幸せに包まれて
目を覚ますと、辺りは暗闇に包まれていた。ポケットに入れていた携帯を見ると、時刻は23時を回っている。瞬間、私は妹から届いていたメールを思い出した。メールを見ると、妹からのメールは数え切れぬ程届いていた。
忘れていた背筋が凍り付くような感覚に襲われた私は、急いで咲の部屋から出て行こうとする。
「帰るの・・・?」
寂しそうな咲の声に、私の足は止まった。振り向くと、咲は布団から顔だけ出してこちらを覗いていた。
「もう遅いし、家に帰らないと。」
「・・・そっか・・・そうだよね。」
「うん。それじゃあ、また学校でね。」
「うん・・・またね。あと・・・ありがと。」
私は咲の家から出ると、急いでで自宅に向かった。帰路を辿る道中で言い訳を考えていたが、予想以上に遅くなってしまった所為で、それらしい考えが思いつかない。
あれこれ考えている内に自宅の前に辿り着いてしまい、玄関に明かりが灯っていたのを見て、胸が苦しくなった。
「大丈夫・・・大丈夫・・・。」
そう自分に言い聞かせて落ち着かせ、扉を開けた・・・扉を開けた先には、妹がいた。
「百合・・・。」
私を待ち続けていたのか、妹は床に座り込んで壁に寄りかかっていた。閉まっていく扉を掴み、ゆっくりと、音を立てないように閉め、割れやすい宝石物を扱うように妹の肩にソッと手を置いた。
すると、妹はゆっくりと開いていく瞼と共に頭を私の方へ向けていき、私の姿を見るや否や、私の腹部に顔をうずめてくる。
「おかえり・・・お姉ちゃん・・・。」
「ただいま・・・ごめんね、遅くなって・・・。」
妹の体に腕を回して立ち上がらせ、妹を抱き寄せたまま部屋へ連れて行こうとした。階段を上ろうとした時、無気力だった妹が階段を上ろうとする私の体を引き寄せ、リビングの方へ連れていいこうとしてきた。
リビングに入ると、テーブルには二人分の晩御飯が置かれていた。
「ご飯・・・まだ食べてないでしょ・・・?」
「うん・・・もしかして、まだ食べてないの?」
「お姉ちゃんと食べたかった・・・。」
「・・・ずっとあそこで待ってたの?」
「お姉ちゃん、帰ってくるって言ってたから。遅かったけど、今度はちゃんと帰ってきてくれたから・・・。」
そう言って、妹は私に笑顔を見せてから席に座った。私も妹の向かいの席に座り、私達は遅めの晩御飯を食べ始めた。正直、味なんて分からなかった。冷めていたのもあるが、会話も無く淡々と気まずい雰囲気が流れていたから。
晩御飯を終え、食器を洗い場に持っていって洗い始めようとした時、妹も私の隣に来て洗い物を手伝ってくれた。肩がくっつくくらいに密着していた為、妹の冷え切った肌の温度に、妹がどれだけ長い間あそこで待っていたのかを物語っていた。
妹に感じていた罪悪感がまた積み上がっていく。思えば、私は咲にだけしか罪滅ぼしをしていない。二人に優先順位なんてのは無いが、初めに狂わせてしまったのは妹の方だ。それも妹には非は無く、私が一方的に妹に酷い事をしてきた。
「・・・ねぇ、百合。」
「・・・なに?」
「今日、遅かったのはさ。咲のお見舞いに行ってたからなんだ。」
「咲さん、病気なの?」
「熱でずっと休んでたの。それで心配になって―――」
「なにしてきたの?」
私が言い終える前に、妹は冷たい声色で被せてきた。声だけでも、妹が怒っているのが分かった。
ここは真実を話すべきだが、あの家で・・・咲にした事を全て打ち明ける事は、出来ない。
「なにしてきたのって・・・お見舞い、だよ。」
「こんな遅くまで?」
なんとかはぐらかそうとしたが、妹の声が氷の矢のように私の胸に突き刺さり、出そうと思っていた嘘が喉に詰まっていく。自分でも分かるくらいに高鳴る鼓動はきっと、妹にも伝わってしまったんだろう。妹は食器を洗う手を止め、私の顔を横から覗き込んで追い打ちをかけてくる。
「咲さんってさ、お姉ちゃんの友達だったよね?」
「そうよ・・・百合だって、昔は一緒に遊んでたでしょ?」
「何も知らないんだ。」
「え?」
「私、あの人にずっと昔から嫌われてたんだよ?」
嘘だ・・・だって、あんなに仲良く三人で遊んでいたのに。中学に上がる前まではいつも三人で遊んでいた。今でも楽しかったあの時の記憶は鮮明に残ってる・・・なのに、あの思い出は嘘だったの?私だけが何も知らずに楽しんでいた?
「お姉ちゃん、私を連れていつも遊んでくれたよね?そこに咲さんも偶然来て、三人で遊んでたよね。けど咲さん本当は、お姉ちゃんと二人きりで遊びたかったみたいだよ?」
「どうして・・・どうして、そうだと分かるの?」
「眼だよ。あの人が私を見る眼が、私を邪魔者扱いしてきた。直接手を下す事は無かったけど、眼だけはずっと私に敵意を持っていた。」
「そんな・・・それじゃあ、私は何も知らずに三人で・・・自分だけ楽しんでいたの?」
妹が言う言葉を嘘だと思いたい。けど、咲が私に抱いていた好意以上の狂った感情を知った今、妹の言葉を嘘だと思い込めない。
蛇口から出る水の音と、視界の端で見える虚ろな瞳をした妹の言葉に、私が楽しかったと思っていた過去の思い出が、簡単に崩れていく。
「あ・・・あぁ・・・ひっ、ひひひひ!!!」
妹と咲に抱いていた罪悪感、嘘で塗り固められていた楽しかった思い出、そして何も気付けなかった愚かな自分。
私はもう、笑うしかなかった。本当は泣きたかった・・・だけど、笑ってしまう。もう限界だった。自分が引き起こした事が原因で、知らないままで済んだ真実に押し潰され、私は狂ってしまった。
「あは!あはははははは!!!」
全身の力が抜けて倒れてしまったが、笑いを抑える事は出来ない。抑えようにも、自然と笑ってしまう。
視界がどんどんぼやけていく。私は依然として笑っているようだ。
虚ろな瞳をした妹が、無表情のまま私を見下ろしている。助けを求めようとしたが、笑い声に邪魔をされて言葉が出せない。
「・・・ん。」
気が付くと、私は自分の部屋のベッドで横になっていた。ぼんやりと天井を見つめていると、右隣から甘い匂いと共に心地よい吐息が耳に届いた。
隣を見ると、安らかな表情を浮かべた妹が眠っていた。妹は私の腕にしがみついて眠っており、寝息が私の顔に触れる程、顔を近くまで寄せている。
月の明かりに照らされた妹の姿は綺麗だった。こうして見ると、幼い頃から彼女は何も変わっていない。私の後ろに隠れ、私の近くで安らぎ、私に好意を抱いている。
私は起こさぬように慎重に彼女の頬に手を当て、親指で唇を撫でた。柔らかい彼女の唇の感触に、私は妹を襲った事に対する罪悪感が消えていないにも関わらず、彼女を愛おしく思ってしまう。
「百合・・・。」
彼女の唇に吸い寄せられていく。ほんの少し顔を前に出しただけなのに、彼女の唇と私の唇は触れてしまった。
すると妹の方からも顔を前に出してきて、お互いのおでこをぶつけながら、軽く触れていた唇同士をもっと深くまで押し込んでくる。
離れる、なんて考えは無かった。私は彼女の口の中に舌を入れ、彼女の舌と私の舌を絡ませる。彼女もすぐに絡みついてきて、私達は無我夢中になりながらお互いの舌を絡ませていく。漏れ出す吐息や声が静寂に包まれた部屋中に響き渡る。呼吸が荒れるまで続け、一度呼吸を整えようと顔を離すと、彼女は頬を染めながら蕩けた表情を浮かべており、混ざり合った私と彼女の唾液がお互いの口に一本の線のように繋がっていた。
彼女の表情や唾液を垂らしたままの下品さに、私は呼吸を整い終えるまで待てず、また彼女の唇を無我夢中で貪った。彼女の頬に当てていた手を離し、彼女の手を握ると、彼女も私の手を強く握りしめてくれた。
妹を襲ってしまった時から抱いていた罪悪感を払う事も、妹に償う事もせず、結局私は妹に手を出してしまった。きっと私はまた後悔をする。この行為が終われば、すぐにまた自分を許せなくなってしまう。
けど、今はこの幸福に身を委ねよう。他人がどれだけ異常だと言おうが、私は長い間彼女に好意を抱き、それは今も変わらない。ずっと望んでいた事が今叶う・・・なら、私はこの幸せを噛み締めよう。
結局私達は寝ずに朝日を拝む事になった。お互いの汗が染み込んだ服を洗濯機に入れている間、入り忘れていたお風呂を一緒に入り、無言のまましばらく湯船の温かさを堪能していた。
着替えを済ませ、百合が淹れてくれた砂糖とミルクが入ったコーヒーで押し寄せてくる疲労感と睡魔を和らげようとしたが、心が落ち着くだけで疲労感も睡魔も変わらなかった。
「今日は学校休みたい・・・。」
疲れて眠そうにしながら、百合は私の肩に寄りかかってくる。確かにこのまま学校に行っても、授業の内容が入ってこないどころか倒れてしまいそうだ。
「仮病にしましょう・・・流石に私も疲れちゃった・・・。」
「でも、今凄く幸せ。」
「そうね。私もよ、百合。」
「お姉ちゃん、ううん・・・美央。」
隣にいる百合を見つめると、彼女は昔見せてくれたような無垢で可愛らしい表情を浮かべ、瞳には光が宿っていた。その瞳に、彼女の中にあった狂気は最早存在していなかった。
百合の頬に手を当て、彼女の頬を撫で、その手を今度は百合のうなじに手を回してコーヒーで少し光っている百合の唇に私の唇を当てた・・・苦さの中に甘さがある味だ。
昨日よりも甘くなかったお陰か、一度だけで自制する事ができ、私と百合は残っていたコーヒーをゆっくりと飲んでいく。
前回に引き続き、少し過激だけど大丈夫だよね・・・?
まだ続きます。