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第11話:暴走する『石ころ』、迫る調律師

逃げ込んだ先の特準室のドアが、やがて音もなく開いた。

そこに立っていたのは、先ほど廊下で見かけた黒スーツの男――調律師だった。表情一つ変えず、まるでプログラムされたロボットのように、部屋の中へ足を踏み入れる。その冷徹な視線は、真っ直ぐにキィを捉えていた。

「ひっ…!」

キィは、凛の後ろに隠れるようにして、小さく悲鳴を上げた。全身が恐怖で硬直しているのが分かる。


「あなたは何者ですか!」

凛は、キィを庇うように一歩前に出て、毅然とした態度で男に問いかけた。その声は僅かに震えていたが、強い意志が感じられた。

「許可なく立ち入らないでください!」

「おいおい白峰、無茶するな」

蓮は、凛の腕を引いて制止しようとした。相手が普通ではないことは、その異様な雰囲気から明らかだ。下手に刺激するのは得策ではない。

「こいつ、たぶん、キィの次元に存在する『調律師』とかいう奴だ」


調律師は、蓮と凛には目もくれず、ただキィだけを見つめていた。そして、抑揚のない、合成音声のような声で告げた。

「対象『キーパーソン・イオタ』を確認。警告。即時投降を推奨する」

『キーパーソン・イオタ』。

その奇妙なコードネームのような響きに、蓮は眉を顰めた。キィの本名なのだろうか?

「イオタじゃない!」

キィが、凛の後ろから叫んだ。

「ボクはキィだ!」


「所属を明かしなさい!」

凛が、再び問い詰める。

「答えなさい!」

調律師は、わずかに視線を凛に向けたが、すぐにキィへと戻した。そして、淡々と続ける。

「我々は時空管理機構所属、調律師。対象キーパーソン・イオタは、時空法第7条『時間軸への不正規干渉』及び第12条『未認可次元跳躍』に違反。規定に基づき、『確率偏向キューブ』を回収し、対象の身柄を時空管理機構へ移送する」

時空管理機構? 時空法? 確率偏向キューブ?

まるでSF映画に出てくるような単語の羅列に、蓮は眩暈を覚えた。冗談であってほしい、と心底思った。

(…確率偏向キューブ。あれが、あの石ころの正式名称か? そして、キィは…時空犯罪者、ってことかよ)


「そんな…! キィさんが、法を犯したなんて…!」

凛は、信じられないという表情でキィを振り返る。

キィは、顔面蒼白で首を横に振っていた。パニックに陥っているのは明らかだった。

「いや…! 返さない!」

キィは、胸に抱いていたポーチをさらに強く握りしめた。

「この石ころは絶対渡さない! これがないと…これがないと、ネェネを助けられないんだ!」

キィの悲痛な叫びと共に、握りしめられた石ころ――確率偏向キューブが、眩い光を放ち始めた!


「警告!」

調律師の声が鋭くなる。

「キューブの強制解放は予測不能な時空災害を誘発する! 抵抗は即時中止せよ!」

だが、その警告も虚しく、キィの感情とキューブの力が暴走を始める。

ゴゴゴゴゴ…!

特準室全体が、激しく揺れ始めた。地震か!? いや、違う!

壁に、まるでガラスが砕けるような亀裂が走り、その向こうに、見たこともない異次元の風景――捻じ曲がった空間や、奇怪な色彩の世界が、ノイズのように見え隠れする。

部屋の中の机や椅子が、重力を無視してふわりと浮き上がり、ゆっくりと回転し始めた。床は、まるで水面のように波打ち、立っているのもままならない。

物理法則が、完全に崩壊しかけているのだ!


「うおっ!? なんだこれ!?」

蓮は、必死で近くの机にしがみつく。

「空間そのものが…! まるで紙のように歪んでいく…!」

凛も、悲鳴に近い声を上げながら、本棚に手をついて体勢を保とうとしている。

「このままでは、学園全体が…!?」

「キィ!」

蓮は、暴走の中心にいるキィに向かって叫んだ。

「落ち着け! その石を手放せ! 今すぐだ!」

だが、パニック状態のキィに、蓮の声は届いていないようだった。

「いや! いやだぁぁぁ!」

キィは、ただ泣き叫びながら、キューブを握りしめ続ける。光はますます強くなり、空間の歪みも激しさを増していく。


調律師は、表情一つ変えずに、歪む空間の中をキィに向かって歩を進めようとしている。だが、不安定な足場と浮遊する障害物に阻まれ、なかなか近づけないでいた。

このままでは、本当に学園ごと、異次元に飲み込まれてしまうかもしれない。

蓮は、絶望的な状況の中で、必死に思考を巡らせた。

どうすれば、この暴走を止められる? どうすれば、この最大の危機を乗り越えられる…?

答えは、すぐには見つからなかった。

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