表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

第4話 はじまり

「機械仕掛けの野球人?」

「気になることは多々あるだろうが、時間がない。早速作業に取り掛かるとしよう」

 そういうとカイダはサングラスのようなものを取り出した。

 それはレンズが青と赤という、昔の3Dメガネのような奇妙な代物だった。

「起動」

 彼がそう発すると、辺りはまばゆい光に包まれた。


「な、なんだ……?」

「さっきまで通学路にいたよな?」

 通学路だった場所は雑草がほどよく茂る広場となり、青沼も鍵谷も困惑している。

「空間ごと私の管理下に置いて脱出不能にした。もうこれで追加の犠牲者は出ない」

「おいおい、出れないんじゃ意味ないだろう」

 これ以上の被害は食い止めても、ピンチである状況に変わりはない。

 炎はまだ、こちらに殺意を向けているのだから。


 カイダは言う。

「彼らが望むものでケリをつける。9対9の本格的なものでなく、1対1の野球勝負だ」

 カイダによると、ルールは簡単とのことだった。

 外野まで打球をノーバウンドで飛ばせば野手の勝ち。それ以外なら投手の勝ち。

 つまり、得体のしれない相手から外野に打球を飛ばせということだ。

 このやり方でしか、相手を追いやることができないらしい。


「……やろう、青沼。やるしかない」

「鍵谷……」

「どのみちここで食い止めなければ被害者は増えるばかりだ。」

 青沼と鍵谷はどちらも野手。打者側に回るのは確定だ。

 打者側の二人どちらか一方でも勝てばいい。

 相手は投手として立ちはだかる。 

(……どんな球を投げてくるんだ)

 鍵谷が構える。

 揺らめく人型の炎が投球動作に入る。

 それは異形なるものが勝負の法則に従う、不思議な光景だった。

 初球。

 なんの変哲もない直球だった。

「絶好球!」

 しかし、快音とはならなかった。

「何?!」

 手元で沈んだ球はバットの芯を外し、ゴロを打たせた。

「ちくしょう!」

 鍵谷は悔しさのあまり、バットを叩きつける。

 これで残るは青沼のみ。

「おい、カイダさん。何とかならないのか」

「これはあなたたちの世界の戦い。あなたたちの手助けはさせてもらいますが、原則そこへの介入は最小限にと定められています。こちら側の都合でして」

 鍵谷は唇をかみしめる。

 チーム強化のために派遣された選手として情けない失態だった。

 甘いコースに来たことでそれを早く仕留めようとするあまり、手元で曲がる変化球の可能性が頭に入っていなかった。

「肝心のカイダは介入できない。だが、青沼は……」

 部員三人の野球部主将。

 そんな過疎を極めた野球部でまともな研鑽ができるなど、鍵谷は到底思えなかった。

(俺がしっかり決めておけば……)

 鍵谷は俯いた。



 青沼が打席に立つ。

『打力能力値、解析完了』

 炎が告げる。

『打力、E未満。ゴミめ』

 青沼の中で何かが切れる音がした。

 これは自分の能力を見定め、決めつけられたことへの怒りだ。

 実力を証明するための実績が乏しいのは否めない。

 かといって力がないと言われるのは我慢ならない。

「どこのデータを使ったかは知らないが……舐めるなよ!」

 初球、フルスイングするもバットは空を切った。

 鍵谷は先ほどのショックから立ち直れず、青沼の打席をまともに観ていない。

 なんとかしようにも、彼から指示を仰ぐことはできない。

「俺がなんとかしないと」

 独りつぶやき、異形と相対する。

 ふと、昨夏の予選決勝の場面が頭によぎる。

 なす術がなかったあの日のことだ。

(確か直球に強振して……変化球が来て手が出なかった)

 その二球目がまさにそうだった。

 真ん中に変化球。

 青沼はバットを動かさない。

『どうした、怖気づいたか』

 青沼は何も言わず、バットを強く握る。

 

 これは再現だ。

 あの日何もできなかった後悔から、自分はどれだけやれるようになったのか。

 確かに夏からチームの戦力は大幅にダウンした。

 秋は大敗して、心が折れそうなくらい落ち込んだ。

 それでも腐らず、今日までやってきた。

 諦めるものか。


 あの日、もっとスイングが速ければ。

 もっと早くバットを出していれば。

 そういったもしもを積み重ねるのは、今日でおしまい。

「できるとも、今の俺なら」

『終わりだ』

 決めに来た直球は球速こそあれど高めに浮いた。

 あのときは空振りしたが、今度は……。

「勝つ!」

 快音が響いた。


 鍵谷はその音とともに俯いていた顔を上げる。

 外野に転がる打球をぽかんと口を開け、眺める。

「勝った……のか?」

「やった……やったぞ!」


『馬鹿な……!』

「さて、ルール通り敗者は消えてもらおう」

『おのれ。この恨み、必ず……』

「消去」

 カイダが告げると、人型の炎は瞬く間に立ち消えた。


 

 お互いの存亡をかけた戦いはこうして終わった。

 だが、これが非日常のはじまりであり、その入口に過ぎないことをこのときの青沼たちは知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ