罪滅ぼし
雨の日、妹に見つけられた私は家に戻ってきてしまった。行き場の無い私は妹がいる家で罪悪感に押し潰されそうになりながら過ごしていた。妹は特に気にしていないかのような雰囲気でいるが、私が家を出る時、必ずどこへ行くかを聞いてくるようになった。
「今日はどこへ行くの?」と、浴室で見た虚ろな瞳で聞いてくる。そのやり取りは学校に行く時も交わされた。
私の行き先を知り尽くしたい妹・・・その眼は、まるで次は無いと言わんばかりの圧を感じる眼だ。
学校に着き、私が自分の席につくと携帯に一件のメールが届いた。メールの送り主は妹からだ。
『真っ直ぐ帰ってきてね?』
釘を刺してくる妹に、私は『分かった。』とだけ返す。何か付け足したかったが、今の妹が考えている事が私には分からない。分からないから、今はこれだけしか送れない。
携帯の電源を消し、隣の空席を見た。私の隣には咲が座っているのだが、咲は最近ずっと休み続けている。友達も先生も風邪で寝込んでいると信じ込んでいるが、私は咲が休み続けている本当の理由が分かっていた。
あの日、私が咲に襲われた時に、私は泣いている咲を見捨てて逃げ出した。あの時は混乱していて逃げ出す事しか出来なかったが、今は泣いていた咲に寄り添ってあげた方が良かったと思う。だって、咲の気持ちは私には痛い程分かるから。一時の気の迷いで襲ってしまう・・・それは私が妹にした事と同じだ。
「・・・謝らないと。」
私は決意した。襲われたのは私の方だが、あの時ちゃんと咲の話を聞かなかった事をちゃんと謝って、それから咲が私に向けている好意を改めて断らないと。妹には、学校で頼まれ事をやって遅れたと言えばいい。
放課後になり、私は帰り慣れた咲の家までの帰路を辿っていく。咲の家に近づく度にまた襲われるのでは?と考え込んでしまうが、このまま咲と疎遠になるのは嫌だ。
(咲は私が幼い頃からの親友だから。咲の事は、妹と同じくらい好きだから。)
自分に言い聞かせながら道を進んでいき、遂に私は咲の家の前に辿り着いた。怖くないと言ったら嘘になるが、ここまで来て引き返す訳にはいかない。
私は咲の家のインターフォンを押し、咲の返事を待った。だけど、咲からの返事は一向に返ってこなかった。
もう一度、もう一度・・・何度も何度もインターフォンを押したが、咲が返事を返してくれる事も、扉を開けてくれる事もなかった。
寝ているのか、はたまた私に会いたくないのか。私は息を吐いた。咲が現れなかった落胆からではない、咲に会わなくて済んだ事に安堵した溜息であった。そんな自分に苛立ちもしたが、何も反論出来なかった。
今日は諦めようと思った私は咲の家から背を向け、家に帰ろうとした・・・その時だった。
「美央・・・?」
後ろから扉が開く音が聴こえ、聞き慣れた声で私の名前を呼んできた。振り返ると、パジャマ姿の咲が顔を赤らめさせながら出てきていた。
「咲・・・。」
「美央・・・!」
咲は両腕を広げて私に向かってきた。避けようとする自分の体を抑えつけ、咲を抱き留めると、咲の体温は非常に高かった。
「咲、風邪ひいてるの?」
「うん・・・ちょっとね。」
咲は本当に風邪をひいていたようだ。私に対して罪悪感を覚えて休んでいたと思っていたが、それは私の思い上がりだった。
私は力の入っていない咲を抱きしめながら家の中に入り、咲の部屋のベッドに寝させた。
「・・・ありがとう、美央。」
「いいのよ。熱、どのくらいあるの?」
「う~・・・分かんない。」
意識が朦朧としている所を見るに、咲は結構高い熱に苦しんでいるようだ。私は机に置かれていた体温計を手に取り、咲の上着のボタンを外していく。
「ふぇ・・・!」
「体温測るからジッとして。」
「う・・・うん。」
上着のボタンを外し終え、咲の脇にまで体温計を持っていく。上着の下に何も着ていなかった所為か、咲は私の指や体温計が触れる度に声を漏らしていた。
体温計の測定が終わるまで数秒しか掛からないが、今だけは数秒が数分にも思えた。ふと咲の顔に目を向けると、咲は熱の所為で息を荒げながら頬を赤らめていた。
ピピピピ!
体温計の測定が終わった音が鳴り、体温計を咲の服の中から出すと、体温計のメーターには38度5と表示されていた。
「熱、結構あるね。大丈夫?」
「・・・うん。美央がいてくれるから、大丈夫。」
そう言って咲は笑顔を見せてくれた。その笑顔に私は安心感と、私を襲っておいてどうしてそんな事を言えるのか?とも思ってしまう。
そんな時、一件のメールが届いた着信音に私は身を震わせた。携帯を見ると、妹からだった。
『どこにいるの?』
その文面に背筋が凍った。何の変哲もない文面だが、妹の静かな怒りが感じ取れた。
『どこにいるの?』
『どこにいるの?』
『どこにいるの?』
メールはどんどん送られてくる。私は何か返事を返そうとするが、怖くて文字が打てない。私はこの場にいないはずの妹に首を絞め上げられているような感覚に襲われ、送り続けられてくるメールの数々に目を離せずにいた。
「美央・・・?」
咲の声で私はようやく我に返れた。咲を見ると、心配そうな表情で私を見つめていた。
「・・・ごめんなさい、帰らないと。」
「え・・・。」
「ごめんなさい、また来るから。」
私は急いで妹の下に帰ろうとする。
「待って!」
帰ろうとする私の手を咲が掴んできた。振り向くと、咲は息を荒げながら私を見上げていた。振りほどこうと思えば振りほどける程、咲は弱っている。
だけど、私はその手を振りほどく強さは持っていなかった。咲をこのまま置いていけなかった・・・例えそれが原因で、後で妹に何をされたとしても。
「何かあったの、美央・・・?」
「・・・ううん。大丈夫よ。」
私は改めて咲の傍に寄り、おでこに手を当てた。汗と高い熱が手の平から感じる。本当に咲は高熱で苦しんでいる。それが分かると、私は以前の親友同士だった時の想いで咲の手を握った。
「ねぇ、美央・・・。」
「うん。」
「この前は・・・ごめん。」
「・・・。」
「美央が消えてから私、自分がしちゃった事に気が付いて、急いで後を追いかけたんだ。」
「・・・え?」
「何時間も雨に濡れながら走った所為で、風邪ひいちゃったけどね・・・でも、謝りたかったんだ。無理矢理、襲おうとした事を。」
私の所為だ。
「風邪なんて久しぶりだから、薬が無くて困っちゃったな・・・。」
私が逃げた所為だ。
「けど、美央がお見舞いに来てくれて、少し楽に・・・ううん、安心した。」
私が彼女を見捨てた所為だ。
「・・・咲。」
「ん?なに―――」
気付くと、咲のおでこと私のおでこが重なる程、私は顔を近づけていた。顔を離すと、咲は驚いた表情を浮かべ、ゆっくりと指で唇をなぞっていった。
それを見て、私は自分がした事に気が付いた。私は咲に・・・彼女にキスをした。私の所為で苦しむ彼女の為に、彼女が求めているものを与えたんだ。
「美央・・・いま・・・なにを・・・!」
そう言いながらアタフタとしている彼女。そんな彼女の頬に手を当て、私は彼女の顔をよーく眺めた。整った顔立ち、綺麗な茶色の瞳、柔らかい唇、アイドルであっても驚かない可愛い顔だ。
「咲・・・。」
よく感じられなかった彼女の唇を確かめる為、私はもう一度キスをした。今度は長く、覆い尽くすように。
再び顔を離すと、彼女の表情は溶けたアイスクリームのような蕩けた表情になっていた。
「美央・・・。」
物欲しそうに呟く彼女の声に、今度は彼女の顎にキスをして、彼女の匂いを嗅ぎながら下がっていき、ボタンを外して肌が露わになっている胸に唇を当てた。汗がしょっぱい。けど嫌いじゃない、むしろ癖になりそうな味だ。
「咲、これからどうしたい?」
「ふぇ・・・?」
これはあくまで彼女の為だ。今まで見捨ててきた事に対する罪滅ぼしなんだ。だから私は、彼女の言う事や欲求に従おう。それで少しでも彼女に対する罪悪感が晴れるならば。
「そ、それじゃあ―――」
そこから私は彼女の言われた通りの事をした。私が彼女の言われた通りの事をすればするほど、彼女は嬉しそうに声を漏らし、そんな彼女の反応に私も喜んだ。
私達は時間を忘れ、色んな事をした。他人にも、友達にも、家族にも言えない事を。
ちょっと過激にしちゃったけど、これまずいかな?