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第38話 解析の儀式は空腹と共に

「さぁ、始めましょう」


 時計を見れば、ちょうど世界が水星の支配下に変わったところでした。

 いよいよ解析の儀式の始まりです。


 ……おっと、その前にこの場を清めるために香を焚きしめなくては。

 儀式魔術において香というのは結構重要で、効率よく空間を浄化する方法としても、供物をささげるという意味でも古来から用いられてきました。


 なお、この空間の浄化をサボると、余計な霊が寄ってきていろんな悪戯をされてしまうのです。


「ヤマダさん、それ本当に魔術の触媒になるんですか?」


 僕が取り出した香を見て、夏美さんが疑うような目を目けてきます。

 解せませんね。

 何がおかしいというのでしょうか?


「ええ、この術式で水星の星霊を呼ぶために使う香はコショウボクと指定がありますので。

 調べてみたところコレがその果実であることは間違いないです」


 僕の手にあるのは、ピンクペッパーと呼ばれる赤い木の実。

 ペッパーと名はついていますが、胡椒の仲間ではありません。

 

 ちなみに僕が購入したものではなく、石崎のオジサンが前に間違えて買ってきたビンを、いらないと言っていたので拝借したものだったりします。


「さて、これをどう使うかですが、そのまま火をつけても今一つ魔力的なものを感じなかったんですよね。

 なので、頼田さんに相談してこんな感じにしてみました」


 まず鳥肉に塩を振り、一晩おきます。

 鶏肉ならばたぶんなんでもいいのですが、今回の儀式には先日スーパーで安売りしていたササミを使いましょう。


 そして、鳥のササミにピンクペッパーを好きなだけまぶします。

 ピンクペッパーは胡椒ほど辛くはないし、口当たりが甘酸っぱいので実はかなり使い勝手がいいんですよね。

 ただ、味の主張があまりないので、扱いにはそれなりに注意が必要です。


 おっと、料理をするのではないのでした。

 と言うことで、続いて取り出しましたるは……。


「なんでオーブントースターなんて出てくるんですか」


「むむむ、失敬ですよ、四季咲さん。

 これは今回の儀式に使う香炉です」


 夏美さんの反応にいささか不満を覚えつつも、僕は香炉(トースター)の中にアルミホイルを敷き、バター、スライスした玉ねぎ、ピンクペッパーをまぶした鳥のササミをいれてスイッチオン。


「なんかおいしそうな匂い……」


「やめてくださいよ、四季咲さん。

 これは料理ではなく儀式に使う香なのですよ?

 食べちゃダメですからね。

 あと、よだれ垂らしてますよ?」


「や、やだ……」


 僕がそう指摘すると、夏美さんは顔を真っ赤にして顔を隠しました。

 さて、かわいいなーと見とれないでさっさと儀式を始めましょう。


「Conjuro & confirmo vos angeli fortes, sancti & potentes, in nomine fortis, metuendissimi & benedicti Ja, Adonay, Eloim, Saday, Saday, Saday, Eie, Eie, Eie, Asamie, Asaraie……」


 僕の呪文に応じて星霊が降りてきたのでしょう。

 魔法陣の上においたタロットがカタカタとひとりでに動きだします。


 やがて、そのうちの一枚が僕の前に飛んできました。

 そのカードをめくると……最初に示されたカードは【月】。

 意味するところは、曖昧、迷い、恐怖、不安、近づきつつある危険といったところでしょうか。


 あまり良い意味のカードではありませんが、先入観にとらわれてはいけません。

 先入観にとらわれず、ただ感じるままにカードを読み取る必要があるのです。


 そして不思議とそのカードからは悪いイメージは伝わってきません。

 カードに描かれた絵の中心にある、丘の頂上へと続く道がやけにはっきりと見えます。


 さて、ずいぶんと露骨なカードがきたものですが、ここで安直にこのキノコの属性を月と結びつけるべきではないでしょう。

 先入観は占いの敵ですから。


 それに、キノコというもの自体がそもそも占星術では水星と関連付けられているのだから、月属性というのがそもそもおかしいのです。

 まぁ、このキノコを養うブナの木の属性もあいまいで複雑ですから、月の属性を帯びている可能性が全くないのではないのですが。


 さて、続いて水星の星霊が動かしたカードは【聖杯の王】でした。

 荒れ狂う海を背にし、手にした聖杯に思慮深げな視線を注ぐ高貴な男性の姿が記されています。


 これは判断力……困難の中でも自らを見失わない強い意志と知性の象徴でしょうか。

 主観的には木星のイメージですね。


 ふむ、これ以上カードが動く気配がないとなると、属性は月か木星かその両方、キノコであることから水星の魔術の触媒としても使用可能と言ったところでしょうか。


 とはいえ、ここまではあくまでも僕の主観です。

 次は検証に移らなくてはなりません。


 そうなると、今度はこのキノコの保存を考えなくてはなりませんね。

 検証は時間がかかりますし、このキノコはそんなに日持ちする方ではないでしょう。

 つまり、このまま放置したらすぐに劣化して検証が出来なくなってしまいます。


 さて、そうなるとこのキノコを加工する必要があるのですが……どう処理しましょをうか?

 根本的に食べ物なので、すぐに思いついたのは乾燥させることでした。


 ですが、水星の星霊が示したのは、月に聖杯と水につながりが深いカードばかりなのです。

 その水を排除するようなやり方は不安が残りますね。


 ならば、いっそ水を追加するという方向は?

 このキノコを煮込んでエキスを取り出すのはどうでしょうか?


 幸いなことに、このキノコはまだ北の森にたくさん生えております。

 収穫できるうちにいろいろと試してみるのが吉でしょう。


 とりあえず、今日は台風なので日干しにすることはできません。

 なので、今日のキノコは煮込んでエキスを抽出ですね。


 明日以降ならば晴天が続くでしょうから、乾燥キノコはそれ以降に試しましょう。

 そう考えた時でした。


 ん? 誰ですか、僕の尻尾を引っ張るのは。

 なんてはしたない……。


「ヤマダさん、おなかが空きました」


 見れば、夏美さんがしょんぼりとしてます。


「わ、わかりましたから尻尾を引っ張るのはやめてください。

 それ、人間で言うと胸や股間を触るのと同じ意味ですので」


「うっ、ごめんなさい」


 お互いに気まずくなり、同時に視線を逸らせします。

 なんというか、こういう雰囲気は苦手ですね。


「仕方がないですね。

 そのトースターの中にあるものは食べてかまいせんが、料理を想定したものではないので味は保証しませんよ?

 ……というか、一晩塩漬けにした後で塩抜きをしてないから、かなり塩くどいはずです」


「えぇっ、そんな……!」


 いや、最初から儀式に使う触媒だって言っているでしょ。

 本当にしょうがない夏美さんです。


「ちなみに、今からキノコを煮込んでエキスを抽出するんですが、大丈夫ですか」


 聞くところによると、この乳茸は海老や蟹ににた、かなり食欲をそそる香りがするそうです。

 はたして、このハラペコさんに我慢が出来るのでしょうか?


「……ダメかもしれません」


「仕方がありませんね。

 いちどご飯をたべて、それからにしましょう。

 せっかくだから……乳茸のウドンでもどうです?」


「いいですね!」


 苦笑しながら、冷蔵庫を開ける。

 ちょうど季節柄、茄子がたっぷりあります。


 あとは、買い置きのニンジンもいっぱいありますね。


 実は、最近は通いの料理人さんに教えてもらっておりまして、少し料理もできるようになっているのです。

 とはいえまだまだ初心者で、初めて使う食材は不安しかありませんが……まぁ、やるだけやってみましょう。


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