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第1話 青空の下で

 野球部の練習着を着た少年は静まり返った食堂で一台のテレビ画面に釘付けになっていた。

 画面の向こう側には、かつてバッテリーを組んだ同級生の姿。

『ストライク!』

 マウンドに仁王立ちするその様は、体は小さくとも大魔神のようであった。

『ファール!』

 流石は全国クラスの打者だ。左腕から放たれた剛速球を物怖じせず当ててくる。

 が、試合はもう決していると言っていい。

 二死でランナーはいない。

 全国決勝の舞台は間も無く閉じようとしていた。

 彼の他にも同じく練習着姿の男子とジャージ姿の女子が居た。

 三人は互いを気にすることなく、その行方を見守っている。

 ラストボールは彼の得意とする直球に違いない。

 ……ついに、それは放たれた。

 

『ストライク、バッターアウト!』

 間髪入れず、マウンドへ駆け寄ってくる勝利チームのベンチメンバー、内外野の選手たち。

 ここに夏の全国大会は終わった。


「すごい試合だったな」

 練習着姿の男子生徒が一言こぼす。

「ああ。……俺たちも来年はあそこに立ちたいな」

 誰しもが持つ全国出場の夢。

 それを語ることは悪くない。

 だがしかし、この学校でそれを語るのはーー。

「無理な話だな。青沼」


「なぜ無理って言うんだ! やってみなきゃわかんないだろう、坂下!」

「わかるさ。三年生が引退して、残ったのは何人だ?」

「三人……そのうち唯一の投手は故障で今年は投げられない、と……」

 エース不在。そもそも部員がいない。

「これが何を意味するか、もうわかるよな」

 このままでは試合ができない。大会にも出られない。

「終わりってことだよ」

 京都の私立、青空学園。

 創立五〇年にして、その野球部はいまだかつてない逆境の渦に在った。


 

 人手不足。

 それはこの部活に限った話ではない。

 ほぼすべての部活がギリギリの状態で運営されている。そうなった原因は学校の魅力度にあった。

 平凡な学校行事、見栄えは悪くないが良くもない校風。

 部活動のレベルについてだが、野球部はまだマシな方。他の部は趣味レベルで実績がほぼないという有様である。

 都道府県による一定の援助がある公立と違い、金のかかる民間運営の私立は生徒数の確保に必死。そんな中で青空学園を選ぶ生徒がどこにいようか。

 近年は魅力のある学校に人が流れていく始末で、生徒数は年々減少していった。

 現状に諦めがついた空気が漂い、学校は現状を打破するよりも今あるものを活かしてなんとかやっていく方向にかじを切った。

 各部活で助っ人のレンタルは日常茶飯事で、運動ができる生徒は各部活に引っ張りだこになっている。

 だが、寄せ集めのチームは所詮張りぼての結束力しかなく、日頃から練習を積み重ねている本職相手には敵わない。

 こんなことが数年続けば風通しは悪くなる一方。とうとうその悪い空気が野球部にまで流れ始めた。

 今年の夏までは部員をなんとか確保できていた野球部だったが、三年生引退で正式な部員は三人まで減った。

 しかもうち一人は夏の大会で怪我をし、秋は絶望的。

 野球を指導する監督は転任で変わったが、野球を知らない形だけの顧問なのでいないに等しい。 


 それでも一人、闘志を燃やす男がいる。

 青沼健二郎。チームの新司令塔、キャプテンとしてマスクを被る男だ。

「俺は諦めないぞ」

「現実的に無理だ。あと七人、どうやって集めるつもりだ」 

「そこはなんとか土下座をしてでも入ってもらう。とにかく、秋の大会には必ず出るんだ。単独のチームとしてな」

 合同チームという選択肢を選ばず、単独にこだわる理由のひとつに意思疎通のしやすさが挙げられる。

 同じ学校の仲間というだけで安心感はあると思う。また、同チームがそれぞれ単独チームを組めるようになったとき相手の戦略が読まれるというリスクを防ぐことができる。

「ま、頑張ってくれや、キャプテン。俺は帰る」

「お、おい坂下! 練習は?」

「いくら天候が良くても俺たちだけでまともな練習ができるかよ。じゃあな」

 ぽつんと残される二人。

「……帰っちゃった」

「……俺だけでも、やろう」

「やるの?!」

 青沼の目はまだ生きている。

「できることをやるんだ。そうすればきっと……」 

 彼は信じている。

 野球の神様は応えてくれるはずだ、と。


 

 それから時は経ち、秋。

「負けた……」

 死にもの狂いでかき集めた助っ人たち。

 その結果、単独チームで大会に出ることは叶った。

 しかし、叶ったのはそこまでだった。 

 一次戦である総当たりのリーグ戦は全敗。

 おまけに全試合コールド負けの惨敗であった。


「寄せ集めに期待しちゃいけないのはわかっているんだ。でも、野球はひとりじゃ勝てない」

 グラウンドのトンボがけをしながらひとりつぶやく青沼に呆れた顔をする坂下。

「まだ言ってんのか。そもそもうちが全国に行ける夢を見ているお前がおかしい」

「それは違う! 夏はあと一歩だったじゃないか!」

「あと一歩、ねぇ。お前、わかってないよ」

 スコア上は一対〇。僅差ではあったが内容は散々たるものであった。

「完全試合をやられて、惜しいなんてこと言えるのはお前だけだ」

「そういうお前もあのエース相手に善戦したじゃないか。バットに当てたろ?」

「バットに当てるのとヒットにするのは別物だ」

 坂下は反論するが、青沼は首を横に振る。

「いいや、飛ばなかったのはまだ俺たちに力が足りなかっただけだ。一年あれば力はつく。成長できるんだ、俺たちは!」

「なら、確実にまたあの平峰とやることになる。今度はちゃんと試合になるといいな」

「なるし、させる。きっと、やれる!」

 理想を夢見る青沼と現実主義の坂下。

 正反対のふたりはこうして今日も練習を始める。


「野球部の皆さん、集合してください」

 理事長直々の唐突な招集に青沼と坂下、マネージャーに緊張が走る。

 理事長の隣には他校の制服を来た生徒がいる。

 青沼はその顔に見覚えがあった。

 全国大会にも出ていたリードオフマン。

 二盗三盗御手の物。夏は背番号九の背中が素早く動く姿をよく目にした。

「では、自己紹介を」

「龍山学院高校、鍵谷宗太。特別派遣制度適用で本日から青空学園にお世話になります。よろしくお願いします!」

 

 驚嘆と歓喜が入り混じる。

 青空の下、彼らは夢に向かって進み出す。



「鍵谷も行ったか」

「……うん」

 荒れたグラウンドでふたりの男女が言葉を交わす。

「これで良かったのかもな」

「……どういうこと?」

 女性の声は尋ねる。

「俺たちは全国制覇を成し得た。だが世界一にはなれなかった。この国は世界一を撮るために制度を変えた。全国の野球部の実力底上げ計画。そのための特別派遣制度だ」

「なに納得してるの?! 皆、仲間だったのに離れ離れになって……さみしくないの?!」

 女性の声は叫ぶ。怒りとも悲しみともとれるその声を男性は一蹴した。

「そのきっかけ、はじまりをつくったのがうちの野球部のいざこざだったことを忘れたわけじゃないだろ?」

「それは……」

 女性の声は続かない。 

「仲間、か。実に都合のいい言葉だな。その仲間に裏切られたからこうなっているというのに」

「……航大くんは居てくれるよね?」

「……さあな」

 二人の会話はピタリと止んだ。

始まりました、マイ・プレイス続編。

また、よろしくお願いします。

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