前編
桜というものは、折ってはいけないらしい。
腐りやすいことと法律的に駄目なことが理由のようだ。
インターネットは物分りの悪い僕にとって、とてつもなく便利である。まるで、モーセが神に与えられた杖のように何でもできる。僕の知らないことは殆んど、誰かが先に聞いているか、誰かが先に答えている。人生の教科書だと思っている。
だから、今回も折ってしまう前に、きちんと調べておくべきだったと僕は後悔している。もし、ちゃんと調べていたら、もっとちゃんと上手にできていたかもしれない。
もちろん、今も綺麗な形で手元にあるけれど、調べていたらもっと上手くできていたかもしれないのだ。
ほんのちょっと、後悔している。
僕が折ってしまったのは、ソメイヨシノだ。
桜は折ってしまうと“木材腐朽菌”というものが傷口から入り込んでしまって、腐ってしまうらしい。他の木に比べると、免疫力が弱いのだという。
その中でもソメイヨシノが一番弱いのだという。他と比べて物凄く弱いらしい。他と比べたことがないから、ちゃんとは分からないけれど、言われてみれば確かに、そうかもしれない。
だって自分から折って欲しいと頼んできたのだ。
いや、実際言葉にはしていないけど、僕の心に語りかけてきたのだ。痛くないように、何も感じないうちに、折って欲しいと。
ただ、幸いなことに、まだ腐ってはいない。まだとても新鮮だ。そして、とてつもなく美しいまま、ここにある。
法律的には折ったら“器物損壊罪”、持ち帰ったら“窃盗罪”になるらしい。そうなってくると、僕はかなりの罪を背負うことになる。
懲役になるのだろうか。罰金刑だけでは済まないことくらいわかっている。
ただ、折ったことにも理由はある。
桜は接ぎ木ができる。そこから、新しい命が芽生えていく。だから、僕は自分の自己満足の為に、命を無駄にした訳じゃない。
命を次に繋ぐ手伝いをしただけなのだ。
だから僕は悪い訳じゃない。
必要なことをしただけなのだから。