08
「アルジャ~ンっ」
私はモフモフの尻尾に顔を埋めた。
一度触れたらもう至福。
気持ち良くって暖かくて陽だまりの香りがして絶対に離したくない。
「エヴァ。アルトゥール様がお困りよ?」
「え?」
そうだわ。いけない。理性を失っていた。
これはアルジャンモドキから生えているのだった。
彼の顔に視線を向けると、耳を真っ赤に染めて額に手を当てて俯いていた。
「あの。……くすぐったいので離していただけませんか?」
「あ、ご、ごめんなさい」
名残惜しいけれど私は手を離し、アルジャンモドキは剣を取らずにソファーに座り直した。
「エヴァ。アルトゥール様は、一度人間に戻られたのよね? でもまた尻尾が生えてしまった。それって……まだ呪いが解けていないということなのでしょう? だったら――」
「ま、またアルジャンに戻れるのかしら!?」
「エヴァ。今の姿が元の姿なのですが?」
動揺した様子でアルトゥールがこちらに目を向けたので私は睨み返してから視線を反らした。
私はそれが元の姿だなんて認めないんだから。
姉は私とアルジャンモドキを見比べると、うーんと考えてから言葉を発した。
「本当にアルトゥール様には拒否反応かでないみたいね。――あの。アルトゥール様にお伺いしたいのですが?」
「はい。なんなりと」
「今、その尾に剣を向けようとしましたよね。人間に戻れれば、エヴァを諦めて国へ帰ってくださるのですか?」
「いえ。人間に戻れたら国へ戻り、謀反人を始末してからエヴァを迎えに来ます。この尾が無くなり、それでこの呪いが終わるなら、手っ取り早くて良いかと思いました」
怖っ!? 謀反人って弟よね?
もう弟を始末する方向で話してますけど。
でも、姉は満足そうに頷いた。
「そうね。そういう考え方は嫌いじゃないわ。うーん。エヴァも嫌じゃないみたいだし、結婚してしまいなさい」
「は?」
「良いじゃない。体は嫌がっていないのだし、アルトゥール様にも愛されているみたいだし」
「お、お姉様。私は嫌です。それに、隣国に行ったらお姉様にも会えなくなってしまうわ」
「それならご安心を。ファウスティーナ様はワイズリー公爵夫人様ですよね。ここよりも近いですし、ワイズリー公爵家と繋がりが出来ることも両国ともに良いことかと存じます」
自信満々にそう述べるアルジャンモドキを、姉は探るようにじっと目を細めて見つめて口を開いた。
「そうね。でも、本当にエヴァが嫌がっているなら、婚姻は許しません。私はワイズリー公爵家の権力を行使してアルトゥール様を排除しますわ」
「お姉様っ!」
姉は私にニッコリと微笑みかけた。
やったわ。お姉様はやっぱり私の味方だわ。
姉に悪魔の微笑みを向けられたアルトゥールはというと……何で笑っているのよ。
へこめ、落ち込め、諦めなさいよっ。
「エヴァは俺の恩人でもありますから、無理強いはしません。ですが、正直に言うと……こんなに嫌がられるとは思っていませんでした。エヴァは過去の事もあって人間が嫌いだと聞きましたので、時間をかけて人間に……というか、俺に慣れていっていただきたいと思っています」
「は?」
私がレディらしからぬ低めの野太い声を漏らすと、アルジャンモドキは横目で私を流し見た。
「また、そんな顔をして。――ファウスティーナ様。もしよろしければ、エヴァの攻略法をご教授願えませんか?」
「な、ななな何を言っているのっ!?」
「ふふふっ。よろしくってよ。エヴァ、私はアルトゥール様とお話があるから、部屋へ戻ってくださる?」
「お姉様っ!?」
「あら? 私がアルトゥール様と二人きりになるのがお嫌かしら?」
「そうではありませんけど……」
「それなら。アルトゥール様をお借りするわね?」
私は問答無用に自室へと戻された。
駄目だ。姉まで取られた。
でも、私が嫌なら無理強いはされないのよね?
なら、とことん嫌ってしまえばいいのよ。
嫌って嫌って、そしたら呪いが戻って銀狼になるかもしれない!
でも、中身がアレだって分かったのに、前のようにアルジャンと戯れることが出来るだろうか。
――うーん。それはちょっと……無理かも。