【深淵の呪術】第9話 良き夫?
町の住民たちも、魔物の出現に慣れているようだった。
衛兵によって魔狼が消滅させられたら、直ぐに普段通りの日常に戻っている。受付嬢オススメの宿でも、当たり前に部屋を用意してくれた。それでも、受付係は「一人で家にいるお母ちゃんが気になるから」と、大急ぎで帰って行った。
部屋に夕食を運んで貰った時に、女将さんが部屋に備え付けのランプに灯を入れたのだが……それが奇妙なランプだった。
油が燃える灯りではない。まるで……蛍が強く光っているような灯りなのだ。
「このランプは、どうやって灯りになっているんだい?」
「ああ、これは魔法で光っているんだってさ」
「魔法?」
小指の先よりも小さな石が光っているだけで、熱くなっているわけでもない。
「辺境伯領の首都・ヤクトの町では、こんな魔道具が使われているんだってさ。油や蝋燭を燃やしているわけじゃないから火の心配もいらないし、煙や煤も出ないから部屋も汚れないんだよ。ヤクトの町から来た代官様のおかげだね。こんな便利な道具がファルジの町にも入るようになったんだもの」
魔法を戦いに使う道具を呪具と呼ぶのに対して、生活に使う道具を魔道具と呼び分けているそうだ。高額なので裕福層しか買えないが、便利なので少しづつ普及しているらしい。
女将さんが部屋から出て行ってから、魔道具のランプをノアールに見せた。
「巨人の骸……の欠片ですね」
光っている小さな石は、やはり魔石か。
……これが周囲に魔を撒き散らすせいで、町に漂う魔が濃くなり、魔物が発生しやすくなったのではないのか?
……町の至る所から少量ずつの魔が流れ出しているから、ノアールが魔の流れを読み取れなくなったのではないか?
この町に入ってから、ノアールが「景色が別の色で染まっているような」と言った言葉に合点がいった気がする。
「だから、今は我慢しなさい!」
左手で、魔石を摘まみ上げて口に運ぼうとするノアールを制止する。高額な魔道具を駄目にしたら目を付けられるかも知れない……ヤクトの町と太く繋がったこの地では、目立つことはしたくないのだ。
「……」
またも「おあずけ」をくったノアールが、恨めしそうに双眸を向けてくる。
「夫が好き勝手やってるとシャルロットの家族みたいに迷惑なことになるんだよ。夫は嫁の言う通りにして、尻に敷かれているくらいがちょうど良いんだ」
ハッとしたノアールは、魔石を魔道具に戻した。
「はい。妾は良き夫として、ラゲルナ様のお尻に敷かれておきます」
いや……その部分を、わざわざ復唱しなくていいと思うぞ。




