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第12話:日陰蓮の決断、白峰凛の覚悟

ぐにゃり、と。

特準室の空間は、まるで熱せられた飴細工のように歪み続けていた。壁の亀裂からは、眩暈がするような異次元の光景が明滅し、浮遊する備品が不規則に飛び交う。立っていることすら困難な状況だ。

その中心で、キィは泣きじゃくりながら、暴走する『確率偏向キューブ』を握りしめていた。

「いや…いやだ…! 離さない…!」

パニックに陥り、もはや自分の力が制御できていない。


「対象イオタ、抵抗を中止せよ。これ以上の干渉は次元崩壊を招く」

調律師は、なおもキィへとにじり寄ろうとしていたが、歪む空間と浮遊物がそれを阻む。やむを得ず冷静に警告を発しながら、崩壊を免れるため出直すこととしたようだ。


「くそっ…! どうすりゃいいんだ…!」

日陰 蓮は、壁に背を預けながら悪態をついた。このままでは、キィも、自分たちも、そして下手をすれば学園全体がどうなるか分からない。


その時だった。

「…ごめんね…」

キィが、途切れ途切れの声で呟いた。涙でぐしゃぐしゃの顔を上げ、蓮と凛を見る。

「ボクが…ボクが悪いの…!」

キィは、堰を切ったように話し始めた。暴走するエネルギーの奔流の中で、その声は奇妙なほどはっきりと聞こえた。

「ネェネが…お姉ちゃんが、すごく重い病気になっちゃって…このままだと、もう助からないって言われて…」

キィの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

「だから、ボク…この『石ころ』の力で、時間を戻して、ネェネが病気になる前に…って思ったんだ…! でも…」

キィは、そこで言葉を詰まらせ、激しく首を横に振った。

「ダメだった…! うまくいかなくて…失敗して…もしかしたら、ボクが時間をいじったせいで、ネェネの病気はもっと悪くなっちゃったかもしれない…!」

絶望的な響きが、キィの声に宿る。

「それで、怖くなって…調律師に見つかるのも怖くて…逃げて…逃げて…気づいたら、ここにいたの…!」

キィは、嗚咽を漏らす。

「ボクは、ダメな子なんだ…! 時空法も破って…ネェネを苦しめて…もう、ネェネに合わせる顔なんてない…!」


自業自得だ、と蓮は思った。

軽率な行動が招いた最悪の結果。同情の余地など、本来なら微塵もないはずだ。

(だが…)

蓮は、泣き崩れるキィの姿から目を逸らせなかった。

(こいつはただ、必死だっただけなのかもしれない。姉を助けたい一心で、後先考えずに突っ走って…その結果がこれかよ)

面倒だ。最高に面倒だ。関わるべきじゃない。合理的に考えれば、調律師に引き渡すのが一番手っ取り早い。

(…だが、ここで見捨てるのは…どうにも、後味が悪い)

蓮の中で、理屈ではない何かが、決断を促していた。

「…おい」

蓮は、キィに向かって声をかけた。

「泣き言は、後で聞く。とりあえず、あのカカシ野郎をどうにかしないと、お前の姉ちゃんに謝るどころか、俺たちが消し飛ぶぞ」

「…え?」

キィが、涙に濡れた顔を上げる。

「やるんだろ? お前の姉ちゃんに、謝るんだろ?」

蓮は、ぶっきらぼうに言った。


「…そうよ、キィさん」

凛も、いつの間にか蓮の隣に立っていた。その瞳には、迷いを振り払った強い光が宿っている。

「時空法違反は、確かに重大な罪です。規則は、守られるべきもの。でも…」

凛は、キィを真っ直ぐに見つめて言った。

「あなたの話を聞いて、ただあの調律師に引き渡すことはできない。それが、私の…いえ、私達、特殊状況対応準備室の判断です」

凛は、蓮の方を向いて、小さく頷いた。

「…おい、勝手に複数形にするな」

蓮は、憎まれ口を叩いた。

「…だが、まあ、異論はない。やるからには、きっちりケリをつけるぞ」


蓮と凛の言葉に、キィの瞳に、微かな光が戻ったようだった。

「…うん…!」

キィは、こくりと頷いた。暴走していたキューブの光が、ほんの少しだけ、和らいだ気がした。


「さて、と」

蓮は、歪む空間の中で、不敵な笑みを浮かべた。

「作戦会議だ。どうやって、あのお堅い時空警察様を出し抜いてやろうか?」

凛も、決意を秘めた表情で頷く。

「ええ。あの調律師の行動パターンを分析すると…おそらく、規則と論理を最優先するタイプ。ならば、逆に非論理的で予測不能な状況を作り出せば、あるいは…」

「…なるほどな」

蓮の口元に、さらに笑みが深まる。

「つまり、明日開催される、あのカオスな祭りの混乱に乗じて、あいつを引っ掻き回せ、と。悪くない。むしろ、面白そうだ」


空間の歪みは、まだ収まっていない。

だが、特準室の三人の間には、絶望的な状況に立ち向かうための、確かな意志と、奇妙な絆が生まれ始めていた。

決戦の舞台は、翌日に迫った蒼葉祭。

前代未聞のドタバタ大作戦が、今、始まろうとしていた。

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