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第3話 青い炎

「どうして」

 

 家が燃えている。

 中には家族がいる。

 母、姉、妹。

 炎は大きく、黒い煙を上げて辺り一帯を燃やし尽くす。

 やがて、運び出される3つの身体。

 酸素ボンベをつけられたそれらは、まだ辛うじて息がある。

 赤く腫れた皮膚。

 痛々しい数カ所の火傷を視界に捉え、思わず目を背ける。

 

「どうして」


 実家は全焼した。

 黒焦げた炭同然の木材が辺りに散らばり、もはやそこは人の住める場所ではない。


「どうして」

 すべてが終わった後、答えが返るはずもない問いを繰り返す。

『お前が悪いのだ』

 振り向けど、姿は見えない。

 あたりを見渡しても、警察組織や野次馬の中にそれらしき人影はない。

『目立つお前が悪いのだ』

 続けて声はすれど、やはり怪しいものはいない。

『これは警告だ。大人しくせねば、炎はお前の親しきものへと向くだろう』

 その言葉を最後に、脳裏に響く声は止んだ。

 

 拳を握る。

 夏休みが終わってから最初の連休に差し掛かる頃だった。

 姉と妹、別々に住んでいた彼女たちが一同に会す、貴重な日。

 楽しくなるはずの日は蒼き炎をくべる薪として利用された。

 三人は今も、治療室にいる。


「許すものか」

 身体のうちから駆け上がる激情。

 血が逆流するような怒り。


 実行役として捕まった犯人はある筋の組織の一員を名乗る放火犯だった。

 組織はお前とその仲間たちを標的にしている、いつでも狙える、と何度も証言していたという。

 

 仲間、友人、恋人。

 これまで絆を深めた者たち。

 それらを俺から奪おうというのなら。

 やれるものなら、やってみろ。

 ただし、その返しはより悲惨なことになることを覚悟してもらおう。

 都合など、知ったことか。


「許すものか」


 今は歩みを止めるな。

 その怒りを抱えて、前に進め。

 

 

「ともかく、だ。紅白戦がきっかけで俺をはじめとした主力選手が散り散りになったってことだ」

 鍵谷は夏の大会後からこれまでの話にそう結論づけ、まとめてみせた。

「そうか……そんなことが」

 話を聞き終え、事情を知った青沼はそう言って黙り込む。

 龍山学院の選手たちはチームをとるか大会の出場機会をとるかを選ばされ、チームは解体。

 全国の頂点に立ったチームの面影はなく、全く別のチームになっているのだという。

「ということはエースの大村も?」

「さあ……。俺が抜けた後のことは知らないな。連絡を取り合っているわけじゃないし」

 青沼としてはかつてのチームメイトの動向が気になるところである。

 だが近しい鍵谷で知らないというのだからこれ以上の情報は得られない。

 野球に純粋に向き合う航大しか知らない青沼は彼がどんな選択をしたのか、気になって仕方なかった。


「うわああ!」

 突然、絶叫が聞こえた。ホラー系のアトラクションでも出さないような悲鳴だった。

「校門の外か?」

「……たぶん。ただごとじゃなさそうだ」

 青沼と鍵谷はその声がした方向へ走る。

 一人の生徒が倒れていた。

 全身に青い炎を身にまとい、周辺からは焦げた匂いが充満している。

 青沼は察する。

 これはもう助からない、と。


「何だよ……何なんだこれは」

 鍵谷は言葉を失っている。

「人体発火現象、なのか? にしても、あり得ない。一体何がどうなって、こんな…………」

 突然、目の前の景色が揺らいだ。

 まもなく歪んだ空間からそれは現れた。

 生徒の命を奪った青い炎。

 ホラー映画で見るような、人魂だったそれは一瞬のうちに人の姿をかたどった。

 まもなく人型の青い炎はこちらに向かって手を伸ばしてきた。

 それがどういうことなのか、青沼と鍵谷は瞬時に理解する。

「避けろ!」

 鍵谷の声で青沼は咄嗟の判断で回避した。

 後退した二人は言葉を交わす。

「こいつ、俺たちを狙っている」

「……そうみたいだ」

 得体の知れない怪物は二人を捉えていた。

 対抗策はない。

 今は逃げるしかない。


「走るぞ」

「……おう!」

 二人は相手の隙をついて逃げ出した。

 ゆらめく炎はこちらに追って来ていない。

「撒いたか……?」

 安堵したのも束の間、目の前の空間が揺らぐ。

「な、馬鹿な!」

 青い炎をまとった人型は二人の逃避を嘲笑うかの如く、姿を現した。

『無駄だ、逃げ場などはじめからない』

 二人は動くことができない。

『野球人二名、対象を捕捉。直ちに抹殺する』

「ぐっ……」

『清浄なる世界のため、その反抗勢力たる野球人は全て消え去るべし』

 野球人。

 それはプロアマ問わず、野球に関わる人間ということだろうか。

 この得体の知れない炎の怪物は、その野球人を消すための存在ということだろうか。

「何が目的だ。野球人って何だ。俺たちの存在がダメだっていうのか!」

『終わりを迎えるものに語る意味などない』

 対話、交渉といった引き伸ばしはできそうにない。

 つまり、詰みだ。

 『終わりだ』

 逃げ場はない。

 青い炎の手が近づいて――。

 

「いや、終わるのはそっちだ」

 声がした。

 青沼、鍵谷、敵でもない第三者の声には、妙な懐かしさがあった。

 だが、それが誰のものかははっきりと思い出せない。

 記憶にもやがかかったような、そんなところである。

 両者の視線はその声の主に釘付けとなった。

「よく耐えたな、未来ある若人よ」

「あなたは……?」

 それは確かに人の形をしていた。

 だがその人物は金属製の黒いボディフレームを有しており、一般的に人間と呼べるものとは一線を画す。

 

「形式番号KD-01、通称KAIDA(カイダ)。機械仕掛けの野球人、只今参上。助太刀が必要かね、少年たち!」

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