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番外編 狼と人間 4

「兄は、国王の命により他国を蹂躙していくことに、苦悩していた。大地を揺るがす魔法の力が嫌いだと言い、俺のように誰も傷付けない、美しい魔法が良かったと。自分の魔法は、人の命や国、誰かの何かを奪うためにしか使うことができない魔法だと嘆いていた。誰にも心を開くことなく、もし獣化する時がきたら、誰とも心を通わさず、そのまま狼になる覚悟でいたのだ」


 叔父様は淡々と話すけれど、その瞳は悲しげだった。

 叔父様にとって兄という存在は、とても大切なものだったのだろう。


「そして他国を攻め落とした時に初めて獣化し、レイラの姉と──狼の姿の自分と会話できる女性と出会ったのだ。狼になる兄を受け入れ、そして今まで破壊した国についても、全てを肯定し受け入れてくれる女性に」


 兄がそんな女性と出会えたことが、叔父様は嬉しかったのだろう。話し方からそう感じた。


「兄が家族以外の誰かに打ち解けたことは、初めてだった。そしてお前達が生まれてから、兄は森を守るという大義名分を掲げ、他国への侵略を肯定的に捉えるようになり、以前よりも積極的に進めていった。いくつもの国を滅ぼし……そしてそれが身を滅ぼすこととなった」

「父上は、滅ぼした国の残党に殺されたと聞きました」

「ああ。奴らは徒党を組み、他国を侵略中の兄の背後を討った」


 叔父様は瞳をじっと閉じ、レイラ様は涙を拭って言葉を発した。


「姉は悔いていました。自分がロドリゲス辺境伯を死地へ追いやってしまったのだと。そして心を病み……」

「幼い頃、母は病で床に伏してからも、いつも笑顔で父の武勇伝を語ってくれました」


 アルトゥールの言葉に、ユストゥスも頷いて言った。


「俺も小さかったですけど、覚えてます」

「そうね。二人の前では立派な母親を貫いていたわ。でも、二人とも父親の武勇伝が大好きだったから、私達は余計に心配だったの。特に、父親と同じ魔法の力を引き継いだアルトゥールが、同じ道を歩くのではないかと」

「だから、叔父上は兄様に言ったのですね。国に帰ってこなければ良かったと」


 ユストゥスがそう言うと、レイラ様は驚いて叔父様の顔へ目を向けた。


「まぁ。そんなことまで言っていたの」

「…………」

「ですが、叔父上がそういうのも分かります。エヴァ様に出会う前の兄様だったら、国の意向に従い、どんな国でも蹂躙したかもしれません。現に僕達は、父親を死に追いやった国々への報復の戦に参加しましたし……。あの時、兄様はロドリゲス辺境伯の名を知らしめるように魔法をバンバンやっちゃってましたから」 


 ユストゥスの言葉から察すると、二人はまださほど戦には参加していないようだ。

 ロドリゲス辺境伯の名が恐れられているのは二人の父親の活躍によってなのだろう。私はてっきり、二人仲良く他国を侵略しまくっているのかと思っていた。

 このご夫婦が二人のそばにずっと居てくれていたら、何の心配もなかったのではないだろうか。

 叔父様とアルトゥールの不仲が関係しているのかもしれないけれど、なぜ離れてしまったのだろう。

 特にレイラ様からは、二人への母としての愛を感じるのに。

 

「あの……ずっと、二人のそばに、レイラ様が居てくださることは出来なかったのですか? その……レイラ様からは、本当の母親のようなお心遣いを感じたので……」

「そうよね。……ごめんなさい」


 レイラ様は申し訳なさそうに俯いてしまった。

 そんな顔をさせたかったのではない。何か言葉をかけようとすると、叔父様が先に口を開いた。

 

「謝ることはない。レイラは狼が苦手なのだ。自分の国を滅ぼしたのが狼だったのだから無理はない。二人が獣化してもおかしくはない年頃になった頃、私がレイラの反対を押し切って二人を屋敷から出したのだ。恨むなら私を恨め」

「恨むだなんてそんな怖い顔で言わないでくださいよ。エヴァ様だってそんなつもりで言った訳じゃないですし。でも、それでしたら叔父上はどうやって人に戻ったのです?」


 ユストゥスは興味津々といった様子で叔父様に尋ねた。

 確かに、レイラ様が狼を苦手なら、初めて狼化した時にどうやって互いの魔力を調和させたのだろう。


「俺か? 俺は──」

「私を看病してくれていて……。その間に人に戻れたのですよね?」

「……ああ」


 少し恥ずかしそうに叔父様は頷き、それを見てレイラ様はクスリと微笑んだ。


「ある朝、目が覚めると隣で黒い狼が寝ていたの。私、驚いてしまって……自分の国が滅んだ日を思い出して、殺さないでって叫んで、そのあと気絶してしまったの。私は一週間ほど寝込んだみたい。後で話を聞いたら、彼はそのまま屋敷から飛び出してしまって、二日も帰って来なかったって。帰ってきた時はボロボロだったみたい。でも私は、どんな姿であっても、帰って来てくれて嬉しかった」


 叔父様の顔がどんどん赤くなっていく。

 やっぱり叔父様は、顔は怖いけど怖くない。

 ロドリゲス家の人達は、愛妻家の気質を兼ね備えているのかもしれない。

 レイラ様は叔父様の顔を見て微笑み、その笑顔のまま私へと目を向けた。


「きっと、その間にエヴァさんに会ったのよね。主人は、どんな狼だったのかしら?」

「お、叔父様ですか!? 叔父様は……優しくて温かくて……とても安心できる狼でした!」


 急に尋ねられて焦ってしまい、私は過去の記憶のまま思ったことを口にしたのだけれど、どうしてか皆がきょとんとした顔のまま固まってしまった。


「え、えっと……」

「ふ、ふふふっ。あははっ、エヴァさんって、本当に可愛い方ね」


 レイラ様が声を上げて笑うと、ユストゥスは感心したように頷きながら、あとに続いて口を開いた。


「いやぁ、流石です。どんな狼と聞かれて内面のみを答えるなんて……しかも、叔父上が恥ずかしがっていてめちゃくちゃ面白いです」

「ユス。叔父上に失礼だぞ。くくっ……」


 手で顔を覆い、うなだれる叔父様を見て、アルトゥールも下を向いて笑っていた。

 すると、レイラ様が思いがけない提案をした。


「私、あの朝の一瞬しか黒狼の主人を見ていないの。私も会ってみたい。その優しくて温かい狼に──駄目かしら?」

「……しかし、もしまた倒れたら」


 じっとレイラ様に瞳を見つめられて、叔父様はたじろいでいる。

 今なら、無気力将軍だと言われても納得できそうだ。


「叔父上、レイラ様の頼みですよ~」


 ユストゥスが茶化すと、レイラ様は微笑んで叔父様にもう一度願い出た。


「もし倒れたら……その時は、また看病して?」

「なっ……ならば皆が帰ったあとに」


 やはり、皆に黒狼の姿を晒すことは恥ずかしい様子だ。

 本人が恥ずかしいなら無理にお願いしなくても……とは思うけれど。

 内心すんっごく見たいです。なんて言えない。


 私が心の中でレイラ様の勝利を祈っていると、アルトゥールが叔父様に尋ねた。


「えっ。叔父上って一度しか狼になったことがないのですよね。自分の意思で変わるのって難しいですよね。できるのですか?」

「ふっ。できるに決まっているだろう。俺は普段から繊細な魔法を使っているからな。まぁ、お前のように大量の魔力を出力してぶつけるだけの雑な魔法しか使えない奴には難しいだろうな」


 アルトゥールの煽るような質問に、叔父様はドヤ顔で言い返した。あら。結構仲良しじゃないの。


「なっ……。でしたら、今ここで狼になって見せてください」


 アルトゥールが悔しそうにまた言い返すと、叔父様はしまったといった顔つきになった。

 もう一押し。もう少しで叔父様が落ちそうである。


 レイラ様は、そんな二人のやり取りを見て楽しそうに言った。


「ふふっ。アルトゥールは、エヴァさんに黒狼と会わせてあげたいだけなのでしょう?」

「えっ? わ、私の……」


 心の声がダダ漏れでしたか? と自白しそうになり、私はギリギリのところで口を噤んだ。


「レイラ様には見透かされてますね。……そうですよ。エヴァは黒狼に会いたがっていましたので。今も内心、叔父上が早く折れて黒狼になることを願っているでしょうし」

「ちょっと……」


 否定しようとしたけれど、やっぱりバレバレだったみたいで、レイラ様もユストゥスもアルトゥールの言葉に頷いている。うう。恥ずかしい。


「でも、アルトゥールは、それだけではないでしょう?」

「はい。……エヴァは叔父上に伝えたいことがあるのですが、黒狼の時の叔父上に伝える方がまだマシと言いますか」

「ああ~。叔父上とエヴァ様が見つめ合う様子を見たくないってやつですかね」

「……まぁ、そんなところです」

「そう。アルトゥールはエヴァさんが大好きだから、独占したいのね~」

「……はい」

「あら、素直。──ねぇ、あなた、私からもお願い」


 レイラ様がもう一度叔父様にお願いすると、叔父様は少し考えたあと、重い口を開いた。


「……仕方ない」





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