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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隣の化物様

作者: 原佑月

両手にゴミ袋を握り締め、ゴミを捨てに行こうとした時だった。


「あ!ちょっと熊口さん!」


入り口に溜まった枯葉を箒で掃いていた大家さんが、こっちを見るなりイラついた表情で近づいてきた。


「あなた、まだ家賃払ってませんよね?」


でたでた、月末を過ぎるといっつもこうだ。貰った給料なんてほぼ食料費に使ったっての...


「はいはい分かってますよ、そのうち払いますよ、そのうち」


この態度が気に食わなかったのか、大家の丸々しいミートボールのような顔がさらに歪み、さらに声を荒げた。


「何ですかその態度!大体ね、あんたはいつもそのうちそのうち言って、いっつも払っているのは回収日の2日後か3日後じゃないですか!」


このおばさんはキレると「あなた」から「あんた」になることを気づいたのは、家賃滞納2回目の事だ。


「たった2日3日でぐだぐだ言わないでくださいよ!払ってるんだから良いじゃないですか!」


「家賃だけじゃありませんよ!」


歩き話をしながらたどり着いたゴミ捨て場のアミアミの戸を叩き鳴らす。そしてもう片方の手でゴミ袋の中に入っているものを指差した。


「野菜、また残してますよね?」


おかしいな、確か全部食べたはずだけど...?


「...あー、野菜は苦手なんですよ、言ってませんでしたっけ?」


「言ってないも何も、今の世の中、フードロスは世間の常識ですよ!たとえ嫌いだとしても、アレルギーじゃないんだから食べなさい!」


親でもそんな事言わなかったぞ、そんな事。


「全く...今回はしょうがないとしても、次こんな事見つけたら容赦しませんからね!」


「例えば?」


「このマンションから追い出します!」


「頑張りまーす」


「あっちょっ!どこいくんですか!ったく...最近の若者はこれだから...」


ブツブツと愚痴をこぼす大家さんを尻目にマンションに向かう。帰って仕事をしなきゃ、また怒鳴られてしまうからな、まったく。


マンションのある一室、つまりは自分の部屋を見上げた時、ふとあのことを思い出して、振り返って大家さんに呼びかけた。


「大家さーん!」


「何ですかもう!」


「こないだ隣が騒がしかったんですけど、誰か引っ越してきたんですか?」


「え...ああ、そうですよ、可哀想なことにね...」


隣の話題になると途端に声が弱々しくなる。これは大家さんだけではなく、他の、もしかするとこのマンションの住民全員がこうなる。


なにしろ、自分の隣は、そう...事故物件なのだから。


「へえ...どんな人が?」


「金に困った感じの若者ですよ、いつもと一緒です」


「ふうん...」


「そんなに気になるなら自分で住めば良いじゃないですか?」


「何言ってんですか、『いのち大事に』は僕のモットーですよ?それに職業柄、インタビューして創作に落とし込む方が、自分としては楽なんですよ」


今更だが、僕は小説を売っている。しかし職業とはいうものの、一向に稼げずバイト三昧である。


「ああ、そういえば小説書いてたんでしたっけ?一・向・に・稼げてないそうですけどね?」


人の弱みを考えるとすぐにやける。これだからこの人は嫌なんだ、さっさと部屋に戻って仕事しよ。

________________________________________________

その日の昼あたり。ネタを探しにネットサーフィンしていた時だった。


「あのー、すいませーん、隣に引っ越してきたものなのですがー」


若い女性の声と共に、ドアがノックされる。ああそうだ、インターホン壊れてたんだったわ。


「はいはい、今行きますよー」


ドアを開ける前に覗き穴を覗く。大家がここに来ることもあるからすっかり癖になってしまった。


しかし今、目の前にいるのは大家ではなく、黒髪のショートヘアーに少し焼けた肌、大きな目玉に整った顔立ち。なるほど、これは良い女だ。丁重にもてなさなければな!


「あ、こんにちは!」


ドアを開けると、冬独特の乾いた風が暖房で暖まった肌を萎縮させた。この女はその風をずっと浴びながらも、少しもこわばらせることなく顔を合わせて1秒でにこやかなスマイル。


あの大家もこの笑顔を見習ってほしいものだ。


「私、この間引っ越してきた小野宮小夏って言います!これ、つまらないものですが...」


そう言って手渡されたものはトイレットペーパーだったりラップだったりといった日用品ばかりだった。


小野宮さんはどうやらこちらの反応を伺っているようだ。


「ああ、ありがとうございます!あの、自分は熊口半斗、半分の半に北斗七星の斗です。これからよろしくお願いしますね!」


笑顔には笑顔で返す。そうしたら後々面倒なことが起きにくくなって済む。現に小野宮さんは少し緊張がほぐれたようだ。


「はい!こちらこそよろしくお願いします!」


それから僕たちは、この団地のルール、大家の人柄、周りの住民の特徴といったことを話した。


すると突然、思い出したかのように小野宮さんが言い放った。


「そういえば、熊口さんって幽霊とか見えたりします?」


「え...?いや〜見たことないですねー...」


「そうなんですか!不動産屋の人から聞いたんですけど、私の部屋って事故物件みたいなんですよ!」


あの不動産屋め、事故物件のこと言ったのか。次に会った時に問い詰めてやろう。


それにしても、どうして小野宮さんは少し嬉しそうなのだろうか?少し聞いてみるとしよう。


「心霊系、好きなんですか?」


「はい!しかも結構お金にも困ってて、そんな時ちょうど事故物件を紹介されたので助かりましたよ〜!」


事故物件に助けられるとか聞けるのはこの時だけだろう。


その後、小野宮さんは好きな怪談とか都市伝説を語ろうとしたが、日が暮れてきたこともあって、僕と小野宮さんは部屋へと戻った。


「一体いつまで持つかな...?」


独り言を呟くのも僕の癖になっている。そのまま部屋に戻り、またパソコンと向き合う。今度は無闇に探すつもりは無い。


小野宮小夏という名前を検索してみる。あの顔と名前に見覚えがあったからだ。


『陸上の怪物、小野宮小夏!』


『怪物の走りは止まらない!小野宮小夏特集!』


『儚く散った陸上の怪物』


小野宮小夏。中学から高校卒業まで陸上一筋の女....というわけではなく、勉強も出来て人柄も良い、文武両道に花を持たせたような存在。


ここまでは完璧という言葉が似合いそうだが、練習中に大きな怪我をしてその華やかな選手生命はあっけなく散った。


「そして今に至る...と」


これは良いネタになりそうだ。明日また伺ってみよう。

_____________________________________________

「心霊鍋パーティ?」


「そう、パーティって言っても僕と小野宮さんだけですけどね。それにほら、幽霊ってよく暗いところとか水場に出てくるっていうじゃ無いですか?鍋のお湯で出てきたりしないかなーなんて」


朝の寒い時間、たまたま入り口でバッタリ出会って2人ともゴミ捨てに行くということなので、一緒に行くついでに今後の計画について話してみた。


決して入り口で待っていたわけでは無い。決してだ。


「なるほど、つまりあなたも幽霊に興味があると!」


おっとこれは火をつけてしまったかもしれない。


「はは、まあ確かに興味はありますよ。それに、言ってなかったと思うんですが、自分、小説を書いていましてね。もし生きて帰れたら今後のネタには困らなさそうじゃ無いですか?」


「なるほど、じゃあもしその小説が出来たら、読ませてもらっても良いですか?私すごく気になります!」


枯れ葉がゆらめく冬の朝。嫌になるような冷たさと風があっても、彼女の笑顔は太陽のように輝いていた。


ああ、本当に綺麗だなこの人は。こうして僕の小説ファン第1号が生まれた。よくよく考えてみれば、今までいろんな人が隣に引っ越してきたけど、自分の小説を読みたいと言ってくれた人は今のとこ彼女だけだった。


「ええ、いつか必ず...」


「やれたらやる」の精神でやってきたけど、こうなった以上は、ちゃんとやらなきゃなあ...と、ボーッと天を見上げていたところに、ドスドスと重厚感のある足音が近づいてくる。


「熊口さん!今日こそは払ってもらいますからね!」


「おっとまずい!小野宮さん!一緒にこれ捨ててくれますか?」


「へ?ああ、はい」


キョトンとした小野宮さんに袋を押し付け、アスリートの走り方を真似て大家さんから距離を離す。


もう少しダイエットした方がいいですよ、大家さん。

_____________________________________________


「それじゃあ!私の引越しにかんぱ〜い!」


「かんぱーい」


ピンクや白に統一されたカーペットやカーテン、ベットの横にはラッコのぬいぐるみ。


そんな女子力全開な部屋のど真ん中に、明らかに似つかわしくない、真っ白な湯気を噴き上げる、漆の塗られた灰色の鍋が我が物顔でガスコンロの上に居座っていた。


僕と小野宮さんは缶ビールを勢いよく打ちつけ、そのままグビっと流し込む。鍋の湯気越しに映る小野宮さんは茹で上がったようで、とても美味しそうに見えた。


「いやーすいませんね、具材これだけしか持ってこなくて」


「いえいえ、大丈夫ですよ!私のためのパーティーとはいえ、私が何も用意しないというのもアレですし」


鍋の中には牛肉、春雨、椎茸、鶏肉、豚肉などの多種多様な食材が、昆布だしの湯船に浸かっていた。


「それにしても、一週間くらいここで生活してきましたけど、何も心霊現象っぽいことが起きないんですよね〜物が動いたりしないし、写真撮ってもオーブとか映らないし、寝ても悪夢を見たりとかしないし、もしかして私、『また』騙されたんですかね?」


普通事故物件じゃないと知れば喜びそうな物だが、小野宮さんはよほど幽霊に会いたいらしい。


「実はね、あなたの前に引っ越してきた人も、その前の人も、そのさらに前の人も、同じこと言ってたんですよ」


「そうなんですか?じゃあほんとに違うのかな...?」


「そうとも言い切れないんですよ、前に引っ越してきた人は、全員ここに引っ越してきてから行方不明になっているんです。監視カメラにも何も映ってないから、警察もお手上げだそうですよ。それより......」


机に少し乗り出し、小野宮さんの顔を覗く。


「少し気になるんですけど、また騙されたってなんのことですか?」


僕は間髪入れずに小野宮さんに質問した。良いネタがそこにありそうな気がしたからだ。小野宮さんはその質問に少し顔を曇らせ、次に何かを決心したように、もう一回ビールを口に運んだ。


そんなに飲んだら吐きそうになるってほどに。小野宮さんは缶ビールを勢いよく机に叩きつけ、そのまま前に身体を乗り出した。


「元カレにぃ!騙されたんですよお!」


そう叫ぶと、今度は後ろに倒れて寝っ転がり、大きく大の字になった。


「私のことあんだけ好きだ好きだ言ってた癖に、映画見に行ってイチャイチャデートして遊んだらはいさようならですよ!そんなのあんまりじゃないですか!そこに立て続けて足を怪我して陸上も諦めろって言われて!ふざけんなよマジで!」


酔いが回ったのか、自分が惨めに思えたのか、小野宮の顔は赤くなっていた。


「はいはい落ち着いて、あまり床をバンバン叩かないの」


近くに歩み寄り、水を飲ませて、ついでに鍋の中の野菜を詰め込む。


「ふぉうは言っても、やっはりくやひいじゃないですか」


野菜を全部飲み込み、少し苦しそうな顔を見て、ちょっと笑ってしまう。


「ねえ、半斗さん」


「なんでしょう?」


あえて下の名前で呼んだことは気にしないでおこう。


「私たちぃ、今飲んでるじゃないですかぁ?そのせいで少し体が熱いんですよねぇ...」


小野宮が身体を起こして、僕の方へ寄りかかってくる。


「けどぉ、嫌な思い出話して、なんというか、心は寒い?みたいな?えへへへ」


さらに身体を持ち上げ、顔を肩に乗せた時に小野宮は耳元で囁いた。


「私のこと...慰めてくれませんか......?」


これはいわゆるアレだな、アレ。やっと来たかこの時が、ようやくこの女を喰えるんだな!


とはいえ、小野宮は少し飲み過ぎている。小野宮の肩を掴んで、ポワポワしている小野宮に優しく話す。


「じゃあまずはその服を脱いでくださいね、その方が食べる時に面倒なことが起きないで済みますから」


「えぇ〜?私食べられる前提なんですか〜?」


そう言いつつも、小野宮はせっせと服を脱ぎ出す。その間に、窓は開いてないかを確認して、カーテンを閉める。


「そういえば小夏さん、幽霊系のもの好きだって言ってましたよね?」


「それがどうかしたんですか〜?」


「いや、他のものはどうなんだろうな〜って、UMAとかの」


「私そっちの方はあまり信じてないんですよね〜。というか、カーテン閉めるって他の人に知られちゃ嫌なタイプですか?」


振り返ると、小野宮はすでに下着姿に変貌していた。やはり元アスリートなだけあって、肉体の引き締まりが素晴らしい。


「面倒事は嫌いなんだ」


「独占欲強いタイプだ〜」


この部屋には2人だけ、今はもう他の人は大体寝ているだろう。小野宮はついに裸となり、ベッドに横たわって色っぽく誘惑してくる。さあ、お楽しみの時間だ。

_____________________________________________


この一連の作業を繰り返してきて、学んだことがある。肉にもよるが、生で食べるよりも、茹でたり、焼いたり、蒸したりした方が美味しかったりする。


しかし、今回の肉は違う。どれをとっても最高に美味しいのだ!どの部位を、どんな調味料で、どういう風に仕上げても、全てが美味いのだ!


とはいえ、やはり生で食べるのが一番手っ取り早いし素材がよかったら、他の食べ方より上手い時がある。


世の中、やり方によるもんだとしみじみ思う。鍋でグツグツ茹でられてる大きな肉をつつきながらそう考える。


春雨とか椎茸とかいう変なものは全部食べさせた。今はこの肉のソロコンサートだ。


「お!きたきた!」


箸に挟まれた目玉を眺め、思わず舌なめずりしてしまう。こんなに大きな目玉は見たことがない!だからしょうがないことなのだ。


「いただきます!」


「いのち大事に」食べる前に手を合わせ、これから食べる命に敬意を払う。これも学んだことだ。というわけで、さっそく眼球を口に運ぶ。この少し固いがコリコリとした食感、この後に視神経をチュルッと吸い上げるこの感じがたまらない。


んん〜!眼球が口の中でバウンドしまくっている!やはり眼球は面白い食感がして良い。口の中の眼球を飲み込む前に、

次に食べる部位を探そうとしていた時、ふと思い出した。


「家賃まだだなぁ...あ!」


鍋から離れ、ベッドの近くにほったらかしにされていたバッグを漁る。持ち手についているキーホルダーやら小さい変な生き物のぬいぐるみやらが邪魔で、面倒だから千切ってしまった。


あとでゴミ袋に入れておかなければ。まあそんなことは後にして、今はお金のことを考えよう。


「お!あったあった!」


ピンクに染められた牛革の財布を漁り、中のお金を手に入れる。大体はバイトで稼げるもののそれでも食費で7割持ってかれる時がある。節約しなきゃと思いつつも、やはり食欲には抗えない。


そういう時は引っ越してきた隣の人を食べて、家賃を稼ぐ。たまにしかできないが、とても効果的な作業...だと思っている。


今回の収穫は残りのバイト代を合わせて軽く2ヶ月分にはなるだろう。腹も財布も満たされた事に満足し、そろそろ後片付けを始めようとしたところ、ふと姿見に写る自分の姿が目に入った。


口は耳あたりまで裂けて、喉の奥からグルグルと音を立てている、人間とは程遠い顔立ちなのに、首から下はどこからどう見たって人間という少しおかしな、いや自分としては普通なのだが、そんな姿を見て、ちょっと笑ってしまう。


笑うと今度はグッグッグと音を鳴らす。


そうだそんなことしてる場合じゃないんだった。調味料や食器を元の場所に戻して、鍋の血のスープを飲み干し、出汁に使った骨を噛み砕く。その他は全てゴミ袋に突っ込む。


ゴミ袋というのはほんとに素晴らしいものだと思う。どんなに高価なものも、どんなに有用なものも、この中に入れれば全て等しくゴミになるのだから。


あらかた片付いた小野宮さんの部屋を見て、スッキリした気持ちを胸に、そしてゴミ袋を両手に抱えて外に出た。枯れ葉がひらひらと、入り口を掃除している大家の元へと落ちていった。




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