【深淵の呪術】第8話 町中の異変
突然の轟音に、大通りを行き来していた通行人が足を止める。何かを察して走り去る者、音の正体を探ろうとして視線を向ける者……通行人の反応は様々だ。
日が差し込まないほどの細い路地から大通りにモクモクとした土埃が流れ出す。その中に人型の影が揺らいだ。
「うわー!」
「魔狼だ!」
「逃げろー!」
馬鹿な……こんな街中に、魔狼が現れるのか?
人よりも頭二つ分大きい。魔狼としても大きな影が、ノアールの真後ろに立つ。気配が読めなかったらしく、ノアールは口を半場に開いて唖然としている。
ノアールが後ろを振り返るのと、魔狼が右手の爪を振り下ろすのはほとんど同時だった。
「ノアール!」
気付いたときには、わたしの身体が勝手に動いていた。
脚はノアールに向かって駆け出して、右手は海賊の剣を引き抜く。伸ばした左手が、ノアールの右肩を掴んで引き寄せる。
わたしがノアールの身体を引き寄せたことで、振り下ろされた魔狼の爪が空を切る。
右手を空振りしたせいで前のめりになる魔狼……その喉元に、海賊の剣の剣先を突き立てた。前のめりになる勢いと相まって、海賊の剣の剣先は魔狼の身体を貫いて背中に突き抜ける。
鉄の刃に触れた傷口から、黒い砂が吹き上がった。
……オオォォォーン
悲鳴のような咆哮をあげて、地面に膝をつく魔狼。
「シャルロット! ノアール! 逃げるよ!」
「はい!」
「え?」
受付係の女は、即座に応じたが……餌を目の前にするノアールは、躊躇する。しかしだ。
大通りにはまだ人がいる。蛇であれ、裂けた口であれ、ここで魔物を喰らう姿を見られたら面倒だ。思わず「我慢しなさい!」と大声を出していた。
駆け付けた衛兵によって、間もなく魔狼は消滅させられる。
この町の衛兵は、炎を撃ち出す呪具を装備していた。どうやら、ここでは「町中に魔物が現れる」のを想定して衛兵は守備についているらしい。
「町中に魔物が現れるのは、珍しいことではないのかい?」
「最近増えてるんです。ファルージュの森の影響ではないか?……って言われてるんですよ。それで『森の探索を急げ』と、代官様が……」
息を切らせながらも、受付係の女は必死に説明してくれる。そんな説明には耳をかすこと無く、ノアールは呪具を持った衛兵に視線を向けている。わたしがいつも「呪具を持った魔法使いは好きにしていい」と言っているから、呪符を奪う許しが出るのを待っているのかも知れない。
「今は、我慢……しておくれ」
わたしの声を聞いたノアールは、肩を落としてため息を漏らした。




