【深淵の呪術】第5話 見える景色
わたしとノアールが案内された端の席は、間仕切りの壁があってカーテンで入口を塞げるようになっている。食堂の一角を、商談や相談をする席にしているのだろう。
「……?」
ノアールが落ち着かない。やたらとキョロキョロと周囲を見回し、食堂で酒を酌み交わす嬌声や笑い声にも反応している。他人の話を聞かない奴が、今だけ他人の声を気にしている。
「どうしたんだい?」
「何と言うか……景色一面が、何か別の色に染まっているような感じです。これでは魔の色を見分けにくくなります」
ノアールには、魔が『色を持つ光り』として見えているようで、それで魔を纏う魔物の存在を探れたりする。
「近くに魔物がいるのかい?」
「いえ……夕焼けで一面が赤くなって、周囲の色が判別できなくなるような……そんな感覚でしょうか」
日は西に傾いている頃だがまだ地平線よりずっと高くて、夕暮れには早い時刻だ。 わたしとノアールで同じ景色を見ても、ノアールに見える色合いは、わたしとは違って映っているはずだ。おそらく、聞こえる声や音も。
ここでの「夕焼けの赤」は比喩だと思うが、ノアールが比喩を使いこなしているのに驚く。
「このギルドが怪しいのかい?」
「……いえ」
……魔物はいない。
……ギルドは怪しくない。
……しかし、景色が何かの色に染まって見える。
どうにも、歯切れが悪い。こんなノアールを見たのは初めてだ。
「ギルドではなくて、町に入ってからずっと景色が何かに染まった感じなのです」
「町に?」
町に入ってから、ノアールがやたらとキョロキョロしていたのは喧噪に驚いていたのではなかったのか。
それに、ノアールの顔も険しい。普段は「美人はニコニコしておきな」との言いつけを守って微笑んでいるのに、今は笑う余裕がなさそうだ。
そう言えば……ギルドの建物に入ってから、誰にも声を掛けられていないな。普段なら時間を持て余した冒険者どもが、美人に群がってくる。酒の入れば尚更のはず。
酒に酔った冒険者どもが近寄るのを躊躇うほどに、今のノアールは気むずかしそうな顔をしている。
しかし、だ。
それなら、何故ノアールは最初にファルージュの森に向かったんだ?
このファルジの町に何かあるなら「町に向かえ」と神の天啓があるのではないか。それとも、町を何かに染めた原因がファルージュの森にあるのだろうか。
……いや。人の身で余計なことを考えるのは止めよう。
当のノアールが、キョロキョロしているだけで何も考えてないのだから。




