第13話:決戦は蒼葉祭!奇策と偶然の大騒動
蒼葉祭当日。
学園全体が、年に一度の熱気に包まれていた。模擬店の威勢のいい呼び込み、ステージから流れる賑やかな音楽、クラスTシャツを着て走り回る生徒たち。まさにカオス、混沌、お祭り騒ぎである。
そして、この混沌こそが、日陰 蓮たちの作戦の鍵だった。
「いいか、キィ、白峰。プランA、発動だ」
蓮は、インカム(もちろん凛がどこからか調達してきた)に向かって、低い声で指示を飛ばす。三人はそれぞれ、人混みに紛れて配置についていた。
ターゲット――調律師は、再び、学園内に侵入し、キィの反応を追って移動を開始している。その動きは、蓮が設置した簡易センサー(これも凛の仕業)で捕捉済みだ。
『了解。第一目標、三年B組製作、恐怖度MAXと噂の『呪いの廃病院』へ誘導します』
凛の冷静な声がインカムから返ってくる。
『キィさん、準備はいい? 合図したら、お願いね』
『うん! わかった! お化け、もっと怖くする!』
キィの元気な声。昨日までの怯えは、仲間がいるという安心感からか、少し和らいでいるようだ。
作戦通り、凛は巧みに調律師を誘導し、お化け屋敷の中へと誘い込んだ。中は悲鳴と暗闇、そしてチープな(しかし、雰囲気はある)脅かしギミックで満ちている。
「…低俗な演出だ」
調律師は、表情一つ変えずに呟き、正確な足取りで進んでいく。
「今だ、キィ!」
蓮が合図を送る。
『えいっ!』
キィが石ころを握ると、お化け屋敷の内部で異変が起こった。作り物の幽霊が、まるで本物のように青白い光を放ち始め、壁からは不気味な声が響き渡り、床が突然ぬかるんだように沈み込む!
「ぎゃああああ!」「なんだこれ!?」「本物!?」
他の客は、本物の恐怖に絶叫し、パニック状態で出口へ殺到する。
調律師は、冷静に状況を分析しようとするが、押し寄せる人の波に阻まれ、思うように進めない。センサー類も、悲鳴や暗闇、そしてキィが発する不安定なエネルギー波でかく乱されているようだ。
「…ノイズが多い。目標の特定が困難…」
「よし、第一段階クリア」
蓮は、ほくそ笑んだ。
「次はプランB。食品販売エリアへ追い込むぞ。目標は、あの長蛇の列ができてる焼きそば屋台だ」
『了解しました。誘導を開始します』
凛が応じる。
お化け屋敷から脱出した調律師は、再びキィの反応を追って移動を開始する。蓮と凛は、巧みに人混みを利用し、調律師を目的の焼きそば屋台へと誘導していく。そこでは、ソースの香ばしい匂いと、生徒たちの熱気でごった返していた。
「キィ、頼む!」
『まかせて! 焼きそば、変身!』
キィが力を込めると、屋台で焼かれていた大量の焼きそばが、一瞬にして鮮やかなピンク色の物体―――どう見てもイチゴ味のスパゲッティのようなものに変化した!
「な、なんだこりゃ!?」「焼きそばがピンク色に!?」「イチゴの匂いがするぞ!?」
客も店主も大混乱。長蛇の列はあっという間に崩壊し、悲鳴と怒号が飛び交うカオスな状況が生まれる。
調律師は、その混乱の中心で足を止めざるを得なくなった。
「…無秩序。非効率的だ。理解不能な現象が多すぎる…」
初めて、その無表情な顔に、僅かな困惑の色が浮かんだように見えた。
「仕上げだ!」
蓮は、インカムに叫んだ。
「体育館ステージへ追い込め! 白峰、照明と音響を頼む! キィ、あいつがステージに上がったら、足元狙って『アレ』だ!」
『了解!』『うん! 落とし穴作戦!』
三人は、息の合った連携で調律師を体育館へと追い詰めていく。体育館では、ちょうど軽音楽部のライブが行われており、大音量の演奏と生徒たちの歓声で満ち溢れていた。
調律師が、キィを追ってステージに上がった瞬間、作戦は最終段階に入った。
凛が、操作室からスポットライトを操作し、強烈な光で調律師の目を眩ませる!
同時に、蓮が放送室をジャック(どうやったかは不明)し、偽の緊急避難放送を大音量で流す!
「うわっ!」「なんだ!?」
観客がパニックになりかける。
そして、その混乱の極みで、キィが最後の力を振り絞った。
「いっけえええええ!」
キィが石ころを突き出すと、調律師が立っていたステージの床の一部が、まるでそこだけ次元が切り取られたかのように、綺麗に消失したのだ!
「…!?」
調律師は、反応する間もなく、ステージ下の暗闇―――奈落へと、為すすべもなく落下していった。
ドン!という鈍い音が響き、ステージ上の混乱は最高潮に達したが、もはや調律師の姿はどこにもなかった。
「…ミッションコンプリート、だな」
蓮は、インカムに向かって、疲労と達成感の入り混じった声で呟いた。
『…なんとか、なりましたね』
凛の安堵したような声が返ってくる。
『やったー! やったよー!』
キィの歓声が響いた。
蒼葉祭最大の危機は、前代未聞のドタバタ大作戦によって、ひとまず回避された。
だが、これで全てが終わったわけではないことを、蓮は理解していた。
そして、この勝利には、まだ支払われていない代償があることも―――。