森平瑛人ーその1ー
四月十四日ついにこの日が来た。
耳には心地よいビートルズの曲が流れている。
そして今俺は大阪にいる。
目的の場所までは歩いて三十分ぐらいかかるが、気持ちの良い風が吹いていたので歩くことにした。
歩きながら以前、大阪に来た時のことを思い出していた。
俺が大阪に来るのは今日で二度目である。初めて来たのは中学三年生の修学旅行で、長野県の公立中学に通っていた。
少し変わった学校で修学旅行の場所をクラス単位で決める学校だった。
おそらく真面目なことで有名だったため、勝手な行動をする者などいなかったからだろう。
何故、自分のクラスが大阪になったのかを思い返してみると数秒後には一人の女が頭に浮かんだ。
女番長。それが彼女のあだ名……というよりは称号である。
見た目はちびまる子に出てくるみぎわさんに瓜二つだ。
どうやってか定かではないが、三年生の頃にはほとんどの女子生徒を従え男子の中にもいわゆるパシりをさせられている者もいた。
そんな女番長と三年で初めて同じクラスになった。
女番長は無類のお笑い好きらしく、当時流行っていた芸人が大阪で握手会を行う日がたまたま修学旅行の日程と重なっていたらしい。
「これは運命よ」
女番長の高らかな声がクラスに響いた記憶がある。
「みんなも大阪がいいわよね?」
と全員の顔を舐め回すように見た。
俺は行き先云々ではなく、旅行自体に興味がなかったのでボーっと窓の外を眺めていた。
異論は全くでず、満場一致というより支配されて大阪に決まった。
どうでも良かったこの結果が自分に夢を持たせることになるとは思いもしなかった。
修学旅行は二泊三日のスケジュールで、1日目は大阪の名所を巡るありきたりな内容だったと思う。何せ全く興味がなかったので、はっきり覚えていない。
二日目は集合時間まで班行動ではあるが、全て自由というこれまた普通ではない予定だった。これは確かな記憶だ。
俺は運が良いのか悪いのか女番長と同じ班になった。
特にしたいこともなく楽しみにしていたわけでもないので、女番長の行きたいところを半日ほど回った。他のみんなは、行きたい場所があるのに言い出せないのだと思い
「あの公園を集合場所にして17時まで一旦解散にしないか?」
と提案した。
彼女はこちらを見ることなく
「そうね。私もあまりついて回られると迷惑だしそうしましょ」
とひねくれた言い方だったがOKしてくれた。
みんなが俺に助かったと言い残しそそくさとその場から離れて行った。今思えばみんな本当に情けないと思う。
特にあてもなかったがジッとしているのもつまらないので俺もブラブラすることにした。
公園を横目に見ながらメインストリートからはずれた静かな道を迷わないように真っ直ぐ歩くことにした。迷うことを恐れた選択が、運命の出逢いに繋がることをこの時はまだ知らない。
公園から10分ほど歩いたところにこじんまりしたいい雰囲気の店が見えた。
そこも横目で見ながら通りすぎようとしたその時、俺の目にあるものが飛び込んできたと同時に叫んでいた。
「タートルズだ!!」
タートルズとはアメリカンコミックのキャラクターである。
小さい頃テレビで見て以来俺を虜にしてきた四人組のヒーローだ。
名前の通り亀のヒーローで色々な種類のグッズが販売されていることを知ってはいたが、
流行していた頃から十年近くたった今あまり店頭に並ぶ姿を見なくなっていた。
そんなタートルズの四体セットのフィギュアがあれば叫んでしまうのも無理はないだろう……と自分では思う。
すぐに店内に入ると今までタートルズしか見ていなかったが、決して広いとはいえない店内にところ狭しと洋服が並べられていた。
その洋服に埋もれるようにしてカウンターがあり、その奥におじさんとおじいさんの間ぐらいの年齢の人がこちらを見て微笑んでいるのに気付いた。
「いらっしゃい。その亀タートルズっていうのかい?」
びっくりして咄嗟に
「知らないのに飾ってあるんですか?」
と聞き返してしまった。
それが俺と店長の初めての会話になる。
タートルズの話を詳しく聞きたいと店長が言って来たので簡単に説明した。店長は四体に名前はあるのかも聞いてきた。
俺は得意気に答えたと思う。
タートルズは一体ずつ色違いのハチマキをしている。赤がラファエロ、オレンジはミケランジェロ、紫がドナテロ、青がレオナルド、この四体でタートルズなのだ。
店長は興味深そうに
「みんな芸術家の名前なんだね」
と頷いた。
俺がそんなことを知るはずがない。
けれど新発見ができたことに胸が踊った。
今度は俺が気になることを質問した。
「この洋服って古着なんですか?」
「そうだよ。私は古着が大好きでね、こんな風に古着に囲まれて生活するのが夢だったんだよ」
と幸せそうな顔をした。
「君も古着が好きなのかい?」
「ファッションには全く興味なかったんだけど、あのオーバーオールを見てると古着ってカッコいいなって思います。服をカッコいいなんて思ったのは初めてです」
オーバーオールが、目の前に置かれていることに気付いたのとほぼ同時に
「このオーバーオールを君に譲ることにしよう。ただし条件がある」
どんなことを言われるか少し構えたがなんとしても手に入れたかった。
「どんな条件です?」
あえて挑戦的に聞いた。
「何年後でも構わない。私が生きている間にこの店に働きに来てくれないか?君がオーバーオールに引かれたように私は君に引かれたんだ」
「そうさせてください。俺、古着についてもっと詳しくなって必ず戻って来ます」
そう答えられたのは5分ぐらいしてからだったと思う。しばし放心していたからだ。
「約束だよ。もし来なかったら地獄からでも取り返しに行くからね」
店長の顔は天使のような笑顔になった。
「そちらこそ忘れないでください。僕にとって初めての夢なんですから。今日はもう時間なので行きます」「それではまた逢う日まで」
店長はオーバーオールが入った紙袋を渡してくれた。俺は深くお辞儀をして店を出た。
そんなことを懐かしんでいる内に公園に着いた。
あれから七年たった今も変わっていない景色に安堵する自分がいる。
大きく深呼吸をして、また古着屋向かって歩き出す。