第7話 星霊さんと山の幸
そんなわけで、僕が夏美さんに案内されてやってきたのは近くにある小さな山でした。
山の持ち主が夏美さんの遠い親戚で、素材の採取を快く許可してくれたそうです。
なんでも……この世界では全ての山に所有者がいて、勝手に人の山に入って色々と採取をすると泥棒さんになっちゃうらしいですよ?
「ヤマダさん、気持ちよさそうですね」
「はい。 空気が美味しいですし、最近はコンクリートの床の上ばかりでしたから。
砂利が蹄にあたる感覚が心地よいです」
このジャリジャリした感触と音がいい感じに脳に響くんですよね。
あー、気持ちいい。
「ところで四季咲さん。
服の材料にするなら、月の属性の植物がやりやすいと思うのですが……。
ここにはどんな植物が生えているのでしょう?」
僕が尋ねると、夏美さんは少し困った顔をしました。
何か不味いことを聞いたのでしょうか?
「どんな植物……と言われても少し困りますね。
私はそういうの専門じゃないので」
「あ、そういえば魔術は専門外だって前にも言ってましたね」
「それに、魔術の触媒についての研究も少しは進んでいますけど、全ての植物の星霊属性は判明しておりません。
なにぶん植物は種類が膨大な上に……すでに栽培が可能な植物を利用するほうが効率的です。
そもそも識別できる人が希少ですし、あえて野草の星霊属性を深く研究するメリットもありませんから」
なるほど、そういわれるとたしかにそうなのかもしれませんね。
僕は地面に目を落とし、気になった植物をつまんでは手持ちの資料と見比べながら溜息をつきます。
……たしかにこの植物も資料には載って無いですねぇ。
個人的に、面白そうな研究の題材ではあるのですが。
あ、この草、とても美味しそうです。
味見してみましょう。
「あと、同じ植物でも人によって違う星霊の触媒に使うケースがあります。
今では各々の魔術師のイメージによって植物の属性が左右されているのではないか……というのが定説になっているようですね。
まぁ、これも知り合いからの聞きかじりなので、最新の研究がどうなっているかは存じませんが」
うーん、僕の感覚だとちょっと違いますね。
どちらかというと、触媒は星霊さんへのプレゼントっぽい気がします。
だから「君にはきっとこれが似合うよ」と心をこめて贈るならば、基本的になんだって嬉しいんじゃないかと思います。
まぁ、星霊さんにも好みはあるでしょうから、あんまり見当違いなものを贈るとティンクチャーへの変換効率が低くなるといった感じですね。
僕がそんな事を考えていると、夏美さんは苦笑いをしながらこう付け加えました。
「あと、新約西洋魔術にもいくつか流派があって、その各流派でどの星霊にどの触媒を使うかは色々と独自に定義しているみたいですよ?」
そこで夏美さんは台詞を止めて、ふと僕の手を覗き込んでこう尋ねてきたのです。
「ところで……さっきから何食べているですか?」
「あ、すいません。 この草、あまりにも美味しくて」
僕はそのあたりにいっぱい生えている三つの葉っぱのついた草を差し出しました。
夏美さんも食べます?
「ヤマダさん、それクローバーだから人の食べ……いえ、なんでもありません」
「それは残念。
とても美味しいんですけどね」
どうやら、夏美さんの種族はこの草を食べないみたいですね。
少しさびしいです。
さて、この草ばかり食べてもいられません。
時間は有限ですから。
まずはこのあたりの植物を資料と見比べながら全部味見してみましょう。
そして三十分ほど時間をかけて調べた結果……
「けぷっ。
とりあえず、周囲にある植物を一通り食べてみましたが、歯ざわりと喉越しからすると繊維にするにはコレがいちばんよさそうですね」
僕が選んだのは、あたり一面に茂っている蔓草でした。
「葛ですか……星霊属性でいうと、木星とされることが多いみたいですね」
たしかに僕の感覚でも、これは木星の星霊さんと相性がいい気がします。
この辺の植物を食べ比べしてわかったことですが、僕は味と香りでどの星霊さんたちが好むものか判別できるみたいですね。
「では、月の触媒としてこれを混ぜましょう」
僕が提案したのは、渓流に生えていたクレソンという植物でした。
ピリッとした辛味と清涼な香りを持つ植物で、火星や月の精霊さんたちに好まれそうな感じです。
手持ちの資料にも、これは月の触媒とかかれていましたしね。
「クレソンなんか生えていたんですか?
よく見つけてきましたね。
そういえば、それって揚げ物にしても美味しいんですよ?」
「へぇ、今度食べてみたいな。
四季咲さん、もしよかったら作っていただけませんか?」
しかし、僕は夏美さんの笑顔が一瞬凍りついたことに気が付きました。
「……命が惜しくないなら」
「え?」
ボソリと小さな声で呟かれたその言葉は、僕の聞き間違えでしょうか?
「な、なんでもないです!
それよりも、葛とクレソンはどのぐらい用意しますか?」
「そうですね、僕が両腕で抱えられるだけもって行きましょう。
幸い、たくさんあるみたいですし」
嫌な予感をおぼえて即座に追求することを諦めた僕は、そそくさと材料の採取に入りました。
ええ、この世には知らないほうが幸せな事がたくさんあるんです。
たとえば、僕の主であった大魔王様が何歳までオネショをしていたかとか……ね。
あ、今なんか背中にゾクっときた。