。
大勢の足に踏まれ抉られた雪原、その至るところに赤いが飛び散っている。雪に沈むように俯せに倒れているは……アルミウスだ。
わたしが盾の乙女を辞めたら嫁ぐはずだった男、一族最強の戦士。
「……ラゲルナ……悪いな」
俯せで倒れていた身体の首が動いて、その眸がわずかに開く。そして血を吐き出している口元が動いて掠れた声を絞り出す。
「お前の手で……神々の館へ逝かせて欲しい……んだ」
背中から胸を貫いた槍傷……そこから流れる血が、雪を赤く染めていく。
アルミウスに一歩踏み出すと、足裏で沈み込む雪が微かな音を立てて滑る。流れる風は、頬を刺すような冷たさがあった。
思い出したくない過去を突き付けられて気分は最悪。日課にしている剣の素振りすらやる気にならずに、寝台で動けずにいた。
……頬に刺さるような寒さ、雪を踏みしめた足裏の感触。
まるで現実かのように、自分の身体に感覚として残っている。
「ラゲルナ様、大丈夫ですか?」
裸の身体を毛布に包んだノアールが、わたしの異変に気付いて近づいて来た。毛布の合わせ目から、鋭利な鉤爪と蛇の頭が覗く。
ノアールは丸みのある女の身体をしているが、右手は猛禽類のような鉤爪になっている。そして、左脚には蛇の頭を持つ4本の触手が巻き付いた異形の姿をしている。
毛布の裾から顔を出した蛇は、膝の高さからわたしを見上げていた。もしかして、蛇もわたしを心配しているのだろうか?
……正直に言うと、蛇に心配されても嬉しくないぞ。できれば、見つめないで欲しい。
「ああ、わたしはね。ノアールこそ、大丈夫かい?」
町に入ってから「景色が何かに染まったように見える」と言っていたノアールだが、おそらく魔道具から流れ出す魔のせいだ。それなら、何も変わっていないだろう。
「変わらないと思います。でも、少し慣れてきました」
慣れる……と言うのはマズいかも知れないな。感覚が鈍くなっただけの可能性がある。ノアールなら出遅れても魔狼に負けることはないだろうが、異形の姿で戦うところを住民に見られたら面倒なことになる。
それに、目の前に餌があるのに「おあずけ」をさせているのも可哀想だ。
「ノアール、町を出て森に行くよ。黒のローブを着ておきな」
ノアールだけではない……わたしも怪訝しい。直感が「町を出ろ!」と訴えている気がする。
「はい、わかりました」
嬉しそうに双眸を細め、赤い舌で上唇を舐めるノアール。裸の身体を包んでいた毛布を寝台に投げて、ズタ袋から黒いローブを取り出した。




