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アイビーに絡まれて  作者: 夢乃間
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朝食を終えて顔を洗っていると、咲から電話がかかってきた。


「もしもし、咲?」


『美央、おはよう。ちょっと手伝ってくれない?荷物がちょっと・・・。』


「あーそうだよね。うん、分かった。今から向かうよ。まだ家で待っててね。」


『ありがとね。』


電話を切り、タオルで顔に水が残っているのを拭きとって正面を向いた。すると、洗面台の鏡に映る自分の背後に百合が立っていた。いつの間にか現れていた百合に体をビクッと跳ね上がらせながら振り向くと、百合は両手を後ろで組みながら、私をジッと見つめている。


「びっくりした・・・ど、どうしたの?」


「・・・あの人から?」


「え?あ、うん。」


「気を付けてね。」


それだけ言って、百合は出ていった。起きてきた時もそうだったが、今日の百合はいつもの彼女とは違う。虚ろな瞳になった時とは違う怖い感じだ。久しぶりに会う咲とどう接するのかを考えているのだろうか?

携帯をポケットに入れ、玄関で靴を履き終えて振り向くと、二階から百合がこちらをまたジッと見ていた。


「今から咲を向かいに行ってくるから。」


「うん。気を付けてね。」


「?・・・それじゃあ、行ってきます。」


百合に手を振ってから外に出ると、私は慣れた足取りで咲の家へと向かう。今日晴れて良かった。仲が悪い咲と百合が同じ空間にいるだけでも暗くなりそうなのに、天気まで悪ければ、雰囲気まで悪くなってしまう。だから晴れて良かった。


咲の家の付近にまで来ると、家の前の地面に置かれた大きなバッグの上に咲が座っていた。


「咲!」


「あ、美央。」


早足で咲に近づいていくと、咲は立ち上がってさっきまで椅子代わりにしていたバッグを持ち上げようとする。しかし本当に重いバッグなのか、咲が踏ん張って持ち上げようとしても少ししか上がらない。すかさず私も持つのを手伝おうと持ち上げてみると、ヒョイとバッグは持ち上がった。


「あれ?」


「良かった!美央が来てくれたお陰で助かったよ!」


「う、うん。」


咲は力持ちって言う程でもないが、少なくとも私よりも力はある方だ。そんな咲が苦戦する程に重いバッグを私が持って、ここまで簡単に持ち上がるものだろうか?


「ゆっくり行こうよ。途中途中で休んでさ。」


「え?でも、このくらいなら大丈夫じゃない?」


「今日暑いから無理しちゃ駄目だよ。バッグの中にジュースがあるから途中休憩する時に飲もう?」


そう言って咲は歩き始め、私も咲に合わせるように足を進めた。しばらく咲と話しながら歩き続けていると、どこからともなくセミの鳴き声が聞こえてきた。その鳴き声に夏を感じ、さっきまでよりも気温が上がったような気分になってしまう。


「なんか、暑くなってきたね・・・。」


「早速少し休憩しようか。あそこの公園で。」


咲が指差した場所は、幼い頃の私達がよく遊んでいた公園だった。その公園に懐かしさと、咲の家から逃げ出した後、雨の中罪悪感に襲われていた苦い過去が思い出された。

ベンチの傍にバッグを下ろし、私達はベンチに座りながら、咲が持ってきていたジュースを頬に当てる。ヒンヤリとした冷たさが頬に伝わり、少しだけこの暑さが軽くなった気がした。


「ね?やっぱり休憩しておいてよかったでしょ?」


「うん、そうね。夏の暑さを少し舐めていたようだわ。」


頬からジュースを離し、蓋を開けて一口飲み込む。ラベルが貼っていなかったから味の予想がつかなかったけど、中身は少し渋味があるオレンジジュースだった。


「なんか・・・変な味のするオレンジね?」


「そう?別に普通だと思うけど・・・。」


その言葉通り、咲はゴクゴクと自分のジュースを飲んでいた。


「・・・それでさ、美央。どうして私を誘ってくれたの?」


「え?」


「泊まるのなら私の家でもよかったじゃん。それなのに、どうして?」


「それは・・・。」


どうしよう。ここで本当の事を言ってもいいけど、百合と咲を仲良くさせる為に誘ったなんて知れば怒ってしまうかもしれない。二人の仲がどこまで悪いのか分からない今の段階で、そんな軽はずみに聞く訳にはいかない。ここは適当な嘘をつく事にしよう。


「それはね―――」


「私と百合ちゃんを仲良くさせる為?」


「っ!?」


「ふふふ、そうだよね。やっぱりそうだよね。美央はやっぱり選べないもんね。」


「どういう、こと・・・」


あれ?なんか、視界がボヤけてきた。それに体も軽くなってきたし・・・駄目だ、目を開け続けられない。


「さ、き・・・」






よかった。ちゃんと眠ってくれた。ごめんね、美央。最初から分かってたんだ。私を百合ちゃんと仲良くさせようとしている事、ずっと昔から私よりも百合ちゃんが好きな事に。

ずっとずっと、私は我慢してきた。そして考えた。どうすればあなたが私だけを見るようになるのかを・・・そんな時、あなたは私を家に招いてくれた。髪の毛から百合ちゃんの臭いを漂わせながら。

悔しかった・・・どれだけ私があなたに愛を求めても、あなたは罪悪感からでしか私の愛に応えてくれず、百合ちゃんには無条件で愛し、愛されていた事に。

けどお陰で気付いたの・・・凄くシンプルな答えに。百合ちゃんがいなくなれば、あなたがすがりつくのは私になる。親友である私に。そうなれば、あなたが百合ちゃんに向けていた愛を私が独り占めに出来る。

そう、きっとそうなる。だから


「少しだけ、眠ってて。美央・・・。」


眠っている美央をベンチの上で横にさせ、置いていたバッグを持ち上げて公園から出ていく。目指すは美央の家、そしてそこで私達を待っている百合ちゃんの下。私が来るという事で警戒しているかもしれないけど、警戒しているだけだ。私のように準備はしていないはず。不思議と緊張は無い。今からする事に間違いや不安が無いからだろう。


美央の家の前に着き、私はバッグを地面に下ろして開いた。中には今から使う道具が入っており、その中にあった黒い手袋をつけ、レインコートを身に纏う。あとは持ってきた新品の包丁を握りしめ、これで準備完了。


「ふぅー・・・よし。」


高鳴る鼓動を落ち着かせ、レインコートのフードを被ってドアノブに手を当てた。


「あれ?」


鍵は開いていた。中には百合ちゃんが残っているはずだから鍵を開けたままなはずがない。おかしい、何か嫌な予感がする。

けど、ここまで準備して引き下がれない。扉を開けて家の中に入ると、家の中は不気味な程に無音に包まれていた。テレビの音や食器の音、はては足音さえ聞こえない。

それでも一つだけ、ハッキリと感じられるものがあった。それは、全身を押し潰すような嫌な予感。

それは二階から強く感じられた。


(二階に・・・百合ちゃんがいる。)


私は靴を履いたまま上がり、出来るだけ音を立てないように階段を上っていく。一段、一段と上がっていく度に嫌な予感は増していき、包丁を握る手が震え始めてくる。震える右手を左手で抑えながら二階に上り終え、左右にある二つの部屋の内、百合と書かれた札がある右の方へ目を向けた。

部屋の扉は少しだけ開いていた。やっぱりおかしい・・・まるで誘い込まれているようだ。そうだとすれば、百合ちゃんは最初から私が殺しにくる事を分かっていたという事になる。

けどそれは不可能だ。だって、私と百合ちゃんは長い間会っていない。だから分かるはずがないんだ私の考えている事なんか・・・。


「ふぅしぃー・・・ふぅしぃー・・・ふぅしぃー・・・!」


完全に恐怖を植え付けられてしまい、私は息を押し殺す事が出来なくなってしまった。逃げ出したいなんて考えも浮かぶようになったが、今ここで背中を見せれば殺される予感があった。それほどまでに、ここの空間は殺気で満ち溢れていた。

逃げ出したい私の体を無理矢理前へ前へと動かし、少しずつ百合ちゃんの部屋に近づいていく。まばたきをしていなかった所為で痛む目の痛みなど、どうでもよくなっていた。

なんとか部屋の前に辿り着き、半開きになっていた部屋の扉に包丁の先を当てて開いていく。部屋の全貌が明らかになる寸前で体ごと扉に当たり、勢いよく部屋の中に入った。


部屋の中に入るや否や部屋中を見回してみたが、百合ちゃんの姿は無かった。


「い、いない・・・?」


私はホッとした。家の前に立っていた時は何も感じず、ただただ百合ちゃんを殺そうと考えていたのに、今は逆の考えが浮かんでいた。百合ちゃんに出会わなくてよかった・・・殺されなくてよかった、と。


「あれ?」


安堵する胸の奥底から、また嫌な予感が沸き上がってくるのを感じ、私は不思議に思った。何故?だって、百合ちゃんは何処にも・・・そう思っていたが、私はすぐにこの嫌な予感が戻ってきた意味を理解した。

私は百合ちゃんを見ていない。だけど、この家には必ず百合ちゃんがいる事は分かっていた。つまり私はまだ、【百合ちゃんを見つけられていない】。

包丁を握る力がまた上がる。どこかで隠れている百合ちゃんに怯えながら、私は包丁を握りしめながら呆然と立ち尽くしていた。


「どこ・・・どこに・・・どこに隠れてるの・・・!」


動けなくなっていた私は、無駄だと分かりきった上で百合ちゃんに呼び掛けた。すると、背後から扉が閉まる音、そして鍵が閉まる音が聴こえてきた。

後ろにいる・・・背筋から感じる悪寒が私に伝えてくる。恐怖で動けなくなっていた私の体だったが、今度は逆に勝手に動き出し、勢いよく後ろへ振り向いた。


「あ・・・あぁ・・・あ・・・」


「お久しぶりですね。咲さん。」


「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


叫び声を上げながら、包丁の先を百合ちゃんに向けて突進した。瞬く間に縮まっていく私達の距離。怯えながら殺しにかかる私とは違い、百合ちゃんは表情一つ崩さず、虚ろな瞳で私をジッと見つめている。


グサッ


私の包丁は百合ちゃんの腹部に刺さった。


「やった・・・やった・・・やったやったやったやった!これで私は―――」


視線を百合ちゃんの腹部から上げていき、百合ちゃんの顔に移った時、言葉が詰まった。包丁を刺されているのに、百合ちゃんは笑っていた。


「ぇ?」







次で最終回です

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