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狭間研究所。
中部地方のとある山中に建てられた研究施設は狭間財閥肝煎りの最先端の研究所である。
……また異端の研究を進める場でもある
爽やかな笑顔で高遠は坪倉に頭を下げて挨拶する。
「先生‼︎ 本日よりよろしくお願いしますね!」
「ああ、こちらこそよろしくお願いするよ」
挨拶の後に、研究室にずらりと並んだ20数名の研究員たちが坪倉と高遠を見つめる。
「こちらがあなたと私の下で働いてくれる研究員たちです。あなたの手足と思ってお使いください」
さすが狭間財閥プロデュースの研究所だけあり、優秀と名高い研究員がそこには揃っていた。
結局、会合の数日後に坪倉は狭間と高遠の誘いを受けることにした。
坪倉が所長として研究と彼独自の施術を取り仕切り、高遠が室長としてナンバーツーと坪倉のフォロー役を務め、狭間がオーナーを務める。
特に坪倉がいなくては狭間研究所がこれから始めるプログラムは稼働出来ない。
本日よりプロジェクトはスタートした。
全員の顔見せも済み、部屋を移動しながら高遠は坪倉を振り向いた。
「早速ですが今日より実験と研究を始めましょうか。あなたの理論に沿った設備は完璧。被験体も用意しておりますよ。もちろんモルモットなどではありません」
坪倉は訝しげな顔で高遠の爽やかな笑みを見つめ返す。
「……うむ 私の要望通りアカザルを用意してくれたのかね?」
その時、坪倉の質問に高遠の眼鏡の奥が冷たく光った気がした。
「アカザルではありませんがより良い被験体を用意しておりますよ、坪倉先生」
「何……⁈」
坪倉は驚く。
T大にいた頃でさえ、この実験に関する執刀はほとんどモルモットにしか施すことしか出来なかったのだ。
今までに類人猿であるアカザルやチンパンジーを執刀出来た例は僅か30例にも満たない。
それ程簡単にアカザル以上の被験体を手に入れる事が出来るのだろうか。
相変わらずの慇懃な態度で高遠はにこやかに答える。
「いえいえ、ではこちらへ。見ていただければ分かりますよ」
高遠が開けた扉に一歩踏み入れ、坪倉は驚愕し嫌悪を覚える。
「……これは‼︎」
……怖気が走る、とはこのことか
部屋を見回した後、坪倉は冷たい目で高遠の爽やかな笑顔を見つめ返した。
「どういうことかね⁉︎ 高遠くん‼︎ これが被験体だと⁉︎ こちらは全て人間ではないか! まさか彼らにあの手術を施せというのか⁉︎」
広い部屋の複数の手術台に拘束され眠っているのは全て生身の人間であった──
坪倉は抑えがたい怒りと嫌悪に震えながら高遠を睨みつけるが青年は冷たい目でにこやかに微笑み返す。
「先生、落ち着いてください。落ち着いて」
この状況に落ち着き払う青年に坪倉は恐怖を覚えた。
坪倉の反応に構わず高遠は被験者たちに近づき指を指して一人一人の説明を続ける。
「こいつは強盗殺人犯。金品目的で民家に押し入り家族6名を殺害しました。
こいつは無差別殺人鬼。訳の分からない狂気に取り憑かれたこいつは街中でガソリンを撒き10名以上を殺害しました。
坪倉先生。このように彼らは全員が無期懲役以上の囚人です。言わば死んだほうが世のためになる社会のクズ。彼らを被験体として処理することは税金で無駄飯を食わせるよりも、または絞首する際に刑務官に心労をかけるよりもよっぽど合理的だとは思いませんか?
むしろクズの命をこの実験によって有効に使い社会に還元してやることになるのです」
……坪倉はにこやかに語り続ける青年の言ってる意味がわからなかった
感情の消えた目で坪倉は高遠を見つめ返す。
「……君はイカれている」
そう言って部屋を出ようとする坪倉にまるで何気ない様子で高遠は問いかけた。
「先生…… いいのですか? この機会を逃せばもはや人体実験など出来る機関はありませんよ? あなたの研究が完成しなければ兄上と莉里ちゃんはさぞ悲しむでしょうね。
あなたの理論はいずれ人体実験をしなければ先に進める事が出来ないはずです」
ピタリ、と足を止め坪倉は笑顔の高遠を睨みつけた。
「……貴様 どこまで知っている」
触れられたくない部分を無遠慮に触れられ坪倉の目に密やかな憤怒の光が宿るが高遠は意に介さない。
両手を広げて語り続ける。
「貴方のプロフィールは調べ尽くしましたよ、坪倉先生。あなたの自宅の地下に莉里ちゃんが眠っていることもね。貴方も私と同種の人間だ。結局目的の為なら手段を選ばない」
「……高遠 お前は……!」
ギリギリと歯噛みしながら坪倉は高遠に近づき胸倉を掴もうとするが、高遠は笑顔で右手を差し伸べてきた。
「さあ、この手を取ってください坪倉先生。貴方と兄上の希望を叶えられるのはこの研究所しかありません。
もちろんここの人体実験により罪に問われることは万に一つもございませんよ?
この被験体はあの狭間財閥が政府から秘密裏に購入したいわば私物ですから。
公式文書ではこいつらはすでに処刑、もしくは何らかの事故で死んだことになってます。
どう扱おうと誰にも裁かれることはない。
何もためらうことは無いはずです」
「……高遠」
狂った思想をにこやかに語り続ける高遠の言葉には不思議な力があった……
坪倉は思いとどまりながらじっと高遠の冷たい目を見つめる。
天才と呼ばれているこの青年はまるで少年の語る夢のようにこれからのことを語り続けた。
「人間に動物の因子を組み込み未知のパワーを発現させるオーバーテクノロジーを完成させるのです……!
どうです? あなたの理論と私の理論を組み合わせたこの手技をこれより『キメラ手術』と呼ぼうではありませんか‼︎」




