第6話 文明を取り戻せ!
それは月曜の朝の事。
「四季咲さん、お願いがあるんです」
「どうしました? 急に改まって」
朝一でこちらの様子を見に来てくださった夏美さんに、僕は真剣な顔で話しかけました。
とても大事なお話があったからです。
それは……。
「あの……そろそろ、服がほしいんです。
そろそろこの世界に来てから十日ほどたちますが、いまだに布を一枚腰に巻いただけでして……」
僕がそう口を濁すと、夏美さんは気まずそうな顔で視線をそらしました。
はい、たまに布の隙間から見えてはいけないものがチラリズムしてますよね。
……なんというか、いろいろと大きくてごめんなさい。
「ごめんなさい、ちょっと業者の手配がうまくつかなくて。
なにぶんサイズが大きすぎて、なじみの業者には断られちゃったんです……かといって、新しい業者を探すのもお役所仕事だと色々と難しくて」
たしかにそれはそうでしょう。
僕の体は縦・横・高さがこの世界の人間のおおよそ二倍以上。
体積で言うと八倍以上です。
パンツにいたっては……とりあえずこの話題はやめましょう。
とにかく、この体に合う服はオーダーメイドで作るしかありません。
それに、夏美さんの所属する公共機関から発注をかけるとなるとそれなりに信用できる業者にしか依頼できないのはどこの世界でも同じです。
うーん、予想はしていましたが、難儀ですねぇ。
「では、取りあえず下着だけでも自前で準備させてもらえないでしょうか?
なにぶん、元の世界だと衣服は社会的な階級を示すものでして……。
下着すら身につけてない生活は、奴隷階級を意味しているんですが……」
僕の価値観だとこの格好はかなり『卑しい』のです。
それなりに我慢してきましたが、そろそろ辛くて涙が出てきちゃいますよ。
「確かにそれはまずいですね……。
自分で作ってはいけないという規則は特に無いからかまいませんが、どうやって作るのでしょう?」
あ、よかった。
とりあえず夏美さんの許可さえもらえれば、あとはたぶん自分でどうにかできると思うんですよね。
「月の星霊が衣類をつかさどっているとの事なので、魔術を使って星霊に作ってもらおうかと。
繊維の元となる植物があれば、たぶん大丈夫です」
すると、夏美さんはちょっと困ったような顔をしました。
何か問題でもあるのでしょうか?
「そういうことに魔術を使う人は聞いたことがありませんね。
機械生産のほうが圧倒的にコストかからなくて効率も良いので」
なるほど。
この世界は最初から魔術があったわけではなくて、先に機械文明が発達した世界らしいですし、そうなるのは仕方の無いことでしょう。
ですが、僕は魔術で服を作るのがわりと普通にある世界で育ちましたから、どうにもピンと来ないんですよね。
ダンジョンの宝箱に入れる景品を作るために、しょっちゅう魔術で服を作ってましたし。
「そもそも、この世界で魔術を使える人は千人に一人ぐらいしかいないんです。
試そうとした人はほとんどいないでしょうね。
試したとしても、ハンドメイドで服を作る人が糸のほつれを直したり、大事な衣類の修復をするのに使うぐらいでしょうか?」
「……この世界ではあんまり人気無いんですね、生産系の魔術」
自分の専門分野の一つだけに、ちょっとショックです。
便利なんですけどねぇ。
「人気が無いというより、勿体無くてそういう使い方をする人はまずいないと思います。
新約西洋魔術の触媒は、けっこうな値段しますし」
おや? なんか会話にズレを感じますね。
「けっこう簡単に作ってますけど?」
そういいながら、今朝もお猫様から下賜されたバッタさんの亡骸をつまみあげました。
「こんなかんじで……Hismael」
僕が木星の星霊の名を呼ぶと、バッタさんは緑の粉になって手の平に小さな山を作ります。
すると、なぜか夏美さんは頭痛をこらえるような仕草で溜息をつきました。
「なんですか、その冗談みたいな変換効率は。
普通はせいぜいその量の1パーセント……適正の高い人でも、質量換算で元になった物質の10%ぐらいにしかなりません。
けっこう異常な能力ですよ、それ」
「そうだったんですか!?」
指摘されて始めて知る事実です。
なんだか、ちょっぴり嬉しいかも。
「たぶん、そのままティンクチャー生産業者としてもやっていけるとおもいます。
作り手が少ないにもかかわらず、需要は山ほどありますから」
たしかに、新約西洋魔術を使うならティンクチャーは必須。
いくらあっても足りないでしょう。
「ふふっ、このぶんならこの世界で独り立ちできる日も近いかもしれませんね!」
ひょっともすると、数ヶ月ぐらいで経済的には独立できるかもしれません。
まぁ、社会常識的なものはサッパリですから、独り立ちに至るまではまだまだかかりそうですが。
「……そうですね」
僕が無邪気に喜んでいると、夏美さんはなぜか寂しそうに笑いました。
何か不味いことを言ってしまったのでしょうか?
「とりあえず、外に出ていいですか?
糸の材料になりそうなものを探したいので」
「あ、そうですね。 じゃあ私も行きます」
そんなわけで夏美さんに付き添われて外に出ることにした僕ですが、まずはドアからそっと周囲をうかがいます。
――よし、猫さんはいませんね。
ここで猫封印を喰らったら、全てのお膳立てが水の泡です。
月の星霊さんを呼ぶなら月曜日に限りますからね。
この機を逃して、また一週間もチラリズム生活を送るのはいやなのです。
そして僕は安全であることを確認すると、外に生えている植物を求めて家の外に飛びだしたのでした。
全ては健全なるパンツのために!