第9話 第一次ヤマダ戦争
なんてことでしょう……僕の乳首が銀色ですよ!
恥ずかしくて頭がおかしくなりそうです!
とりあえず人に見られたくないので、僕たちはすぐにいつもの倉庫へと逃げ込みました。
「なんですか、これ!
倉庫の中にいるのに、なんで太陽の日差しでも浴びているみたいな不自然な光り方しているんですか!?」
ええ、この薄暗い倉庫の中に入ったことで帰って目立ってますよ。
もう、照明の変わりになりそうなほど輝いてます。
「ギンギラギンですよ、ギンギラギン!」
その瞬間、僕の目の前でブフォッと乙女にあるまじき音が響き渡りました。
「ぎ、ギンギラギン……ぷぷ、や、やめて……わ、笑わせないくださ……い!
た、たぶん月の精霊が自分の所有権を主張するために銀色に染めたのではないかと……ぶぷっ」
どうやら夏美さんの変なところに入ってしまったようです。
だ、だいぶ苦しそうですね。
しかし、僕の所有権とは聞き捨てなりませんっ!
そんな事を言っていいのは、大魔王様と未来のお嫁さんだけです!!
「僕は星霊さんたちの持ち物じゃないです。 ちょっと不愉快なんですが」
とはいえ、そんな事を夏美さんに言ってもしかたがありません。
かくなる上は月の星霊さんたちを説得するしかないでしょう。
「ま、まぁ……それだけ星霊に愛されているって事なんでしょうけど……だ、だめ……お腹が」
「無理しないで笑ってください。 四季咲さん、死にそうな顔してますよ」
僕が憮然とした顔でそう告げた次の瞬間。
本人の名誉のために説明を省かせていただかなければならない勢いで夏美さんが笑い始めました。
今はまともに立っていることもいできず、僕が寝るときに使っているマットの上で転がってます。
あー、これ大丈夫なのでしょうか?
ええ、呼吸の音がおかしくて、体に異常が起きているのではないかと心配になってきました。
しかし……そこまでおかしいですか?
ええ、おかしいですよね。
これが自分の体のことじゃなければ僕も笑うでしょう。
でも、やっぱり心が傷つきますね。
だが、その時でした。
何も無い虚空に、ポツリポツリと小さな光が生まれはじめたのです。
「……あれ? 星霊が集まってきている?」
夏美さんもこの光に気づいたのか、笑うのをやめてマットレスから起き上がりました。
「土星、金星、木星……水星に太陽、呼んだはずもない星霊が集まって来てますね?」
金色が太陽で、銀色が月。
火星が赤で、木星が青。
水星は虹色で、緑の光は金星ですね。
色とりどりの光は倉庫の天井を埋め尽くすほどに数を増し、まるで虹の中に入り込んだような錯覚を覚えます。
そして僕たちがただ呆然と天井を見上げていたその時でした。
倉庫の中を埋め尽くしていた光が、一斉に僕の体の中になだれ込んできたのです。
「うわっ!?」
「星霊がヤマダさんの体にもぐりこんだ?」
うわわわ、な、なにが起きているというんですか!?
「あっ、やめて! おやめくださいお星さま!!」
僕の体の中に入り込んだ光は、皮膚の表面に内側から張り付いて微弱な熱を放っています。
特に痛くはないのですが、ちょっとムズ痒いかも……。
そして何気なく自分の足に目をやった瞬間でした。
「えぇっ、僕の足が真っ青になっている!?」
僕の足は淡いスレートブルーの体毛に包まれているのですが、それがすべて群青色に染まっていました。
見れば、腕は緑色に染まっています。
なんですか、この無数のペンキをぶちまけられたかのような状態は!?
「うわぁ……すごい状態。
色の範囲が少しずつ移動しているから、たぶん星霊がヤマダさんの体の中で所有権の取り合いをしているようですね」
な、なんでそんな事に!?
いや、なんとなくわかっています。
たぶん、僕は惑星の星霊たちにものすごく好かれやすい体質なのでしょう。
てっきり好かれているのはお猫さまたちだけだと思っていたのに……。
「見てないで助けてください!!」
「そう言われましても、人間には何にも出来ませんから、それ。
悪意は無いと思うので、諦めてください」
「そんなぁー」
あまりのことに僕は涙目で夏美さんに助けを求めましたが、彼女は沈痛な顔で首を横にふりました。
あぁ、僕はどうなってしまうのでしょうか?
およそ一時間後。
争いに疲れ果てた星霊さんたちは互いに僕の体の所有権を主張しないということで決着がついたらしく、ふたたび大量の光となって僕の体から飛び出してゆきました。
けど……。
「なんか、予想外な状態になりましたね」
僕は自分の背中を鏡に映しながら、あらゆる感情が削げ落ちた顔で呟きました。
鏡にうつった僕の背中には、左右さかさまな状態で肩ロース、サーロインの文字がくっきりと浮き上がっていました。
ええ、星霊さんたちの置き土産ですね。
ちなみに、お腹から脇腹にはカルビと書かれています。
尻尾の根元に書かれたイチボって何ですか?
それを見て、夏美さんがボソッと呟きました。
「見事な牛肉部位分割図ですね」
「かんべんしてください。 ……僕は食用じゃありません」