幸運缶コーヒー
ホラー風味ですが血や内臓は出ません。
「よし、減ってるな。千客万来・商売繁盛!」
俺は鼻歌交じりにがこん、がこんと音をさせて“幸運缶コーヒー”を自販機にセットしていく。
この缶コーヒー。味は普通のミルクコーヒー。でもその名の通りちょっとした効果がある。
補充し終わると、いつもの女がやってきた。
「おじさん、いつもの1本頂戴」
屈託なく笑う女は、近くの事務所に所属する声優の卵だった。
出会った頃は鳴かず飛ばずで25歳の崖っぷち、だがこのコーヒーを飲み始めてからは主役を次々とゲットし、次は初のソロコンサート、だそうだ。
「毎度。いつものか?」
「勿論! 次は宮沢俊監督の最後の映画だから絶対出たい。ううん、出るの!!」
彼女は邪念だらけの実にいい表情で笑い、その場で開けて飲む。
人間の欲望は留まることを知らない。俺にとっては好都合だけど。
「ああ。あの有名アニメ映画の人か?」
俺は適当に話を合わせる。
「うん。この前オーディション受けたんだ。今日結果が……来た。やった! 主役の“リン”、私に決定だって! おじさんも映画見てね!」
得意気にスマホでメールを見せながら空き缶を俺に返し、弾むように事務所へ舞い戻る彼女を見送る。
「だけどなァ……借りたら返さないと、なァ?」
俺はくくっと喉奥で笑い、彼女から返された缶を積み上げる。
数にして25本。よくもまあこれだけ“幸運の前借”を使ったものだ。
本当に馬鹿な女。自分だけに降り注ぐ幸運なんて疑うべきなのに。
ま、意図的に教えなかったけどさ。
俺は人差し指で積み上げた缶を指ではじくと缶は崩れて消えた。
少し経つと、遠くからは救急車のサイレンが聞こえ、事務所の入っていたビルは、にわかに騒がしくなる。
俺は作業着を脱ぎ捨て、仕事着の黒スーツのジャケットを羽織ると、“彼女”を回収しに事務所へ向かった。
*
「あと57,128人か。いつ終わるかね」
目標は66,666人。道のりの遠さにため息しか出ないが、地道に行くしかない。
ああ、そこの人。そう、これを読んでるあんただ。
あんたも“幸運缶コーヒー”、1本どうだ?
飲めば極上の幸運があんたのもんさ。
おっ、買う? 毎度!! 金か? 今はいらねぇよ。
代金は天引き。キャッシュレスで簡単だろ?
ったく何だよ。そのシケたツラ。“タダより高い物はない”って言いてぇのか?
「……なーに。タダじゃねぇから、心配すんなって!」
代金はほんの少しのお前の寿命。缶コーヒー数本で満足できるなら、な?