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アイビーに絡まれて  作者: 夢乃間
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アイビーに絡まれて

最終回です

咲が死んだ。


私が公園のベンチで眠っている間、先に家に向かっていた咲が家に押し入って百合を包丁で殺そうとした。包丁は百合の腹部に刺さってしまい、それに対し百合は咄嗟に近くにあった果物ナイフで顎の下から上に突き刺した。

救急車で搬送された二人だったが、咲は搬送中に死亡し、百合はお医者さんの迅速な対応で一命を取り留めたが、傷跡が残ってしまった。


この一連の出来事を警察から聞かされた。胸の奥、心臓よりももっと奥の所から氷のような冷たい空気が全身を張り詰めていく。聞こえていた音はノイズで掻き消され、目の前に見える二人の屈強な警察官がアニメのキャラクターのような、非現実的な存在だと認識される。

これは現実を受け入れたくない防衛本能みたいなものだ。今見ている、聞こえているものは全て夢だと信じ込む弱い自分の足掻きだった。

けど、そんな自分を理解できる自分が、今いるこの世界が現実である何よりもの証拠であった。


警察署から解放され、私は呆然としながらも自然と足は百合が入院している病院へと向かっていた。病院に着き、受付の人に百合の部屋を尋ねると、対応してくれた若い女性はニコニコと笑いながら部屋の番号を教えてくれた。

部屋の前に辿り着き名札を見ると、沢城百合 とだけ書かれてある。この部屋には百合しかいないようだ。扉を開ける瞬間、どういう表情で彼女に会えばいいかを考えてしまった。

咲が百合を殺そうとした原因を辿れば私だという事は分かっていた。だがそれは、今さっき分かったばかりのこと。咲を家に呼んだ時の自分では考えもしなかった事だ。

しかし、分からなかったとはいえ、百合を危険に晒してしまった。場合によっては百合が殺されていた可能性もあったんだ。そんな自分が彼女にどんな表情で会い、どんな言葉を掛けてあげればいいのだろう。

分からない・・・けど、それでも百合と会いたい自分がいた。信じたくない現実を押し付けられ、傷付いた自分を癒してほしい自分が・・・。


「・・・百合。」


傷付いた自分を癒してほしい身勝手な思いから、私は部屋の扉を開けていた。部屋に入ると、病院らしいアルコールや清潔な臭いが部屋の中で充満しており、そこに百合の匂いが混ざっている。

一番奥のベッド。そこに、百合がいた。沈んでいく夕陽を窓越しに見つめていた。


「百合・・・。」


か細く震えた声で私が彼女の名を呼ぶと、彼女はゆっくりと私の方へと振り向く。悲しい顔、あるいは弱った顔を見せるかと思いきや、彼女は柔らかな笑みを私に見せ、何も言わずに窓際に置いてあった椅子をポンポンと叩いた。

私は顔を下に俯きながらも、目だけは百合を捉え続けながら椅子に座る。


「百合・・・大丈夫、なの?」


「まだお腹は痛いかも。でも、大丈夫よ。」


「そっ・・・か。」


会話が続かない。いや、会話を続けられないんだ。自分の所為で怪我を負ってしまった事に対する申し訳なさから、私は何も聞く事が出来なくなっている。


「美央の方は大丈夫だったの?あの人に何かされたとか?」


「え・・・いえ、なんにも・・・。」


「そっか、よかったー。」


そう言って彼女はまた微笑み、私の手の上に手を乗せた。彼女の温かさが凍えきった私を溶かしていく。自然と私は彼女の太ももに顔をうずめていき、そんな私の頭を彼女は優しく撫でながら温かく迎えてくれた。


「美央、辛かったよね。親友だった人を失ってしまって・・・ごめんなさい。」


「なんで・・・百合が謝るの・・・?」


「だって、私が殺しちゃったんだもん。」


そうか・・・自分ばかりが辛い思いをしていたけど、百合も同じだ。私の親友である咲を殺してしまった申し訳なさを感じながらも、私に向き合ってくれているんだ。それなのに、私は現実を受け入れられずに甘えている。姉としての威厳がない。


「ねぇ、咲さんを失って悲しい?」


「・・・うん。」


彼女を殺そうとした咲に対して怒りは湧いてこない。ただひたすらに、咲を喪失した悲しさと、自分の無自覚さに苛立ちを覚えていた。咲が彼女を殺そうとしたのも、私が原因だったから。


「私も咄嗟にとはいえ、あの人を殺してしまった事に対して、申し訳ない気持ちはあるわ。もっと前から、三人で遊んでいた時からもっと咲さんを理解してあげれば、こんな事にならなかったかもと思ってる。」


「・・・私も、もっと早く咲の気持ちに気付いてあげられたら・・・。」


「・・・でもね、咲さんがいなくなって、ホッとしてる私がいるの。」


「え?」


「咲さんがいなくなったお陰で、お姉ちゃんは私の物になる・・・なんて、自分勝手で醜い考えがどこかにある。そんな自分が、嫌になるわ。」


「違う!」


彼女を押し倒すような形で抱き着き、私は彼女の体を離れなれないように強く抱きしめた。


「自分勝手なのは私の方だよ・・・美央と咲を仲良くさせようとしたのも、どっちか一人を選べなかった自分の弱さがあったから・・・そのせいで、咲は死んで、百合は怪我を負っちゃったんだ・・・!」


「私を・・・恨んでないないの?」


「恨むなんて・・・そんなわけないでしょ・・・!」


「私の事・・・まだ好きでいてくれる?」


「当たり前だよ・・・本当に・・・本当に、無事でよかった。」


「そう・・・よかった。」




それから数日が経ち、彼女は退院した。退院祝いだなんて明るい事は出来ず、ただずっと私達は家の中で抱き合った。お互いがまだここにいる事を確かめるように。

それからさらに数日もすれば、私達は元の日常に戻りつつあった。夏休みが半分も無くなってしまい、私は自分の宿題をこなしながら、彼女の分も見てあげて進めていき、それなりにあった量を一日で終わらせる事が出来た。

宿題が終われば後の半分は自由に過ごす事が出来るので、私は百合に「どこに行きたい?」と尋ねてみたが、彼女は「どこにも行きたくない。この家で美央と一緒にいたい。」と返す。

そんな訳で、私達はせっかくの夏休みだというのに、残りの期間を家で過ごすという何とも平凡な計画を立てた。けど、誰の目も気にせずに彼女と過ごせるのは素直に嬉しく、そして幸せだ。


夏休みが終盤に差し掛かり、私達が住む街で花火大会が行われた。花火は二階からでも見えた為、私達は家で花火を見ていた。様々な色、様々な形をした花火が空に広がり、その一つ一つに私達は感想を言い合いながら楽しんでいた。


「あ、お茶がもう無い。百合の分も新しいの持ってくるわ。」


「うん、お願い。」


コップを二つ持ち、階段を下りて一階のリビングのテーブルにコップを置いて、キッチンにある冷蔵庫を開けた。冷蔵庫の中にはあらかじめ作っておいたお茶が入っており、作っておいて良かったと小さな幸せを感じる。


「よかった、作っておいて。」


お茶を手に取った時、ふと私は考えてしまう。それは咲が家に押し入る前に彼女が警察に通報していた事だ。何故彼女は通報したんだろう?いや、凶器を持って家の前にまで来ていたのを目にすれば、通報してもなんらおかしくはない・・・だけど、それは不可能だ。


「どうしたの?」


背後から突然声を掛けられ、私は思わずビクリと体を震わせてしまい、持っていたお茶を床に落としてしまう。振り返ると彼女が微笑みながら立っていた。


「お茶、こぼしちゃったね。拭いておくから、二階で待ってて。」


「・・・ねぇ、百合。」


駄目だ、聞いちゃいけない。


「どうして警察に通報したの?」


「・・・どういう意味?」


「おかしいんだよ。だって、咲が家に入る前に通報したんでしょ?」


「それは、咲さんが包丁を持って家の前まで来ていたから。だから、通報したんだよ?」


「百合、それは無理だよ。」


「どうして?」


「家の窓から玄関先は見えない。道も塀が邪魔をして首から上しか見えないんだよ?」


「・・・。」


どうして黙っちゃうの。早く否定してよ。私の浅い推理もどきなんか笑ってみせてよ。なんで、なんで何も言わないの?

これじゃあ、まるで・・・そう、まるで咲が百合の事を殺しに来る事が分かっていたみたいじゃない。


「百合・・・なんで、黙ってるの?」


「・・・。」


百合は未だに微笑み続けている。ピクリとも表情を動かさず、微笑みながら私を捉えたまま。


「ねぇ、何か言ってよ・・・違う、とか。そんなの下らない、とかさ・・・。」


「・・・。」


「・・・分かってたの?分かってて、咲を家に入らせたの?」


もし私の考えが正しければ、百合は咲が殺しに来る事をあらかじめ分かっており、警察が来るタイミングで咲を殺した・・・咲を殺した?待て待て、それじゃあおかしい。だって、殺されそうになったのは百合の方だ。それに咲が来るのを百合が分かっていたのなら、待ち構えて殺したり、逃げ出す事も出来たはず・・・いや、違う。

私は、私達は騙されていたんだ。百合は意図的に咲を家に招き入れ、包丁に刺されたんだ。そうして、あらかじめ忍ばせていた果物ナイフで一突き・・・あくまで殺されそうになったから咄嗟にナイフで殺してしまったかに見せる為に。


「百合・・・あなた、もしかして―――」


その続きを言う前に百合が私に詰め寄り、強引に押し倒してきた。逃げ出そうとするが、百合に両手を抑えられて起き上がる事さえ出来ない。


「百合・・・や、やめて・・・!」


「なにが?」


「わ、私も・・・咲と同じように―――」


「しないよ。」


その百合の言葉は、私が考えていた事が真実だと証明する何よりもの証拠だった。


「どうして・・・どうして殺したの・・・分かってたなら、逃げればよかったじゃない・・・!」


「だって、これでお姉ちゃんの大事な人は私だけになったでしょ?」


「百合・・・あなた―――」


百合は私の唇に自身の唇を押し当て、私が言おうとしていた続きを封じた。唇を離すと、百合は縦に立てた人差し指を私の唇に当て、虚ろな瞳で私に囁いた。


「愛してるよ、お姉ちゃん。だからこれ以上は、シー・・・だからね。」


軽い登場人物紹介


【美央】 女性 17歳 

・百合の姉であり、彼女に想いを寄せる女性。血の繋がりがある百合と恋人になりたいと思って

いるが、それと同時に親友である咲にも僅かな恋愛感情を持っている。願わくば二人と恋人になりたいと考えてはいるが、それは百合と結ばれた際に残された咲が不憫に思えてしまうから。


・面倒見がよく、学校の成績もいい。誰とでも話せるが、男性とだけは少しだけ緊張する。


・顔もスタイルも良く、学校内でも外でも目を惹かれる容姿をしている。


・得意料理は野菜がタップリ入ったシチュー。


・実はギターを弾ける。


【百合】女性 15歳

・姉である美央に想いを寄せている女性。幼少期から美央に恋をしており、他の人を好きにならないようにどこへでもついていっていた。美央の方から襲ってくるのを待ち続け、中学に上がってから美央に襲われた事で、前よりも積極的に動くようになった。


・美央以外の人間には興味が無く、美央を狙おうとする人物はあの手この手で何とかした。


・美央の親友である咲を実はあまり嫌ってはいなかった。しかし、美央の体から咲の香りが色濃く残っているのを嗅ぎ当て、そこから排除するべき対象に変わってしまう。


・姉と同じく成績優秀で、特に運動系は天才と言われるほど。いくつか誘いが来たが、それら全て断っている。


・綺麗な黒髪で姉と同じく顔も整っている。その容姿の美しさから、校内では高嶺の花と呼ばれている。


・友達は作ろうと思えばすぐに作れるが、本人が姉以外に関心が無い為、友達はいない。


・得意料理はロールキャベツ。


・ステルスなメジャーの人の歌をよく聴いている。


【咲】女性 17歳

・美央の親友であり、彼女に想いを寄せている女性。百合と同じく幼少期から恋心を持っていたが、百合がいつもついてきている所為で中々二人きりになれず、段々と百合に対して嫌悪感を露わにしていく。高校生になると、美央は他の友達にも構うようになり、自分の想いも知らないで他の子に行く美央を恨んでしまう。しかし、美央が家に訪ねてきた時、最初に頼ってきたのが自分だという優越感から、美央が自分の事を好きなのだと勘違いしてしまう。


・成績は普通以上だが、スポーツが得意で、色々な部活の助っ人に入っている。


・ショートカットのカッコイイ系の顔立ちをしており、実は女性ながら同性に好かれており何度か告白を受けているが、それら全てを断っている。


・得意料理は無い。




はい、これでこの作品は完結となります。結構暗くなってしまいました。明るく楽しいイベントなんかも考えてはいましたが、この登場人物三人を中心に書きたかったのでボツにしちゃいました。長編だったら書きたかったな。


ここまで全話ご覧になってくれた読者のみなさま、本当にありがとうございます。次の百合小説も考えていますので、もしよろしければ新作の方も楽しみにしてくれたら嬉しいです。


それでは本当に、本当にありがとうございました。

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