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第4話:消えたペットと歪む日常

翌日の放課後。

特準室のドアが、遠慮がちにノックされた。

「どうぞ」

凛が応じると、顔を青くした一年生の女子生徒がおずおずと入ってきた。手には空っぽの鳥籠を持っている。

「あの…特殊状況対応準備室、ですよね…?」

「ええ、そうよ。どうかなさったの?」

凛が優しく問いかけると、女子生徒は今にも泣き出しそうな声で訴えた。

「うちで飼ってるインコの、ピピちゃんが…いなくなっちゃったんです…!」


話を聞くと、こうだ。

昨日の夜までは、確かに鍵のかかった籠の中にいた。今朝、餌をやろうとしたら、籠の扉は閉まったままなのに、中は空っぽ。窓も玄関も施錠されており、外部から侵入された形跡もない。まさに、密室からのインコ消失事件である。

「警察にも相談したんですけど、動物の失踪は事件として扱えないって…それで、友達からここの噂を聞いて…」

女子生徒は、すがるような目で凛を見た。

「わかりました。微力ながら、協力させていただきますわ」

凛は、きっぱりと請け負った。その目には、使命感の炎が燃えている。

「ね、日陰君」

「…はぁ」

蓮は、内心の面倒くささを押し殺して、ため息だけで応じた。

(ペット探しまでやらされるのか、特準室…便利屋じゃないんだぞ、ここは)


「わーい! 探偵ごっこだー! キィもお手伝いする!」

いつの間にか話を聞いていたキィが、目を輝かせて飛び跳ねた。

「お前は来なくていい。というか来るな。絶対余計なことするだろ」

蓮が即座に制止する。昨日の一件で、キィの『お手伝い』がどれほど危険か、身に染みていた。

「むー! キィだって役に立つもん! ピピちゃん見つけるの、得意かも!」

キィは自信満々に胸を張る。根拠は不明だ。

結局、凛が「まあ、人手は多い方がいいでしょう」と許可したため、三人(と依頼主)で女子生徒のアパートへ向かうことになった。蓮の嫌な予感は的中する気しかしなかった。


現場のアパートの一室は、綺麗に片付いていた。インコのピピちゃんがいたという鳥籠が、ポツンとテーブルの上に置かれている。

凛は、持参した調査キット(という名の、虫眼鏡や指紋採取セットなど)を取り出し、真剣な顔で現場検証を始めた。

「窓は確かに施錠されているわね…換気扇にも隙間はない…考えられる経路は…」

一方、キィは部屋の中を探検とばかりに歩き回っている。

「ピピちゃーん! どこー? わ! このクッションふわふわー!」

ベッドにダイブしたり、カーテンの後ろを覗いたり。完全に捜査の邪魔である。

「おい、キィ、勝手に触るな」

蓮は、キィが依頼主の私物に触ろうとするたびに、注意しなければならなかった。


その時。

「あ!」

キィが、部屋の隅にある観葉植物の鉢植えを指差した。

「こんなところに、緑色の葉っぱが落ちてるよ?」

キィがそう言った瞬間、その鉢植えの中から、バサバサッ!と羽音を立てて、黄緑色のインコが飛び出したのだ!

「ピピちゃん!?」

依頼主の女子生徒が、驚きと喜びの声を上げる。

インコは、部屋の中を数回旋回すると、依頼主の肩にちょこんと止まった。

「ど、どうして植木鉢の中に…!?」

凛は、目を丸くしてインコと鉢植えを見比べている。

蓮は、黙ってキィを睨んだ。キィは、悪びれもせず「えへへ」と笑っている。その手には、例の石ころが握られていた。

「…お前、またやったな?」

蓮が低い声で尋ねる。

「うん! ちょっとだけ『出口』をこっちに向けちゃった!」

キィは、あっけらかんと言った。

(出口を向ける…?)蓮は眉を顰めた。(やはり空間転移能力か? それとも、確率操作で『たまたまインコがそこに出現する』ように仕向けたのか? どちらにせよ、厄介極まりない)


無事にインコは見つかり、依頼主は涙を流して喜んでいた。一件落着…と言いたいところだが、蓮の心は晴れなかった。キィの能力の底が見えない。それが不気味だった。


帰り道。三人で夕暮れの道を歩いていると、近くの小学校から、下校時刻を告げるチャイムのメロディが流れてきた。どこにでもある、穏やかなメロディだ。

だが、その音を聞いた瞬間、キィの顔色がサッと変わった。

「(顔面蒼白になり耳を塞ぐ)ひっ…! いや…! やめて…!」

キィは、その場にしゃがみ込み、頭を抱えてガタガタと震え始めたのだ。まるで、ひどく恐ろしいものでも聞いたかのように。

「キィさん!?」

凛が驚いて駆け寄る。

「大丈夫!? どこか痛いの!?」

「…おい、どうした?」

蓮も、さすがにただ事ではない様子に声をかけた。

「ただのチャイムだぞ。何に怯えてるんだ?」

「(涙目で)…なんでもない…ちょっと、びっくりしただけ…ホントだよ…」

キィは、震える声でそう言うと、無理やり立ち上がった。しかし、その顔はまだ青白く、怯えの色は消えていなかった。


蓮は、キィの様子を注意深く観察した。

(ただ驚いただけの反応じゃないな。あれは、純粋な恐怖だ。あの、どこにでもあるようなチャイムのメロディに、こいつにとって何か特別な、そして恐ろしい意味があるらしい)

転校生の抱える秘密は、どうやら一つや二つではなさそうだ。そして、その秘密は、蓮たちの日常を静かに、しかし確実に歪め始めている。

面倒だ、と蓮は思った。だが同時に、ほんの少しだけ、その歪みの正体を知りたいという好奇心が、心の隅で顔を覗かせていることにも気づいていた。

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