三角関係
少し長い百合小説です。それでも良ければ、どうぞこの歪な彼女達の物語をご堪能ください。
私には妹がいる。大人しく、清楚で、百合の花のように美しい妹が。そんな妹を私は小さい頃から可愛がってきた。花を上げれば喜び、風邪を引いた時には寄り添うとたちまち笑顔になる。そんな妹に私は幼いながらも好意を抱いてしまった。
彼女が中学生になっても、私達の関係は変わらなかった。何でもない日にプレゼントを贈って喜ばせ、悲しい事があって泣いていた彼女を私が抱きしめると、彼女は涙を拭いながら笑顔を見せてくれた。
何も変わらない・・・そう、何も変わらなかった。私がどれだけ彼女に尽くしても、彼女が私を姉以上と意識してくれはしない。
ある日の教室内で、高校の友人達がテレビでやっていたドラマの話をしていた。話に参加すると、友人達が語っていたドラマの内容は兄妹が恋に堕ちる恋愛ドラマであった。友人達はドラマ内の俳優さんや女優さんの演技ばかりを褒め、肝心の物語の話については一切しようとしない。
「話の内容はどうだったの?」と私が友人達に尋ねると、友人達は頭をかたむけ、そして笑いだした。「どうして笑うの?」その言葉を私が言う前に、友人達の内一人が「なんか気持ち悪かったよね?主演の二人の演技が良かったから見れたけど・・・てか血の繋がった相手に恋なんてしないでしょ?」と言った。その言葉の後に、友人達はまた笑いだした。私はどういう反応をすればいいか分からず、友人達に合わせて笑った。
家に帰って、私は自分の部屋のベッドに飛び込んだ。枕を抱え、友人達が言った「血の繋がった相手に恋なんてしない。」という言葉を思い出し、そして泣いた。
【他人】と【血の繋がった人間】では、後者の方が信頼を寄せられる事を知っていたつもりだ。だけど、好意を抱くのは前者であり、後者にはそういった気持ちは湧かない。こんな当たり前な事に、私は今まで気付かなかった。
それじゃあ、私は何なんだ?抱くはずもない気持ちを血の繋がった人間、しかも同性である妹に好意を抱いている私は・・・
「お姉ちゃん?」
声がした方を向くと、彼女が心配そうな表情で私を見ていた。部屋の扉を閉めるのを忘れていたから、私のすすり泣く声が聞こえてしまったのだろう。
「お姉ちゃん、泣いてるの?」
部屋の扉を閉め、彼女が私が横になっているベッドに座ってきた。彼女の匂いがする。その匂いで自分が落ち着いてきている事を知り、【彼女に対する好意の証拠】と【常人とは外れた感性を持つ証拠】が確かとなった。
「いつものお返しに、私が慰めてあげるよ。私じゃ役不足かもしれないけど。」
そう言って、彼女は横になっている私の体に重なった。彼女の匂い、彼女の心音が私の肌を通って中に浸透してくる。安心感、それと同時に劣情が沸き上がった。手を出したい自分の意思を抑えつけ、姉としての自分の立場を守ろうと必死になった。
だけど、そんな私の立場など知る由も無い彼女は私の耳に唇を近づかせ、囁く。
「私、お姉ちゃんが好き。だから、早くいつものお姉ちゃんに戻って?」
「っ!?」
我慢の限界だった。私は体を跳ね起こし、彼女をベッドに押し倒した。肩を抑えつけ、困惑している彼女の顔を見ながら、私は彼女の唇に吸い込まれていった。
分かっている、彼女が私を好きと言ったのは、あくまで【姉】としての自分に向けてだという事を・・・でも、私の体は止まらなかった。
唇を離しても、彼女は未だに困惑とした表情を浮かべたまま固まっている。そしてしばらく経った後、彼女は泣いた。
「あ・・・ごめんなさい!」
私は飛び出した。あの場から、妹から逃げ出した。自分がやった事の重大さを理解するのが、あまりにも遅かった。
どうして理性を保てなかったんだ?どうして良き姉でいようと自分を抑えられなかったんだ?どうして、妹を好きになったんだ?・・・そう自分に言い聞かせても、答えは返ってこなかった。
それから私は友達である咲の家に泊まるようになった。咲は私の顔を見るや否や、私の心情を察してくれたのか、優しく抱きしめてくれた。
泊めてもらうお礼に私は料理や洗濯などといった家事全般を行い、少しでも長くここに隠れさせてもらえるように頑張った。
咲の家での生活は1週間も続いた。私は咲の家に入る事も、そこで晩御飯を作るのも自然となっていた。
「ずっとここに住んでくれてもいいよ?私、美央の事好きだし。」
夕食の最中、突然咲がそんな事を言い出した。ありがたい言葉だけど、いつまでもお世話になる訳にもいかない。
咲に迷惑をかけてばかりにもいかないし、明日は家に帰らないと・・・そんな事を思ったのは、もう何度目だろう。あの家から、妹から離れてから、私はずっと妹にどんな顔をして会えばいいか悩んでいた。日が経つにつれ、その悩みは深まっていき、遂には【妹の為にも、自分はあの家に帰るべきじゃない】とも思うようになっていた。
ただ妹から逃げているだけ・・・我が身可愛さ故の言い訳だと自分でも分かりきっている。けど、そうするべきだと私の中で既に考えは固まりつつあった。このまま咲の家で暮らしていけば、時間がきっとあの時の事を忘れてくれる。そんな甘い考えを持っていた。
けど、その甘い考えさえ、私は捨てなければいけない状況になっていた。
「美央・・・。」
いつものように私は咲の部屋で眠りにつこうとした時、ベッドで寝ていたはずの咲が突然私の布団の中に入り込み、私の体を触りながら匂いを嗅いできた。
「咲・・・やめて・・・!」
抵抗しようとするが、抵抗しようとすればするほど咲は私の体に密着してくる。
「なんでこんな事するの・・・!」
私は当然の質問を震える声で咲に言った。すると咲は息を荒げながら答えた。
「私、美央の事が好き。ずっとこうしたかった。」
その咲の言葉と行動に、私は妹にした行為を思い出した。相手の事など考えもせず、ただただ自分の欲望に身を任せた自分勝手な行為。
咲の事は好きだけど、その好きは友人としてであって、恋愛の類ではない。私の体を弄り、首にキスをする咲が、気持ち悪かった。
「やめて!!!」
私は咲の方へ振り返ると同時に、思いっきり咲の体を突き飛ばした。布団から抜け出し、乱れた衣服を整えながら、さっきまで私が横になっていた場所を撫でる咲を見下す。
「・・・なんで?」
「え?」
「美央、あんな思い詰めた顔で私の下に来てくれたのに・・・私の事を選んでくれたと思っていたのに・・・なんでそんな目をするの!?」
涙を流しながら、咲は私の体を壁に押し付けた。両手を抑えつけられている所為で身動きが取れず、虚ろな瞳をした咲を見つめるしかなかった。
「どうして怯えてるの?ほら、笑ってよ!いつもみたいにさ!私が好きな美央になってよ!」
「咲・・・?」
誰が見ても、今の咲がおかしくなっている事は明らかだった。涙を流して悲しんでいるはずなのに、表情は笑っている。
身の危険を感じた・・・咲はもう、私の知っている咲じゃなくなっていた。優しく、物静かだけどよく笑い、幼い頃から親友であった咲は死んでしまった。私の所為だ・・・私が妹に好意を寄せている間に、咲は私に好意を抱き、それに気付かないまま私はずっと友人として接してきた。
「ごめんね・・・。」
言葉が勝手に出てきた。その言葉には二つの意味が込められていた。【今まで気付いてあげられなかった罪悪感】と【咲の想いには応えられない】という意味が。
「・・・嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
咲は顔を歪ませながら泣き出してしまった。長年の付き合いから、私の言葉の意味を理解してしまったのだろう。やがて咲は崩れ落ち、床に手を付いて静かに泣き続けた。
私は咲を安心させようと触れようとするが、また襲われるかもしれないという恐ろしさから、咲に触れようとした手を引っ込めた。
咲に対し、心配と恐ろしさを覚えていた私は、触れる事も掛ける言葉も出ず、その場から逃げ出してしまった。
大雨が降る中、私はあてもなく走り続けていた。向かう場所も、帰るべき場所も無い私は、どこに逃げればいいのか・・・そんな自分勝手な思いを抱えながら、大雨の中を走った。
しばらくあてもなく走っていると、私にとって思い出が詰まった公園に辿り着いていた。ここは妹との、そして咲との思い出が詰まっている。
けど今の私には思い出したくない事だ。思い出せば、私は罪悪感に襲われて本当におかしくなってしまう。
ベンチに座り、今のグチャグチャな気持ちを雨の音と冷たさで消し去ろうとする。だけど雨は私の気持ちを消し去りはしてくれず、ただただ体が冷えるだけだった。
「私・・・どうすれば・・・。」
限界だった、心も・・・体も・・・。放心状態になっていた私に、雨の音に混じって誰かが声を掛けてきた。
「お姉ちゃん?」
その声の主は、妹だった。
「どこに行ってたの!?ずっと心配してたんだよ!?」
妹は差していた傘に私も入れ、雨で濡れた私の顔をハンカチで拭いた。久しぶりの妹の匂いは、悔しいが落ち着く。あれだけ追い詰められていたのに、匂いだけで多少は楽になった。
結局、妹に腕を掴まれながら、私は家に帰ってきてしまった。久しぶりに帰ってきた自分の家は、何だか他人の家のように感じる。
「お風呂湧いてるから、すぐ入って。」
「・・・うん。」
言われるがままに風呂場へと行き、濡れた服を脱いで風呂の中に体を沈めた。冷え切った体の芯から温まっていく感覚が少しくすぐったい。
「お姉ちゃん?入るよ?」
「うん・・・え?」
ボーッとしていた所為で、妹の言動を理解するのに時間が空いてしまった。私はすぐに拒否しようと声を出そうとしたが、その時には既に妹は風呂場に入ってきていた。
妹は服を着ていた。それを残念がる自分がいた事に、私は心底腹が立った。
「髪洗ってあげるから、ここに座って。」
裾を捲った妹が、ここに座れと言わんばかりにバスチェアを指差した。裸を見られる事に恥ずかしさを感じながらも、平常心を装って浴槽から出て、バスチェアに座る。
「それじゃあ、洗うね?」
「・・・お願い。」
妹の指が私の髪に触れている。強すぎず弱すぎない力で髪を洗ってくれて、とても気持ちが良かった。シャワーのお湯で髪を洗い流してもらい、私はもう一度浴槽に戻ろうとバスチェアから立ち上がろうとするが、妹が私の肩を掴んで立ち上がらせないようにしてきた。
「百合・・・?」
「今度は、体。体、洗ってあげる。」
「い、いいよ。体は自分で―――ひゃっ!?」
妹の手が私の体に触れ、思わず声を出してしまった。妹はゆっくりと、まるでなぞるように私の体に触れていき、それがとてもくすぐったかった。
「も、もういいわ!あとは自分で―――んっ!?」
私の声が聞こえていないのか、妹は私の体を触り続けた。それは最早体を洗う事が目的ではなく、私の体を堪能しているような手付きだった。
「ねぇ、お姉ちゃん。どうして家から出て行ってたの?」
「そ、それは!私があなたに―――」
「私、ずっと待ってたんだよ?ずっとずっとずっと・・・帰ってきてくれる事を。」
「百合?あなた、何か変よ!?」
「変?何が?変なのはキス程度で私から離れてしまったお姉ちゃんの方だよ?」
その時、鏡に映っていた妹の表情を見てゾッとした。妹の瞳は、咲と同じような虚ろな瞳をしていた。
「私、傷付いたよ。私から逃げていったお姉ちゃんの姿に。ずっと好きだったお姉ちゃんが私から離れていった事に。」
ああ・・・そうか。私は、気付いていなかったんだ。ずっと分かっていたつもりだった。妹の事を・・・咲の事を・・・けど、二人の本当の気持ちに気付いていなかったんだ。
ずっと幼い頃から二人は・・・私達は、狂っていたんだ。
1週間後に次話を投稿します。