第6話:蓮、分析。凛、空回り。キィ、闖入。
キィの衝撃(?)告白から数日。
特準室は、一見すると以前と変わらない空気が流れていた。日陰 蓮は読書、白峰 凛は書類整理、そしてキィは…相変わらず部屋の中をうろつき、何かしらちょっかいを出してくる。
だが、水面下では確実に変化が起きていた。
蓮は、読書をしているように見せかけながら、その実、キィの言動をつぶさに観察していた。
(キィの生態観察、継続中…)蓮は内心でレポートを作成する。(『次元迷子』発言以降、以前にも増して言動がフリーダムになった。石ころの使用頻度も上がっている気がする。嘘や誤魔化しのサインは依然不明。ただし、特定の話題――家族、故郷の具体的な状況、『約束』の詳細――に触れようとすると、巧妙に話題を逸らす。警戒心が強いのか、それとも、話せない理由があるのか…?)
一方、凛は凛で、深刻な顔でパソコンに向き合っていた。画面には、難解そうな物理学の論文や、SF映画のデータベース、果てはオカルト系のフォーラムまで、様々なウィンドウが開かれている。
「…異次元存在との適切なコミュニケーション方法…保護か、監視か、あるいは送還か…次元間航行技術を持たない我々に、送還は不可能…そもそも彼女の故郷の座標すら不明…」
凛は、ぶつぶつと呟きながら頭を抱えている。どうやら、キィへの対応策を真剣に模索しているらしいが、情報が少なすぎる上に、キィ自身が規格外すぎて、完全に空回りしている様子だった。
「おい、白峰。そんな非現実的なこと考えてないで、とりあえずあいつが問題を起こさないように見張るのが先決だろ」
蓮は、見かねて声をかけた。
「わかっているわよ! でも、根本的な解決策を見出さない限り、いつか必ず大きな問題が発生するわ! そのための準備を怠るわけにはいかないの!」
凛は、きっぱりと言い返す。その真面目さが、時として彼女を空回りさせる原因なのだが、本人は気づいていない。
そんな二人の苦労など露知らず、キィは特準室の隅に置かれた、古びた大きな地球儀に興味を示していた。それは学園創立者から寄贈された年代物で、曰く付きだとか何とか。
「わー! この丸いの、クルクル回るー! 面白い!」
キィは、無邪気に地球儀を勢いよく回し始めた。
「キ、キィさん! それは貴重な…! 乱暴に扱わないで!」
凛が悲鳴に近い声を上げる。
「えー、大丈夫だよー! ほら、全然壊れてないもん!」
キィは、けろけろと笑いながら、地球儀の表面を指でなぞっている。
「ねぇ、ここがニッポン? じゃあ、ボクの故郷は…うーん、この辺かなぁ?」
キィは、太平洋のど真ん中あたりを指差した。適当にもほどがある。
蓮は、その様子を眺めながら、ふと気づいた。キィが地球儀を回しながら、いつものように、腰のポーチを無意識に指でなぞっている。その表面に施された、奇妙な幾何学模様の刺繍を。
(…またやってるな)
あの刺繍、ただのデザインには見えない。まるで、何かの回路図か、あるいは紋章のようにも見える。
「…おい、キィ」
蓮は、声をかけた。
「そのポーチの刺繍、やっぱり何か意味があるんじゃないのか? ただの飾りってわけじゃなさそうだぞ」
「ん? これ?」
キィは、自分のポーチを見て、少し首を傾げた。
「うーんとね…ただの飾りだよ! 可愛いでしょう?」
そう言って、キィは少しはにかむように笑った。
(…はにかむ?)
蓮は、キィのその反応に微かな違和感を覚えた。いつもの能天気な笑顔とは少し違う。まるで、何か大切なものを褒められて、照れているような…?
「…いや、そうじゃなくてだな…」
蓮がさらに問い詰めようとした、その時。
「あ! 見て見て! 地球儀が光った!」
キィが、突然大きな声を上げた。
見ると、キィが指で触れていた地球儀の表面が、ほんの一瞬だけ、淡い光を放ったように見えた。
「え? 光った?」
凛が驚いて駆け寄る。
「気のせいじゃないかしら…? でも、なんだか少し温かいような…」
凛が地球儀に触れると、確かに微かな熱を持っているようだった。
「ほら! やっぱり光ったんだよ! キィのパワーかな?」
キィは、得意げに胸を張る。
蓮は、黙ってキィと地球儀を見比べていた。
(…パワー、ね)
本当にキィの力なのか? それとも、あの刺繍に、あの地球儀が反応したのか?
キィの周りで起こる不可解な現象は、ますます混迷を深めていく。そして、その中心には、いつもあの小さなポーチと、石ころがある。
蓮の頭の中に、新たな疑問符がいくつも浮かび上がっていた。